第3話 FXで倒した僧侶が仲間にしてほしそうにこちらを見てくる件について

「てえへんだいてえへんだい!! ご隠居、てえへんだよぉ!!」


「……え、なに? なんでいきなり水戸黄門みたいな感じになってるの?」


 ご年配の皆さんから若い皆さんまで大人気。誰もが知ってる水戸黄門。


 大陸の東――ミト・マッダイラ地方を収める侯爵、ゴールディ・ア・ナールがその身分を隠して世直しをする痛快ピカレスク冒険番組である。


 番組の後半、スケ(スケベイサブロウ)さんと、カク(マスカクノシン)さんが、下がれ下がれ控え控えとゴールディのオムツを取り換える介護シーンは、お茶の間の清涼剤として知られている。なまめかしさと勧善懲悪を超えた所にあるどうしようもなさに、中毒者が続出の人気番組だ。


 そんな番組のラッキースケベハチベエの口調で勇者がやって来た。

 こんなコミカルな仕草で魔王城に乗り込んでくる時は、だいたい相場が決まっている。


「まーた借金こさえたのか。いくらじゃ~もぉ~。お主のう、ワシが楽隠居した魔王で、世界の半分を牛耳っておるからって、借金の肩代わりさせるにも限度があるぞ」


 借金問題だ。

 ちょっとだけよ。

 金を貸したのが運の尽き。


 ワシ、勇者に結構な額をこれで貸し付けていたりするのよね。


 まぁ、世界の半分を所有しているので、その上納金で、焦げ付きは起こさないからいいんだけれど、まるで魔王を生命保険の営業ウーマンみたいに使ってくるのには、いささか頭にくるところがある。ワシはお主の金づるじゃないないっての。


 そのうち、社会派ファンタジー小説みたいに、勇者がこさえた借金で恐ろしい災害が起こるみたいな感じのオチになっちゃうよ。

 そうなってからは遅いのじゃ。


「これじゃから、宝箱を開いたらゴールドが入っていると思う世代はいかんのう。昔はもっとミミックがいっぱいおったものじゃが。今は乱獲でめっきり減ってしまって……」


「違うって!! 今日は俺の借金問題じゃないから!!」


「あれ、違うの?」


 魔王びっくり。

 もう借金整理のご相談モードに半分くらい入っておったわ。


 手付金・着手金無料。

 借金問題は魔王法律相談事務所。

 みたいな感じじゃったよ。


 そんなワシに、ハチベエ口調からいつもの口調に戻して勇者が言う。


「いや、俺のじゃないけど、借金問題には違いなくて、いやまぁ、借金問題というか、取引というか」


「……話が見えんのう。とりあえず、お主は困っておらんのじゃな」


「いやまぁ、俺は困ってない」


「じゃったら別にええじゃないか。他人の不幸に首を突っ込んで、お主、何様のつもりじゃ。そんなことしても生き辛いだけじゃぞ」


「勇者だよ勇者!! 元だけど勇者だから!! というか――」


 元パーティだから。

 そう言って勇者はワシの部屋に一人の人間を引っ張り込んだ。


 水色の長い髪に白い肌、水色の礼服に金の意匠が施された錫杖。

 その女子には見覚えがあった。

 典型的なこの世界の女僧侶じゃ。


 だが――。


「……FXで全財産溶かした顔になっとる!!」


 顔にはちょっと見覚えがなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


「まぁ、前にも会ったことがあるから説明は必要ないと思うけど」


「……え、まぁ、うん。顔が変わってて、まったく分からなんだけれども」


「俺と一緒にパーティ組んでた、僧侶ちゃんだ」


「僧侶ちゃん。あれだよね、くっ殺しようとした娘だよね」


「そう、その僧侶ちゃん」


 あの時は随分と焦ったのう。

 戦士、魔法使いがまだ話せば分かるのに対して、彼女だけは頑なに最後まで自害しようとして話を聞かなかったのじゃ。仕方がないので、悪魔神官呼んで、睡眠魔法で眠らせてことなきを得たのを覚えておる。


