第4話 倒してないけどマリア様が仲間にしてほしそうにこちらを見てくる件について

「わからーん。魔王ワシ、古い人だから、百合とか、耽美とか、そういう女性同士の恋愛感情を扱った作品を、どう楽しんでいいのかまったくわからーん」


「なんでだよ!! せっかく俺が魔法ブルーレイのボックス持ってきてやったのに!! そんなこと言うことないだろう!!」


「絶対ハマるからとか言ったけど、いつになったら面白くなるのこれ? というか、ワシ、もっとこう血がぶしゃーっと出る、アクションモノが見たいんじゃ。あと、なんかいい感じの必殺技がバンバン炸裂して、登場人物の練り込みが半端ない、川上稔先生の作品みたいなアニメがみたいんじゃ」


「疲れるんだよ。おっさんには、もう、そういうちょっと『油マシマシにんにく多め』な、コテコテアニメは咀嚼するのに力が居るんだよ」


「コテコテがいいんじゃー!! 脂っこい食べ物は食べれなくなったけど、アニメや小説はコテコテなのを楽しみたいんじゃー!!」


「気ばかり若いんだから本当にもう。これだから世界の半分を話の流れで手に入れた大魔王は困るよまったく。俺たちみたいな庶民の辛さをわかっておいででない」


「……勇者よ、アニメの趣味については、ワシとお主ではどこまで行っても平行線のようじゃのう?」


「……どうやら、そのようだな」


 そう言って、勇者はワシの部屋にある魔法テレビ――その下の魔法ブルーレイレコーダーから、持ってきたアニメの円盤を取り出したのだった。


 うぅむ。


 たまには家でまったりと、アニメでも見て遊ぼうぜという話になったが、持ってこられたアニメがこれでは残念じゃ。アニメには詳しいという勇者を信用して、チョイスを任せたワシがアホじゃったともいえる。


 やはり一緒に、レンタルビデオショップに行って、気になるのを選んだ方がよかった。


 はー、やれやれ、これからいったいどうしてくれよう。


「撮りためた今期アニメでも見る?」


「えー、勇者、ほとんどのアニメはリアルタイムで追っておるんじゃろ」


「もちろん!!」


「ワシも追ってるから新鮮味がないし。というか、どうせお主はきらら系、ワシはヤンジャン系を見たいって言うから、同じオチじゃないか」


「なんでいい歳してヤング誌のアニメにハマってんだよ爺!!」


「心はいつだってヤング!! 秀樹が青春なんじゃ!!」


 好きなものは好きなのじゃ。

 再び始まるアニメ宗教戦争。

 にらみ合うワシたちの間に――。


「大魔王様。ちょっと良いですか」


 割って入って来たのは、身の回りの世話をしてくれる悪魔神官であった。

 今日も今日とて困り顔した娘じゃ。


 やれやれ、どうしてこの子は、こうも自分に自信がないのかのう。


 魔王軍立ち上げの頃から一緒に居るが、ついぞ、自信を持ってくれるには至らなかった。こんな感じで、おどおどきょどきょどと、周りの顔色をうかがっておるようでは、いずれワシが居らんようになった時に、いいように利用されてしまうぞ。


