死神のメモ帳

濱野乱

第1話

俺の高校時代の話をしようと思う。


深い理由はない。次の電車が来るまでの暇つぶしだ。


俺が高校時代、つるんでいた先輩は不思議な力を持っていた。


「おパンツ爆弾ー!」


先輩はよく俺の前でスカートをたくし上げる遊びに興じていた。スカートの下に大抵、スパッツか何か履いており、俺が動揺するのを楽しんでいたようだ。下ネタも躊躇なく振ってくるし、見た目可愛い女子高生なのに中身はおっさんに近かった。


体育館の集会の後だったと思うが、先輩が校舎に向かう列から離れ、ふらふらと何処かに行こうとするのを目撃した。トイレは逆方向だったので、俺は気になって後をつけた。


先輩は楡の木の下に立ち、俺に背中を向けていた。


足音で気づかれたのだろう。振り返った先輩の顔には驚きが広がっていた。


「見たな」


見られてまずいものは特に見当たらない。先輩は木の枝先を指差した。


「あんた、背高いよね。あれ取ってくんない?」


枝にはおみくじのように折った赤い紙が結びつけられていた。背を伸びしてようやく紙を取り外すと、先輩は礼も言わず、それをひったくる。


「見ちゃ駄目。祟られるから」


いつものひょうきんな先輩とは別人のような壁を感じ、面白くない。


悩み事があるのなら相談して欲しいとしつこく食いさがると、打ち明けてくれた。


「これは死神のメモ帳。これから死ぬ人間の名前と、時間が書かれているの」


先輩が物心つく頃にはそれは視えてていて、人間の死に何度も触れてきたという。


「名前と時間がわかってもさ、どうすることもできないの。こんな私にもう関わらないで」


その日、近所で火事があり、三人の焼死体が発見された。


それから俺と先輩は卒業式まで口を利かなかった。


「私が死ぬ五分前にさ、メッセージ送るわ」


「縁起でもないこと言わんでくださいよ」


高校卒業後、大学に進学した先輩が倒れたと聞いた。悪性のガンが発見されたという。


先輩から携帯アプリ経由のメッセージが来たのは五分前だった。


「おパンツ爆弾覚えてる?」


「はい」


「あれ一回もろにパンツ出しちゃってガン見してたよね」


「十回抜きました」


「オオスギィ。でもいい置き土産になったよね」


「置いていかないでください」


「それは無理。死神のメモ帳は絶対だから。でも今は死神に感謝してる」


「?」


「人生最後の五分間を好きな人との会話に費やせるなんてどんだけ幸せ者なのよ、私」


「今、幸せですか?」


メッセージは返ってこない。そのまま時間だけが経過した。


そろそろ電車が来る。俺は携帯をバッグに仕舞う。


ベンチとベンチの間にあの日見た、赤い紙に似たものが挟まっていた。


取り出して、明るい所で確認する。


警笛がうるさい。知らず知らずのうちに俺はホーム際まで歩いていた。


でも大丈夫、死神のメモ帳は絶対だ。俺は自分の運命を知っていたから、先輩の所に歩いて行けたんだ。


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