新時代への思考実験
第25話 未来人追跡調査
俺(高梨 誠)は十五年前の夏に自称天才中学生の四宮 香と出会ってから、彼女と共にタイムマシンを作り続けている塾講師だ。当時高校二年生だった俺も今となっては三十二歳になっており、中学三年生だった四宮は三十歳の若さで有名大学の教授をしている。
すっかり大人になった俺たちはより安全なタイムマシンを作るために、未来の自分たちからのメッセージを待っていた。しかしそんな俺たちが見つけたものは、俺たちには縁もゆかりもない高校に現れて、意味不明な短い時間移動をした未来人の痕跡だった。未来人が現れたのと同じ日にその高校で狂言自殺の騒ぎがあり、俺たちはその騒動に未来人が関わっていると考えたのだった。
そして未来人が現れた日から二日後の夜
「さぁ、いよいよ明日!この前の未来人の調査に行くよ」
リビングに置いてあるホワイトボードの図を指しながら、同居人の四宮はその図についての説明を始めた。
「初めに、二日前に起こったことを振り返ろう。まず午後二時ごろ、何者かが二時間後の午後四時から時間移動してきた痕跡が観測された。それで私はその波の発生予測地点に行ったわけだけど、そこにあったのは何の変哲もないごく普通の高校だった。そして午後三時ごろ、今度は二十五年後から何かがやって来たことを、観測機が確認した。何がやってきたのかはまだ不明だけど、恐らく未来人だろうね。そしてこの後ぐらいに私は高校の敷地外から、その高校の屋上に生徒が何人か出ているのを発見した」
「確か、男子が三人に女子が一人、そのうちの男子一人はその学校の制服じゃなかったんだよな」
俺は二日前に四宮が報告してきたことを思い出しながら確認した。彼女は俺の確認を肯定して、説明を続けた。
「そう、よく覚えてたね。その後四人ともすぐに屋内に入ったけど、その中の一人の男子と違う制服を着た男子は大きな荷物を持ってすぐに校舎から出て来た。二人はそれを屋上から落とすと、また屋内へ入っていった」
「その行為が狂言自殺に関わっているってことでいいんだよな?」
俺の確認の言葉を聞いて、彼女はホワイトボードに情報を書き足しながら話を続けた。
「うん。あの二人は手伝いをしていたんじゃないかと思う。そして午後四時ごろ、荷物を落とした二人はまた屋上に出て来て、私が遠くから見てる中で二時間前へと移動した」
「それで、さらにしばらくすると、違う制服を着た男の子が二十五年後に帰ったと」
四宮は俺が言ったことを書き終えるとペンを置き、こっちを向いて答えた。
「うん。これが二日前に私たちが確認できた事と、私が見たことの全て。何か質問はある?と言っても、私にもわからないことだらけだけど」
四宮が分かるかどうかは不明だったが、とりあえず俺は気になっていた事を彼女に伝えた。
「その狂言自殺って結局、厳しすぎる部活をもっと生徒に負担がないようにしましょう、っていう理由で起こしたわけだったんだろ?わざわざタイムマシンを使って来てまで、未来人はなぜそんな事をしたんだ?」
俺の問いを聞くと彼女は即答した。
「そんなことは私にも分からない。未来にとっては大きな意味があるのかも」
そう言って、彼女はその騒動に対しての意見を言い始めた。
「でも、その計画を立てたのが未来人であっても現代人であっても、その人とそれを実行した彼らの行動は立派だよね。自分たちが不利益を被っても、今の当たり前を変えて、未来の人たちが苦労しないように世の中を変えようとしたんだ。その勇気は褒めてあげるべきだと思うよ」
「俺もそう思う。今の状況に不満をたらすだけならみんなやってるし誰でもできるけど、それを変えようとするのは難しいことだ。不満に思いながら、今の当たり前を受け入れている方が楽だからな」
俺は四宮の意見に同意して答えた。そして、彼女はさらにその計画を立てた人物についての考えを語った。
「やっぱりそうだよね。何だかその計画を考えた人って私に似てる気がする。私もタイムマシンを作ってる理由は未来の人たちのためなわけだし。それにその理論はそもそも、過去の天才の当たり前を否定したことで思いついたことだから」
「言われてみればそうかもな」
俺は出会ったばかりの四宮を思い出して答えた。そういえば、彼女が現在タイムマシンを作っている理由は、未来の科学者の発明品が悪用されないようにするために、先に発明される技術を調べて法律を作るというものだった。俺がそんなことを思い返していると、彼女は明日の話を続けた。