 その間、ちくちく盗賊に刺されて微ダメージ喰らっていたっけか。

 僧侶ちゃんがくっ殺やめると、途端に盗賊が攻撃やめたのはいい思い出。ほんと、あいつ調子こきじゃのう、ろくな死に方せんぞ。


 そりゃさておき。


「そんな誇り高い僧侶ちゃんが、どうしてこんな顔に」


「話せば長くなるんだが――小麦の先物取引に手を出して大損こいてな」


「割と短い話じゃったぞ?」


 先物取引だめ絶対。

 別に経済小説じゃないけれど、それはどの世界でもやったらアカン。

 実態を伴わないものの取引ほど、この世で怖いものはないのじゃ。


 おぉ、怖い怖い。

 昔、ワシも大損こいて、魔王城に抵当権つけられたことがあるから、人ごととは思えん。いやぁ、無事に借金返し終えて、こうして世界を征服出来てよかったのうワシ。


 えらいのうワシ。やったのうワシ。

 ビバ、楽隠居生活じゃ。


 自分を褒めるのはほどほどにして。


「どうしてそんな危ない橋を渡ったのじゃ。僧侶はどっちかって言うと、いのちをだいじにタイプじゃろう?」


「いやぁ、あの旅の後、俺たちがそれぞれ違う道を歩み出したのは、魔王もよく知ってるよな?」


「まぁ、それとなく」


 勇者と話しているうちに、それとなくではあるが、魔王城に乗り込んできたパーティが、あの戦いの後どうしているかは聞いていた。

 元気にやっていると把握していたが、詳細は聞いていなかった。


 ふむ。

 なんと言っても冒険者たちである。

 魔王による世界征服の後、平和になってしまったこの世では、さぞ生活に苦労していることだろう。勇者も、なんだかんだでこんな感じだし。


 僧侶のことがなくても、それとなく近況を聞いてみたいという気持ちが首をもたげるのは仕方なかった。そんなワシの空気を読んで、勇者が目を伏せて語り始めた。


「戦士は――遊び人に転職してガチムチ系バニーボーイ店で尻で割りばしを折りながら生計をたてている」


「聞いてない!! なにその悲惨なその後!!」


「魔法使いは――勤め先の部長と不倫の末に妊娠。親と会社からの追及を逃れるために退職して遠方地に引っ越した。今は、場末のスナックでチーママをやりつつ、三歳になる娘を女手一つで育てている」


「悲惨!! なんなの部長って!! そんな職種ファンタジーにある!?」


「盗賊は――所属する組の抗争に巻き込まれて死亡。立ち止まるんじゃねえぞって言葉と前髪の唐辛子を残して死にました。享年29歳」


「死んだの!? いや、蘇らせようよ!! 仲間じゃない!!」


「そして僧侶は――」


「無視!? 蘇らせてあげてよ、お願いじゃから!! その為のファンタジーじゃろ!?」


「所属していた修道会に帰参。魔王退治の旅の功績を買われて教会の責任者を任せられるようになったんだ」


「なんで僧侶だけまともにファンタジーしてるの!? バランスおかしくないかのう!?」


 明らかに、戦士・魔法使い・盗賊がファンタジーのノリじゃない。混ぜたらいけない感じの危険な現代ネタになっている。


 どうしてなの。ちょっと現実のネタを織り交ぜて、あるある感を醸し出しつつすっとぼけファンタジーのはずが、一気にブラック度が増した気がするのじゃ。


 匙加減。

 匙加減が間違っておらんかのう。


 いくら筆が早くっても、全体のバランスが崩れておっては、小説として落第点じゃ。

 ほらまたこうやってメタる。


 そういうところじゃぞ。


 それはさておき事情は分かった。


「なるほど。つまり、任されている教会の運営資金が危なくなり――止むを得ず、危ない橋を渡ってしまった、そう言いたい訳じゃのう?」


「いや、普通に教会経営に失敗したんだ。中世ヨーロッパの教会というのは、それだけで閉じた社会的な活動を行うことができる会社みたいなものでね。ワインを造ったり、パンを造ったり、羊毛の生産から食肉の加工と、幅広い生産活動をしていたんだ」


「リアル!! ファンタジーじゃと思ったら、一番僧侶がリアル志向じゃった!!」


「現代でも有名なベルギービールもその始まりは修道院と言われており」


「現代って!! ここはファンタジー!! 少なくともアレフガルド的な世界じゃよ!!」


 やめて。第三話にして世界観ぶち壊しにくるのやめて。


 だいたいここらでエスプリ効いた話をぶっこんで、掴みにかかるものかもしれないけれど、話の掴み方が斜め上で誰も喜ばないんじゃ。


 そんな中、今まで黙っていた僧侶が、ぼつりと何か囁き始めた。

 声色は明らかに沈んでいる。聞き取れるようなものではない。


 なんて言っているのじゃとワシが尋ねると、勇者は彼女の口元にそっと耳を添えた――そして。


「もう、こうなって、しまっては、仕方が、ない」


「おぉ、すっかり思い詰めておるようじゃのう。いかんぞ、しかし、自棄になっては。金の稼ぎ方なぞ幾らでもあるのじゃ。教会には子供たちもおるのじゃろう、その者たちに顔向けのできない商売だけはしてはならぬ」


 具体的には、アダルトな感じの奴。

 同人CGとかでよくある感じの、年頃の娘が地方領主にみたいな奴。


 そういうのだけはだめじゃ。

 というか、やったら出版コード的にまずい。


 なんじゃ出版コードって。

 とにかく、軽率にそういう安易な金策に走るのは――。


「……成長促進剤を子供たちに投与して、大量殺戮兵器パニッシャーを装備した神父を育成しなくては」


「予想の斜め上マキシマムじゃぁ!!」


 それ、世界を滅ぼす感じの奴。

 ガンホーガンズな奴じゃない。


 ワシ、魔王ナイブズ的ポジションだけれど、そんなの全然求めてないから。

 足りとるから。


 いや足りとるというか、もうなんかそういうの諦めた系魔王だから。

 いまさら物騒な兵団造らないで頂戴。せっかくの平和なのよ。


「……勇者トンガリ、なんか言ったげて」


「……僧侶。お前が真面目なのは分かった。分かったが言わせて貰う」


 神父じゃなくて、牧師やで。

 勇者はコアでディープなパロディネタの解説をはじめた。だが、特にバタフライ効果はなかった。


【そうりょが なかまにしてほしそうに こちらをみている】


 結局、ワシはまた、勇者の仲間に金を貸してやることになるのじゃった。

 世界征服したのに、せちがらい話じゃのう、まったく。

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