第26話 革命家と天才の出会い
高校三年生の僕(桜井 隆之介)は、夏休み明けの始業式の日に謎の未来人とタイムマシンに出会った。
親友の坂本 宏樹の命を救うため、そして未来の高校生のために、僕は広瀬 光太郎と名乗る未来人と共に、タイムマシンで二時間前の過去に行ったのだ。
そこで僕が好きな女の子の広瀬 舞とも協力して宏樹の狂言自殺騒動を起こし、僕は無事に彼を助けることができた。光太郎は自分の正体を僕に明かす事はなかったが、無事に元の時代の二十五年後に帰ったみたいだった。
帰宅部で特に波風立つことの無かった僕の高校生活の中で、その日の数時間は特別印象強いものになったが、僕にとってのその騒動はまだ終わっていなかった。
光太郎と別れた後、宏樹と舞と僕の三人は学年主任の斎藤先生にニ時間以上説教され続けた挙句、次の日までに原稿用紙三枚分の反省文を書かされることになった。
さらにその後クタクタの状態で僕が家に帰ると、今度は自分の鞄の中に光太郎から僕に宛てたメモを見つけた。差出人の名前が書いてあったわけではないが、その内容で彼からのものだと僕は確信した。そのメモにはこんなことが書いてあった。
『今後、ある天才女性科学者に会ったら以下のことを伝えるべし』
その下に、その天才女性科学者とやらに伝える内容が書いてあったのだが、僕には全く意味が分からない文章だったのではっきりとは覚えてない。
僕は光太郎のことを未来の自分の息子ではないかと思っているため、彼のためになることなら何でもしてやりたい気持ちはあった。しかし、僕の狭い交友関係の中に女性科学者なんて人はいないため、どうすることもできないのだ。とりあえずその可能性がある人物にいつ出会ってもいいように、鞄にそのメモを入れているが、今のところそれを取り出す機会はまだ無い。
そして騒動が起きた次の日の朝、僕が普通に学校に行くと、教室の雰囲気が昨日とは少し変わっていた。昨日まで人気者で、常に誰かいた宏樹の周りに誰もいなくなっていたのだ。
自分が考えた計画を実行したせいで宏樹がこうなったのを申し訳なく思った僕は、教室に入るとすぐに彼に謝った。だが、彼は当然のように僕を許しこれまで通り接してくれた。
宏樹はその日の放課後、校舎裏に僕と舞を呼び出して、今まで彼が隠していた彼自身の秘密について話した。少しも気づいていなかった僕はそれを聞いてとても驚き、今まで長い間気づかなかった自分を恥じた。今まで通り接して欲しいと彼に言われたため、僕はなるべくこれまで通りに過ごすよう努力しようと考えた。だが実際は努力するまでもなかった。
彼が秘密にしていたことは、僕にとっては気にしなければ何の問題もないものだったのだ。舞も僕とは少し違った解釈をしていたみたいだが、以前と同じように自然に接することができている。
宏樹の秘密を知った上で親友でいられる僕たちなら、これからも彼と友達同士であり続けることができるだろうと思った。
そしてさらに次の日、狂言自殺騒動から数えると二日後。
僕にとっては、騒動後最大の変化が訪れた。
僕は授業が終わると、以前のように図書室で舞と二人で受験勉強に励んでいた。夏休み前までなら、僕が舞にそれとなく一緒に帰ろうと誘っても、彼女は吹奏楽部の友達と帰ると言ってやんわり断られていたのだが、その日は何と彼女から誘ってくれたのだ。
もちろん僕はその誘いを受け入れ、彼女と一緒に帰った。彼女と好きな映画の話をしながらとても楽しい時間を過ごせた。これはきっとあの日頑張ったご褒美なのではないかと思ったほどだった。この調子でいけば、日曜日に約束したデートもきっと楽しく過ごせるはずだと思い、次の日曜日が余計楽しみになった。
そうしてまた次の日。騒動から数えて三日後の今日は、今のところ変わったことは何もない。現在、授業を終えていつも通り舞と図書室で勉強をしているが、未来人がやって来ることもなければ、親友から思わぬ秘密を打ち明けられるようなこともない。ようやくあの騒動がひと段落ついたかと思って安心していたところで、僕のスマホが宏樹からのメッセージを受信した。
内容を見ると、どうやら三日前の騒動に興味を持った大学教授が僕に会いたがっているらしく、宏樹が勝手にこの後僕が会いに行くという約束をしたようだ。まだこの慌ただしい時間が終わっていないのかと少しがっかりする気持ちもあった。だが、こんな積み重ねが未来の光太郎たちのためになるかもしれないと自分に言い聞かせて、その約束を了承するメッセージを宏樹に返した。幸いその教授との待ち合わせの時間は、舞と一緒に下校してからでも間に合う時間だったので、僕にとってはたいした不都合もなかった。
