頭にためるか腹にためるか

ちびまるフォイ

もうこれ以上は食べたくない

【 学校以外で食事をしてはならない 】



そういう規則があるわけではないが、

暴食学校に入学してからはこのルールを常に守るようになっていた。



1時間目:給食

2時間目:給食

3時間目:給食

4時間目:給食

5時間目:給食

6時間目:給食



どの曜日も時間割には「給食」の文字が並んでいる。


クラスのムードメーカーがプリンだなんだとはしゃぎたてるイベントではなく

給食がはじまると教室は張り詰めた緊張感に包まれる。


「みなさん、今日は国語の給食です。

 今回の給食はテスト範囲のメインとなる部分ですから

 よく噛んで食べましょう」


「「「 いただきます 」」」


制限時間45分以内に食事を終える必要がある。


暴食学校では食事をとることでそれが頭に蓄積される。

食事=勉強となる。


1時間目はまだお腹がすいているので楽だ。


「ふぅ、食べきった……」


食べ終わると、国語の知識が頭に入っていく。

戦s寧波よく噛んで食べる、と言っていたが6時間目まで食事をする以上

ここでモタモタ噛んで満腹感を味わうわけにはいかない。


授業終了のチャイムが鳴ると、また別の給食がすぐに運び込まれた。


「いいかーー。数学給食は味の構成やスパイスを理解しながら食えよーー」


「「「 いただきます 」」」


2時間目の給食がはじまった。

感覚は娯楽よりもフードファイトのほうが近かった。


そうして、なんとか今日の6回にも及ぶ食事の暴力を耐え抜き家に帰った。


「ただいま……」


「おかえり、学校はどうだった?」


「今は何も考えたくない……。ちょっと走ってくる」


今朝は空っぽの胃が帰るころにはぱんぱんに膨れ上がっている。

いつも飲んでいる胃腸薬を飲んで、明日のために今日の消化分を処理する。


今日の食事を今日中に消化しないと、明日の給食が食べきれなくなる。



翌日、目が覚めたとたんに自分の体調変化に気づいた。


「なんだ……体が……だるい……」


熱を測ると疑いようもないほど熱が出ていた。風邪を引いたのだろう。


「どうする? 今日は学校休む?」


「そんなこと……できるわけないじゃん……」


暴食学校には教科書なんてない。後で読み返せば内容がわかるものでもない。

給食を食わない限り、頭に知識は入らない。


「いってきます……」


重い体を引きずって学校に向かった、

入学したときは勉強なんてしなくていい。食べるだけでいい。

そんな夢みたいな学校だと思っていたのに。



「「「 いただきます 」」」



今日も無慈悲な時間割は体調不良の体に襲い掛かってくる。

ただでさえ食欲がないのに立て続けの食事に耐えられるはずもなかった。


「先生……トイレ行っていいですか……」


「ああ、いいぞ」


同級生は「うんこかー」などと冷やかした。


「吐きに行くんだよ」


俺の顔色の悪さに冷やかす人はいなくなった。

知識食は消化さえすれば頭に入るので吐いたとしても知識は残る。


「ダメだ……もう食事をとれる気がしない……。これを繰り返すしか……」


トイレと教室をいったりきたりして、食べて戻してまた食べる。

昔のグルメな貴族でもやっていた暗黒の食事法を実践するなんて思わなかった。


が、それも長くは続かなかった。


「「「 いただきます 」」」


「い、いただきます……」


4時間目を過ぎたあたりで、完全に体が食事を拒否した。

消化うんぬんの前にそもそものどが通らない。


過酷な暴食マラソンを続けていた結果、体側からタオルが投げられたんだろう。


4時間目の給食は手を付けないまま片付けられた。

5時間目も。6時間目も手を付けられなかった。


「どうした? 給食食べないのか?」


「体が……もう食べれなくて……」


「今日の給食はどれもテスト範囲で大事なところなのに。

 食事がとれないなら学校来る意味ないぞ」


「うぐぐ……」


机について運ばれてくる給食を眺めるだけのお地蔵さんと化していたことを怒られた。


どうしてみんなはあんなにケロりとしているのだろう。

同じ給食で、同年代で、同じ環境なのに。俺だけがつらそうにしている。

俺以外みんな大食らいなんだろうか。


肩を落として教室に戻ると、答えがわかった。


「あ! た、タッパー!?」


「しーーっ! 大声出さないでよ! 先生に見つかるでしょ!」


先生が俺の対応のために別室にいったタイミングで

クラスメートたちはみんな持ち寄ったタッパーで給食を回収していた。


45分以内に1科目分の食事を食べきる。


という時間制限があるから食べきれないのであって、

持ち帰ってから家で時間をかければ食べきることも可能。


みんなの手つきが慣れているので、持ち帰り作戦は今回がはじめてじゃなさそうだ。


「頼む! 俺にもタッパー貸してくれ!」


同級生に頼み込んで俺は給食を持ち帰ることに成功した。

授業中の先生の視線をかいくぐって給食を詰める作業はスリリングだった。


家に帰ると、持ち帰ったタッパーを広げた。


あとはこれをじっくり時間をかけて食べればいい。

時間をかけて……。


「って食えるかぁぁ!!」


家に帰るころには食欲が回復しているかもと思っていた。

けれど「家に帰ってからも食事」というストレスがますます食欲を遠ざける。


時間をかけて食べようにも家に帰ってからも拒絶は続いた。

これではテストまで食事をとれる気がしない。


持ち帰った給食だけが家にたまるばかりで、食事は進まなかった。


「どうしよう……明日はテストだっていうのに、

 こんなにまだテスト範囲の食事が残ってる……」


冷蔵庫にはぎっしりと給食の山、山、山。

10年かかっても食べ終わる気がしない


現実逃避するように冷蔵庫を閉じると、その機械が目に入った。


「そうだ! これがあった!!」




翌日のテスト前。


体調も戻り涼しい顔で学校にやってくる。

同級生の話題はもっぱらテストだった。


「なぁお前はちゃんと食べきれた? 全然ダメだったよーー。

 お前はどうだった? ちゃんと食事とれた?」


「ああ、ばっちりだよ」


「マジか。お前、風邪だったじゃん。どうやって給食食べたんだよ」


「ふふふ、俺には文明の利器があるんだな」


俺はスマホの写真一覧からその画像を引っ張り出した。


「ミ、ミキサー!?」


「そう、食べきれないものは粉々にしてジュースにする。

 そうすれば食事をするよりもずっと楽に頭に流し込める」


「すげぇ……」


「テスト範囲の給食を全部まとめてジュースにして流し込む。

 これ以上にいい効率などないだろう。わっはっは」


気分よく自慢したあとでテストが始まった。

テストが終わると、同級生が悔しそうにやってきた。



「テスト終わったな。でも俺全然ダメだったよ。

 今度は俺もお前みたいに砕いてジュースにして飲むようにするよ」



「それは……やめたほうがいいな」



「えっ? どうして? テスト前はあんなに自慢してたじゃん」


「それが……」



テスト結果が返却されると見事な赤点をマークしていた。

原因はひとつだった。



Q.点Pが作り出す三角形の面積を求めなさい。


A. Bob plays tennis every Sunday.




「……ミキサーで混ぜると、答えがごっちゃごちゃになるぞ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

頭にためるか腹にためるか ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