「明日の目的はあくまでも未来人の目的調査だけど、私はその人に会ってみたいとも思ってる」
「会ってみたいと言われても、そもそも未来人の調査はどうやってやるんだ?とりあえず狂言自殺を実行した生徒に会いに行くってことでいいのか?」
具体的に明日何をするのか、ハッキリ聞いていなかった俺は四宮に尋ねた。彼女はすぐに答えた。
「いい質問だね、高梨くん。その質問を待っていた!」
ニヤッと笑った四宮がホワイトボードに手をかけてそれを裏返すと、そこには明日の調査方法が二つ書かれていた。それを指し棒でさして、彼女は説明を始めた。
「私は二日前に起きたことを調べる方法を、大きく分けて二つ考えた。一つ目は、今高梨くんが言ったみたいに元剣道部の生徒にその日のことを直接聞くこと。そして二つ目は、その学校の先生に聞くこと。高梨くんはどっちがいいと思う?」
俺は思っている自分の意見を単純に述べた。
「俺は生徒に聞くほうがいいと思う。仮に未来人が来てたことを生徒が知っていたとしても、普通先生には言わないだろう。未来人も先生にはバレないように行動してただろうと思う。バレると面倒だろうからな」
「それも一理ある。でも私は先生に聞くのもいいと思うんだ。そっちの方が客観的に騒動を見てて、正確な情報をくれる可能性が高いでしょ?」
「なら、明日は先生の方に聞きに行くのか?」
四宮の意見に納得した俺は再び尋ねた。だが、彼女はなぜか手を開いて前に出し、俺をなだめるような動きをして言った。
「待って、結論を焦らないで。何で私たちは二人で行くと思う?」
四宮のその動きには少し腹が立ったが、答えが思いつかなかったので俺は聞き返した。
「何でだ?」
「それは、両方同時に攻めるからよ」
自信満々で答えた彼女は、さらに明日の計画の詳細を話し続ける。
「もうその学校の先生と会う約束はしてあるから、高梨くんはとりあえず私についてくればいい」
「へぇー、手際いいな」
俺は彼女の準備の良さに感心して言った。そして何で彼女が高校の先生と約束できたのか気になったため、彼女の機嫌を取りながら質問した。
「さすが天才。ちなみになんて言って約束したんだ?」
俺の言葉を聞いた彼女は誇らしげな表情で答えた。
「まぁね。これでも一流大学の教授なんだよ。それを利用すれば高校の先生ぐらいなら、簡単に時間を作って歓迎してくれる」
「なるほどな。約束無しで先生のところに突然やって来た昔のお前とは大違いだ」
俺は再び初めて会った時の彼女を思い出してそう言った。
「そうね。いつまでもあの時の私ではいられない。私も高梨くんも日々成長してるってことだよ」
「そっか。それで俺は明日、お前について行くだけでいいのか?」
「そうそう。その後の話をしてなかったね」
彼女はそう言うとホワイトボードの方に向き直り、再び追加の情報を書き始めた。
「高梨くんは私が学校の先生と話している間に、その場から抜け出して、その騒動に関わった生徒に話を聞いて」
「俺が聞くのか?」
重大な役目をさらっと言われたため、俺は驚いて聞いた。彼女は当たり前のように自然に答えた。
「私が先生の前からいなくなるわけにもいかないでしょ」
「怪しまれないか?急に部外者が話を聞いたりしたら」
最近の高校生の自己防衛力の高さを知っている俺は、知らない人が話しかけて通報されたりするのではないかと不安に思ってそう聞いた。
「大丈夫。正式な手段で学校に入ってるんだから、多分怪しまれないよ。その生徒たちも本当にブラック部活のことを告発したいなら、外の人間に話すことを嫌がる理由はないし。どちらかと言うと、問題は先生の方だね。本当のことを言ってくれるかどうか」
俺の不安な気持ちとは違って四宮はあっさりと答えていたが、途中から心配そうな表情に変わって話した。何を心配したのかが気になり、俺は彼女に聞いた。
「学校の先生はお前を歓迎してくれるんじゃなかったのか?お前がさっきそう言ったろ」
「歓迎はしてくれる。大学の試験日程とか近況報告をしに行くんだから。でも高校に都合が悪いことを話してくれるかなと思ってね」
「都合が悪いこと?」
彼女の言うことにピンとこなかった俺は、聞き返した。
「うん。生徒がいい大学に入ると、それはその高校の実績になるんだよ。でも悪い噂があまりに広がると、推薦とかのイメージが悪くなって、通らなくなるかもしれないでしょ。だから、それを考えて言ってくれない恐れがあるかなと思ってね」