「ねぇ、何してんの?」
宏樹に返事を送信していると、向かい合って勉強していた舞がそう話しかけてきた。
「宏樹にメッセージ送ってただけ。別に何でもないよ」
「本当に?また大事なことを二人で隠してるのを見つけたら、私また怒るよ」
疑っているようにそう言った。俺と宏樹は三日前に隠し事をして彼女に怒られた前科があるので、そんな扱いを受けても仕方なかった。舞がまた怒ると面倒という気持ちもあるが、何より彼女に嫌われたくなかったため、僕は宏樹からのメッセージの情報をすべて話した。
「どっかの大学の教授が、こないだの剣道部の告発の話を僕から聞きたいらしい。だからこの後その教授に会いに行く」
「ほら、やっぱり隠してたんじゃん」
僕の説明を聞いて、彼女は呆れたような声でそう答えた。
「隠すつもりは無かったよ。単純に今言っても仕方ないかなと思っただけ。事後報告はするつもりでした」
呆れている彼女に僕がそんな風に説明していると、彼女は途中でそれを遮った。
「言い訳はもういいよ。それより、私もついて行こうか?桜井くん人見知りでしょ?一人でちゃんと話せる?」
心配症な舞は冗談で言っているのか、それとも本気なのか分からないような調子で俺に言った。そんな彼女に俺も冗談っぽく答えて、説明を続けた。
「お母さんみたいなこと言うなよ。でも大丈夫、ちゃんと話せるよ。それにその大学教授、宏樹にはもう会ってるみたいだから、その上で僕に会いたいということは、僕の話をしっかり聞きたいんだと思う。だから舞が一緒にいても暇になるだろ?」
「そっか、なら仕方ないね。でも困ったことがあったらなんでも言ってよ」
彼女は僕の説明にようやく納得したようだった。
「うん。ありがとう」
僕がお礼を言うと、僕たちは二人とも勉強の続きを再開した。
六時になると、僕たちは勉強を終わらせて下校した。僕は一度家に帰ってから、宏樹が約束した大学教授との約束の場所に向かう予定だった。だが、舞と過ごす時間は相変わらず楽しくあっという間に過ぎていったため、予定よりも家に帰る時間が遅れてしまった。だから僕は彼女を駅まで送ったその足で直接、待ち合わせ場所に向かうことにしたのだ。
待ち合わせ場所は僕の家の近くの公園だった。きっと宏樹が僕の行きやすい場所を指定してくれたのだろう。公園の側まで歩いて行くと、隣接した道路に一台の車が停まっているのが見えた。待ち合わせ相手を待たせてしまっているかと思い、僕は少し早歩きで公園に向かった。
家に帰らずに学校からそのまま来たので、待ち合わせの時間まではまだ少し時間があったが、すでに大学教授らしき人は公園に来ていた。その場所には不自然なくらい綺麗なスーツを着た三十歳ぐらいの男性と二十代半ばぐらいの女性の二人が仲良く並んでベンチに座っていたのだ。
僕は彼らに近づいて話しかけた。
「あの、坂本 宏樹という生徒から何か聞いていませんか?」
それを聞いて二人はベンチから立ち上がり、女性の方が僕に言った。
「えぇ、あなたが桜井 隆之介さんですね。私は大学で教員をしている四宮 香といいます。来て下さってありがとうございます」
四宮と名乗った女性がそういい終えると、次に隣にいた男性の方も自己紹介をした。
「私は個人で塾を経営している高梨 誠といいます。よろしくお願いします」
彼が言い終わると二人ともかしこまったように名刺を渡してきた。僕はとりあえず二人からそれを受け取ったが、年上の彼らの丁寧すぎる姿勢を見て申し訳なくなり、遠慮がちに彼らに言った。
「そんな丁寧な言葉遣いはしなくていいですよ。普通に、年下と話すみたいな感じでいいです。むしろそうしてください。そんな口調で来られると落ち着きませんから」
すると、彼ら二人は顔を見合わせて照れたように笑い、笑顔のまま四宮さんが僕に言った。
「そうですよね。すいません。私たちもこういう事には慣れていないもので。少し前までどういう態度であなたと話せばいいか迷っていたんですよ。でも、私たちがどうしても、あなたの知っている事を話して欲しいということを伝えたかったんです」
「そうですか」
僕の話に関して、目の前の二人の異様な本気さに少し戸惑い、僕はそんな曖昧な返事をした。
そして、ふと二人に渡された名刺を見ると僕は驚いた。
僕たちが起こした騒動は一部の地方で小さく報道されていただけだったので、そのことを調査したいという物好きな教授もきっと小さな無名大学の先生なのだろうと、僕は彼女の名刺を見るまで勝手に思っていたのだ。しかし、その名刺にはこの国を代表する大学の名前が書いてあった。どうしてそんな優秀な人が、僕たちが起こした小さな騒動について調べているのか気になったので、すぐに質問した。
