星の夜に

海原

【1】

 ある澄んだ宵のことだ。

 僕は山の開けた場所まで登っていった。木々の途切れたそこに着いた所で、懐中電灯を消す。そうすると、月のない山は真っ暗になるのだった。

 リュックに入れていたシートを、なだらかな斜面に広げて座る。隣では、先生が大きな岩に腰掛けていた。

 星の瞬く夜空を見上げる。今日は流星群が極大だとかで、見ている間にも、すい、と一条の光が流れていった。

「──先生」

「なんだい」

 呼びかけると、穏やかな声が返ってくる。

「流星というのは、『星が降る』という形容をされますが、今のは昇っていったように見えました」

「地球は丸いからね。流星が昇っていくこともある。ちょうど、飛行機雲が昇っていくように」

「なるほど」

 静寂が、二人の間に落ちる。

 またずっと空を見続けていると、ゆるゆると流れる光を見つけた。それは、飛行機にしては点滅せず、流星にしてはいつまでも消えないのだった。

「先生。輝いている星たちの間を、泳いでいくのはなんですか」

「通りがかった人工衛星だね。あそこにはまだ、陽の光が届いているんだ。あれは最後の残照だよ」

「そうなんですか」

 じっと目で追っているうちに、その光も見えなくなった。

 すい、つい、と流星が瞬いては消えていく。あそこに、またあそこに、と気づいた時には、もうその流星はいない。ピークを迎える夜中頃には、もっと多くが流れていくのだろう。

「先生。何故流星は、あれほどたくさん燃え尽きていくんですか」

「さあ、何故だろうね。きっとそういう時期だったんだろう。人が現れて、去っていくように」

 僕は答えない。

 流星が一旦落ち着いたので、改めて、静かに瞬いている星々に注目する。先生から教えてもらった星座を、いくつか確認することができた。

 全部で八十八ある星座のうち、占いなどで有名な黄道十二星座は、全て神話が由来の星座だ。功績を挙げた英雄、たおされた怪物、変身した神の姿や仲良しである家族も、空に上げられて星座となり、今もずっと輝いている。

「先生。人は死んだら星になると言いますが、どんな星になるのでしょうか。」

「地球なんじゃないかな。ここも宇宙で、星なのだから」

「そうですか」

 空を見上げたまま、僕は先生に質問する。

「先生は、星になれましたか」

 ──返答はない。

 ただ、ふっと微笑んだ気配があった。しばらくしてから隣を見ると、そこにはもう、誰もいなかった。

 僕はシートを片付けて、リュックにおさめる。星のように瞬く眼下の街を一度だけ眺めて、懐中電灯を頼りに夜の山をくだっていった。

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星の夜に 海原 @kyanosnychta

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