 というか、ワシが魔王軍に拾ってやるまで、実際悪い男にさんざ貢がされておったからのう。

 うぅむ、勇者の将来も心配じゃが、この娘の将来も心配じゃ。


 まだまだ、健康に気を使って、長生きせんといかんようじゃのう。

 孫の成長も見届けんといかんし。


 毎日一杯、健康青汁じゃ。

 にがい、まずい、もう一杯。


 そりゃさておき。

 なんの用じゃろうか。

 ワシは勇者から体ごと視線を悪魔神官の方に向けると、なんじゃ、話してみよと切り出した。


「実は、悪魔姫騎士さまがこちらに戻ってきておいででして」


「なんじゃ、悪魔姫騎士の奴、帰って来たのか」


「それで、次の任務に向かう前に、魔王様にご挨拶したいと申してまして」


 悪魔姫騎士。

 悪魔神官と同じで、ワシが直々にスカウトした魔王軍の重鎮じゃ。


 鋼鉄の鎧で身を固めた、屈強な姫騎士じゃ。普通の姫騎士と違って、露出度0%という驚異のサービス精神のなさに、出会った勇者が嘆いたとか嘆かなかったとか。


 振り返ってみると、ゲンナリとした顔で勇者が床を見ていた。


 過去に一度――悪魔姫騎士と戦った勇者。その表情は、明らかに、会いたくないという拒絶のものじゃった。


 ふぅむ、どうしたもんかのう。


「実は扉の向こうに来てまして」


「なんと」


「お目通りが叶わない場合は、この場で自害すると言っているんですよ」


 えらいタイミングで来てしもうた。

 そんな顔をする勇者。


 流石に、自害するとまで言われたら、彼も今は魔王軍側の人材――放っておく訳にはいかない。勇者は無言でワシを見ると、しぶしぶという感じに首を縦に振った。


 ふむ、仕方ないのう。


「そこまで言われたら仕方ない。通してやれ、悪魔神官」


「……あ、ありがとうございます、魔王さま!!」


 そう言うと、とてとてと、可愛い足音をたてて、悪魔神官は扉の方に向かって行った。


「ほら、ひーちゃん、魔王様からお許しが出たよ」


「本当か、しーちゃん!!」


「本当だよ。もう、会えなければくっ殺するとか、魔王軍なのに姫騎士成分が抜けないんだから。そういうのよくないよ。ちゃんと直さないと」


 扉の向こうから聞こえてくる、悪魔神官と悪魔姫騎士の会話。


 えっ、えっ、えっ、と、声を勇者が詰まらせた。なんじゃろうか、驚くような会話、この中にあったかしらん。いつも通りのやり取り過ぎて、さっぱりとワシにはわからん。


「え、どういうこと、どういうこと、どういうこと?」


「お主がどういうことじゃ? 何をメダパニしておる? しっかりせえ」


「いや、メダパニッシャーしちゃうでしょ、いきなりこんな百合百合砲ぶっこまれたら、混乱してどうしていいかわからなくなるでしょう」


 そういうものかのう。

 というか、百合百合砲ってなんぞ。


 あと、前回のネタを微妙に引っ張るのやめて。マキシマム迷惑じゃ。


 困惑しているうちに、悪魔神官が悪魔姫騎士の手を引いて、ワシの部屋へと入ってきた。悪魔姫騎士は、今日は鎧を脱ぎ捨てて、普通の姫状態だ。

 シックスパッドに割れた腹筋に、傷一つない褐色の肌。ゴーリキ系アマゾネスな悪魔姫騎士は、赤色の髪を揺らしてワシと勇者の前に膝をついた。


「魔王様、本日は拝謁の名誉に賜り、この悪魔姫騎士恐悦至極」


「あー、そういうのいいから。それより、今日はなんの用じゃ」


「はい、実はこの悪魔姫騎士――人間界での暴動鎮圧に携わることはや二年。そろそろ、次のステップに進みたいと考えておりまして」


「次のステップ?」


 出世したいということかのう。


 まぁ、悪魔姫騎士ちゃんは、悪魔神官ちゃんと違って、そこらへんがっつり系じゃからのう。自分の能力をフルに活用できる場所を求めて、頑張ってるキャリアウーマンじゃからのう。

