第5話 倒されてしまったじぃじが仲間にしてほしそうにこちらを見てしまう件について

「おっす爺さん。週刊少年誌を持って来たぜ」


「おー勇者。よう来たのう。まぁ、茶でも飲んでいけ。ワシもちょうど暇してた所じゃ」


 勇者が麻袋に週刊少年誌を詰めて魔王城にやって来た。

 世界の半分で和解してからこっち、長らく続く勇者と魔王の取引。それが、漫画雑誌の回し読みである。


 ワシ、筋金入りのヤング誌派。

 少年漫画はあんまり読まない。

 けど、話題作はちょっぴり気になる、少年の心を忘れない魔王様。


 勇者、まだまだ現役少年雑誌派。

 けどちょっと背伸びしたヤング誌にも手を出したい。

 ただヤング誌を買って読むほど、これという作品もない面倒なお年頃。


 お互いの需要と供給がマッチした時、そこに神をも恐れぬおそろしい発想が浮かび上がった。そう、お互いの漫画雑誌をシェアすれば、この漫画に対する欲求を、分かち合うことができるんじゃないか――と。


「いやこれ完全に利害の一致だわ」


「世界の半分で手打ちして、なにが一番よかったって、こうして漫画雑誌を共有することができることよね。はぁー、今週のブラクロ、どうなってるのか気になっとったんじゃわ」


「まさしくウィンウィンの関係という奴だな」


「あとは四コマ系も手に入れられれば、魔王城で漫画喫茶が開けるのう」


 わはは。


 そんな談笑を交わしながら、ワシと勇者はちゃぶ台に向かい合って漫画を読み始めるのだった。


 うーん、このまったり感。

 大事じゃとワシ思うの。


 漫画を読むときは、こんな感じに、茶でもしばきながら静かにまったり過ごすべきだと思うの。

 世は今日もこともなく平和なり。あぁ、尊いかな、世界の平和――。


「じぃじ!! 遊びに来たよじぃじ!! だからお小遣い頂戴!!」


「のわーっ!! そんな平穏を破る突然の闖入者じゃぁっ!!」


「出た!! 魔王の孫!!」


「げぇっ勇者!! 勇者がいる!!」


 そんなワシらのほのぼの漫画タイムきららを邪魔するように現れたのは、ワシの孫娘であった。


 魔王に孫とか居ていいのって話じゃけれど、魔王も生き物なんじゃから、孫も息子も普通におる。


 燃えるような真っ赤な髪に、人間とそう変わらない肌の色。目だけがまるで、新月のように爛爛と輝いている――ワシの自慢の孫娘は、人間の服を身に着けている。


 頭の二本の角さえなければ魔族ということはわからんじゃろう。

 まぁ、そうなるように苦労して、息子の嫁を選んだのだけどね。


 将来的に勇者と手打ちすることを見越して、家族計画を練っておくこのワシの先見性の高さ。流石はよくできる魔王と有名なだけある。


 聡明じゃのう。

 立派じゃのう。


 誰も褒めてくれんから、自分で褒めるのじゃ。ワシ偉いのう。人間たちの王より、よっぽどこの世界のこと考えておるのう。


「おー、魔王の孫、おめーあれだな、ちょっと見ないうちに――」


「なんだよ、じろじろ見るなよ!! 見られたくなくて避けてたんだから、ちょっと見ないのは当たり前だろ!! ていうかセクハラだぞ!!」


「――背ばっかり大きくなった。やっぱり胸がないでやんの」


「――うがぁっ!! 久しぶりに会ったのに言うことがそれかよ!! このアホ勇者!! バカ勇者!! バーカバーカ!! バァーカ!!」


 孫の語彙力のなさに、ちょっとその将来が心配になる、ワシ。


 息子と息子の嫁の教育方針に、あれやこれやと口を出す気はないけれど、せめてもうちょっと、人を罵るのに言葉を選んで欲しいものである。

 でないとお前――将来魔王を継いだ時苦労するぞ。


 勇者がえっちらおっちらやって来たところに。


『よく来たな勇者よ!! えーっと――バーカ!! このバァーカ!!』


 とかで会話が始まってしまったら、なんかもう大惨事ではないか。せっかく高まった、よーし、魔王いっちょ倒してやるかというそういう気負いが、根こそぎ持っていかれるような、ファーストインプレッションではないか。


 そういうことがないように、人を罵る言葉というのは、しっかりと学習しておくべきじゃ。

 いやはや、ワシもそこについては、みっちりと親父どのに仕込まれたから、なおのこと気になるのじゃ。


 今度、息子と息子の嫁にそこのところ、ちょっと説教してやろう。


 そんなことを考えるワシを前に、孫娘は仁王立ちする。


 ふんすと鼻を鳴らした彼女は、それからワシに向かってそのちまっこい手を差し出してきたのじゃった。


「それよりじぃじ!! お小遣い頂戴!! 友達と映画見に行くの!!」


「えー、先週も、友達と一緒にフィッシャーマン釣りするとか言って、ワシから竿代せびったではないか。そんなポンポンお小遣いあげるほど、世界の半分からの上りは多くないんじゃよ」