「ところで四宮さんたちは、なぜ三日前の僕たちのことをそんなに知りたがっているんですか?全国には僕たちが起こしたこと以上に大きな問題がありますよね。あなたの地位なら全国規模の問題でも調べられそうなものなのに、なぜ僕たちについて知りたがるんですか?」
僕がそれを言い終えると、四宮さんは真剣な表情を見せて答えた。
「そうだね。まだ公にすることではないけど、あなたになら話してもいいかもしれない。ただし、これからする私の質問に正直に答えてくれたらだけども」
「はい。それはもちろん」
僕は三日前の騒動の詳細を聞かれると思ってそう答えた。それを広めることが僕の目的だからだ。そして四宮さんは僕に聞いた。
「三日前の午後二時ごろから夕方まで、あなたが通う学校には、違う学校の制服を着た男子がうろついていたらしいんだけど、その人物が何者か知ってる?」
四宮さんは僕が予想していたものとはまるで違う質問をした。僕はてっきり、あの日の騒動の部活関連のことや、先生からの対応を聞かれるかと思っていた。まさか光太郎のことを聞かれるなんて少しも思っていなかった。僕はその質問をされるまでは、あの騒動の話を真剣に聞いてくれそうな四宮さん達に感謝していたが、それを聞いて少し彼らを警戒し始めた。
なぜかというと、その三日前にも同じような経験をしたからである。突然現れた人物が知るはずのない僕の情報を知っている。宏樹が光太郎のことを教えたにしても、光太郎が午後二時にタイムマシンを使って移動した事実は僕以外知らないはず。つまり、未来人の光太郎があの日の放課後に現れた時と似た状況だった。
僕は考えた。彼らが何者か。もし光太郎と同じ未来人だった場合、僕はどうするべきか。目の前にいるのが光太郎の知り合いで協力者ならば、光太郎のことを未来の自分の息子だと考えてる僕は、知っている全てのことを話して全力で彼らに協力する。だけど彼らが光太郎にとって敵になる人物であった場合、僕は彼らを全力で妨害する。
しかし何をするにせよ情報が足りなかった。彼らの正体が分からない以上、いくら考えても答えは出ない。沈黙を続けていると、その様子を見た四宮さんがまた口を開いた。
「答えにくい質問だったかな。それなら、もっと具体的な聞き方をしてあげる」
彼女はそう言った後、その具体的な質問を放った。
「あの日、違う学校の制服を着てた光太郎という人物が未来人だっていう話、あなたは信じる?それとも信じない?」
その断定的な質問を聞いて、僕は光太郎のことを隠すことを諦めた。そんな聞き方をしたという事は、きっと彼女達は僕がタイムマシンに関わったことを知っている。この状況で僕が知らないと嘘をついたところで、すぐに見破られるだろうし意味がない。その二人の正体は未だに分からないが、タイムマシンと僕のことを知っている彼らには、どんな嘘を言っても信じてもらえないだろうと考えた。だから正直に答えた。
「はい、信じます。というか、そうですよ。本人に聞きました。二十五年後から来た未来人だそうです。あなた達も知ってるんでしょ?」
為すすべがなかった僕は、半ば投げやりに答えた。それを見た四宮さんは笑顔で言った。
「当然知ってるよ。でも、私たちが知りたいのはそこじゃない。未来人があなたに何を話して何を残していったのか。立ち話もなんだから、ファミレスにでも入ってゆっくり話そうよ。それを話してくれたら、約束通り私たちの秘密の話もしてあげるから」
僕は約束の話などすっかり忘れていたが、光太郎の障害になるかもしれない相手を前にして断るわけにもいかなかった。だからひとまず肯定する返事をして車に向かう彼女について行ったのだ。
未来式の拷問でもされるかもなと思って憂鬱な気持ちで下を向いて歩いていると、今度はそれまで黙っていた高梨さんが僕に話しかけた。
「そんなに心配する事はない。俺たちは真実が知りたいだけだ。悪いようにはしない。それに四宮もお前と同じで、未来をより良くするために頑張ってるんだ。協力してやってくれ」
彼が言ったことの意味は僕には理解できなかったが、とりあえず拷問はされないのかなと思い、少し気が楽になった。
僕は彼らの車の後部座席に乗って、近くのファミレスに連れて行かれた。そこで僕は二人と話し、あの日の僕たちがやったことの重大さ、そして光太郎の残したものの意味について、知ることになるのだった。
つづく
タイムマシン実験記録 蒼樹 たける @k-ent
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