 はじめて会った時も、普通の姫騎士で――「勇者ではないが!! この姫騎士が相手だ、魔王!!」――と、突っかかってきたくらいじゃからのう。


 まぁ、倒してこの通り、今はワシの部下になった訳じゃが。


「次のステップってなにー? 雑魚悪魔姫騎士くんは、地方の暴動を武力鎮圧するくらいしか使い道ないから、今のお仕事がお似合いじゃないのー?」


「黙れ勇者!! 魔王さまに屈服したくせに!!」


「ふっふーん、世の中勝った奴が偉いんだものねー。負け犬の遠吠えなんて聞こえませんですのだ」


「……こいつ!! そこまで言うなら、再戦してもいいのだぞ!!」


 悪魔姫騎士が剣の柄に手をかける。

 対して勇者は、鼻歌を交えながら、ブルーレイディスクを磨いていた。


 ワシは知っておる。

 この勇者、その気になったらそのブルーレイディスクとチャクラムにして、敵を両断する使い手である。


 真の名人とは、武器を選ばない。

 手近にある物で戦うものなのだ。


 常在戦場。その境地が導く、それは一つの答えであった。


 なので、ワシはつっかかろうとする悪魔姫騎士ちゃんを止めた。


「落ち着くのじゃ悪魔姫騎士ちゃん。勇者の言うことにいちいち目くじら立てててはいかんぞ」


「……しかし、魔王さま!!」


「やーいやーい、行き遅れの筋肉アマゾネス!! お前の腹筋シックスパーッド!! 大胸筋が恋人!! この胸の心拍数、アスリートハート!!」


「どういう悪口じゃ!!」


「……貴様ぁ!! アスリートハートだけは許せん!!」


「なんでそこなのじゃ!!」


 一触即発、鎧袖一触。

 すわ、勇者と悪魔姫騎士の戦闘が始まるかと思ったその時。


「もう!! 喧嘩はやめてよ、ひーちゃん!! 今は勇者さまは魔王軍の副魔王なんだから、生意気なこと言っちゃダメでしょ!! めっ!!」


 悪魔神官が、悪魔姫騎士を叱った。

 とたん、しょんぼり、と、肩を落とす悪魔姫騎士。


 彼女はすごすごと、すみませんでしたと勇者に向かい頭を下げた。


 うぅん――。

 昔から、悪魔神官と、悪魔姫騎士は仲が良かった。

 じゃが、これはびっくりじゃ。


 悪魔神官、悪魔姫騎士相手じゃと、強く出ることができるんじゃのう。

 いつもの調子から、てっきり逆の立場かと思っておったが。


 そんなワシの困惑をよそに。


「だってしーちゃん」


 悪魔姫騎士が伏し目がちに言う。


「そろそろ、魔王城勤めにしてもらわないと。暴動鎮圧の遠征ばっかりで」


「それも立派な魔王軍のお仕事だよ」


「けどけど……私はしーちゃんと会えないのが寂しくって!! 毎晩毎晩、しーちゃんのこと考えてるのよ!! いいかげん一緒に暮らしたいのに!!」


「ちょっとひーちゃん!! 魔王様と勇者様がいるのに、そういうプライベートなこと!!」


「そのことを直談判しに来たの!! 今言わないで、いつ言うのよ!!」


 あれ。

 あれれ。


 なんじゃこの空気。


 悪魔神官も、悪魔姫騎士も。二人して、顔を真っ赤にして俯いて。

 それでもじもじと、なんだかこう、恋人みたいな感じで片寄せあって。


 これ、どっかで見たことあるぞ。


 なんじゃっけ。

 割とついさっきまで、見ていたような気がするけど。


「キマシタワー!!」


「おわぁ、勇者!?」


 勇者が突然叫んだ。なんか、いい感じに回復魔法をかけて貰ったような感じに、気力全開、体力万全という感じに、握りこぶしを造って叫んだ。


 何が来たのだろうかと顔をしかめるワシに、勇者はそっと――さきほどまで見ていた百合アニメのパッケージを見せた。


 あぁ、なるほど。

 既視感の正体はそれかぁ。


「えっ、えぇっ!? 二人って、そういう関係じゃったのぉ!?」


「そうです!!」


「ひーちゃん!! ちょっと!!」


「なので魔王さまお願いです!! 私を魔王城勤めにさせてください!! そのためなら、私はなんだってしますから!!」


「そんなにー!?」


「そ、それなら!! 私もなんでもします魔王さま!! どうか、ひーちゃんとの仲を認めてください!!」


「話の方向性ずれてないー!?」


 ひしり。

 抱き合う悪魔神官と悪魔姫騎士。


 そんな二人の真剣な眼差しが、ワシへと襲い掛かってきた。


 どうしたらいいんじゃ。

 分からなくなって、この手の話に詳しい勇者に目を向けると――。


「……し、死んでる!!」


 尊死とうとし

 百合百合好きの筋金入りきららマニアの勇者は、真っ白になってその場に座り込んでいた。そして――。


【ゆうしゃが なかまにしてほしそうに マリアさまをみている】


 よく分からないフリップボードを握りしめ、ますます白くなるのじゃった。


「……というか、それなら性別女でゲームをはじめよ!!」


 そういうとこじゃぞ。

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