「いいじゃん!! じぃじ、魔王なんでしょ!! この世界の支配者なんでしょ!!」


「じゃからこそじゃ。上に立つものがしっかりと節制して、下々の者に慎むということを示さねば、世は正しく治まらんのじゃぞ」


「そうだそうだ!! 爺さんの言う通りだ!! だからお前、俺らこんないい歳して、漫画雑誌代ケチってシェアしてるんだぞ!!」


「それでなくても、ワシら税金で食わして貰ってるんじゃ」


「勇者でもなく魔王でもなく、税金泥棒と言われるのって――辛いのよ?」


 ワシと勇者がコンビネーションで、孫娘に社会の厳しさを訴えかける。

 ぐぬぬ。孫娘は分が悪いという感じに、口をへの字にして半歩下がった。


 まーったく、箱入り魔王の孫娘はこれじゃからいかんのう。


 可愛い可愛いでここまで育ててきたが、そろそろ社会の厳しさを教えてあげる必要があるかもしれん。


 知り合いのハーピーがやってる喫茶店でバイトでもさせてやるか。


 そんなことを思ったとき。


「ふん!! いいもん!! じぃじがくれないなら他の人に貰う!!」


「……他の人?」


「……あんだって?」


 ワシと勇者は顔を見合わせた。

 なんとなく、孫娘の言葉に不穏な色を見たからに他ならない。


 ワシらは手にしていた漫画雑誌をたたむと、その場に正座をした。

 ふんと腕を組んでそっぽを向くワシの孫。そんな彼女の口から飛び出したのは――。


「アタシ知ってるし。人間の町で、ぱふぱふって奴をすると、お金貰えるんでしょ」


 聞くもおぞましい悪魔の所業――JKじゃあくなまおうのこどものこどもビジネス!! ぱふぱふであった!!


「……ま、孫!!」


「……い、いったい、どこでそんな知識を!!」


「人間の街に出て行った泥人形から聞いたもん!! 人間の女の子に化けて、ぱふぱふすると、人間の男からゴールド貰えるって!! しかも、けっこういい稼ぎになるって!!」


泥人形ダッチワイフ!!」


「種族レベルで滅ぼしてくれようか、あの泥人形ダッチワイフどもめ!! ワシの可愛い孫に、なんちゅう邪悪な知識を植え付けてくれるんじゃ!!」


 許さぬ。

 人類を滅ぼすのをやめたこのワシじゃが、孫娘に魔の手が迫るとあっては、この封印した魔王の力を解放しない訳にはいかない。


 人間社会を混乱させるのもさることながら、パフパフ稼業などという外道に身をやつした泥人形どもに、正義の鉄槌を喰らわしてくれるわ。


 じゃが、その前に――。


「分かった、分かったのじゃ!! お小遣いあげるから!! じぃじがお小遣いあげるから、ぱふぱふするのはやめるんじゃ!!」


「ほんと!?」


「ほんとじゃ!! じゃから、ぱふぱふだけはやめるんじゃ!!」


「爺さん、ほんと孫娘に対してはゲロ甘な。まぁ仕方ないけど」


「やったぁ!! じぃじ大好き!! ありがとっ!!」


 そう言うが早いか、孫娘はワシに向かって、ぴょんと飛びついて来たのじゃった。


 じぃじ大好き。


 ありがとう。


 ――か。


「ほほぉー!! ええんじゃよええんじゃよ!! 可愛い孫の頼みなんじゃからのー!!」


「えへへー、じぃじ、もしボケて世界を滅ぼしても、アタシだけはじぃじの味方だからね!!」


「百人力じゃぁ!! 孫が味方なら、じぃじは百人力じゃぞぉー!!」


 あー、いかん。

 幸せ過ぎて死にそうじゃ。

 これあれじゃね、ワシ、即死魔法の耐性持ってるはずなのに、ばっちり殺されてる感じだね。


 怖いわ、孫、怖いわ。

 ドラゴンスレイヤーより、孫の方がワシによく刺さるのう。


【まおうが なかまにしてほしそうに まごをみている】


「そうだ!! じぃじもよかったら一緒に映画見に行こうよ!!」


「……しょうがないのう。でへへ」


「おい、爺さんおい。若者の無軌道なエネルギーに、降り回されて疲れるの目に見えてるだけだからやめておけ」


 残念ながら勇者よ。

 魔王じぃじに、逃げるというコマンドは、ないんじゃよ。

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