その意見に疑問を持った俺は、彼女に反論した。
「へー。でも大学合格なんて、高校や先生の成果じゃなくて、結局は生徒の努力の結果だろ」
「そりゃそうだけど、高校や大学みたいな組織には色々あるんだよ。個人でやってる高梨くんには分からないだろうけどさ」
彼女は説明するのが面倒くさいようで、大した説明をせず簡単に答えた。
「申し訳ないけど分からん」
俺もそんなことを詳しく聞いても仕方ないと思ったので、正直にそう答えた。
「だろうね、別にいいよ。そんなこと考えない方がいいし、明日会う先生が高梨くんみたいに良い先生なら、私の心配も無駄になってくれるから」
「じゃあ、会ってみてのお楽しみってことだな」
「そういうこと。高梨くんは明日話を聞く生徒のことは分かってるよね?」
明日についての話し合いを終えようとしている四宮は、最後にそう聞いた。俺はネット記事を印刷した紙を見せながら答えた。
「あぁ、剣道のインタビュー記事がある。それで分からなかったら、他の生徒にでも聞くよ」
「よし、それじゃあ明日の午後三時に作戦開始します」
四宮がそう言ってその日の作戦会議は終わった。
そして次の日
四宮と俺は大学の代表者とその付き添いとして、三日前に狂言自殺騒動が起きた高校に車で向かっていた。
四宮を助手席に座らせ俺が車を運転していると、例の高校が見えてきたあたりで、隣の四宮が突然俺に声をかけた。
「あ、そういえばこの辺だ。三日前はこの辺で車を止めて、あの学校の屋上にいる生徒たちを見てたんだよ」
俺は一旦車を止めてその景色を確認した。確かに四宮が言う通り、少し低い位置にある高校の屋上がその道から見えた。おそらく人が出てくればその人物の服装ぐらいは分かるだろうし、突然消えたら気付くだろう。彼女が説明した状況に納得した俺は、再び車を発進させて答えた。
「確かにここからなら見えるけど、個人の判断は出来ないな」
「そう。だから実際には、私が見た四人の中に例の剣道全国四位の子がいるという証拠は無いよ。他の可能性を考える方が難しいから多分そうだとは思うんだけど」
「そうか。ならなんて聞けばいいかな?あなたは未来人を知ってますか?って聞くか?」
俺が冗談のようにそう聞くと、彼女は少し笑いながら答えた。
「バカね。そんな聞き方だとたとえ知ってても言うわけないでしょ。もっと自然な聞き方をしないと」
「例えば?」
「うーん、そうだな。あ! そうだ!」
彼女は少し考えた後、何か思いついたような声を出して続けた。
「あの日、違う制服を着てた生徒を知ってる?って聞くんだよ」
それでもその生徒が未来人だと知ってるなら隠すのではないか、と思った俺は彼女に聞き返した。
「それで言ってくれるかね?」
すると四宮はその言葉の意味を俺に説明してくれた。
「もし何も言わなかったり、言うのをためらったりしたら、その子は何かを隠してるってことが分かる。違う制服の生徒が未来人と知ってるかどうかは置いといても、あの日の騒動に違う制服の人が関わってることは確かなんだから。その生徒なら名前ぐらいは知ってるはずでしょ?」
その説明に納得した俺は、自分が理解した状況で合っているかどうか彼女に確認した。
「分かった。それを聞いて何も情報が出なければ、元剣道部は未来人をかばっている。ためらわずに答えて何か情報が出てくれば、そいつはタイムマシンのことは知らないかもしれない、ということだな」
「そう。これも相手の行動次第で難しくも簡単にもなるけど、臨機応変に頼むよ」
「了解。もう着くぞ」
そんな会話をしているうちに、俺たちは例の高校に着いた。駐車場に車を停めて受付を済ませると、三年生の学年主任らしい斎藤という教師が来て軽く自己紹介をされた。そして来客用の名札を貰い応接室に案内された。それまでの間にチャイムが鳴り、廊下やグラウンドで部活の準備をする生徒を何人か見かけたので、おそらくその日の授業が終わった直後だったのだろう。
応接室に通されると、四宮は丁寧な口調で斎藤先生に挨拶をした。
「今日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。わざわざ遠いところまで来ていただいて」
お互いに社交辞令のような丁寧な挨拶を言い合い、彼女たちは会話を始めた。
「いいえ私は自宅がこの近くなので、今日もそこから参りました。車で十五分ぐらいなんですよ」
「そうなんですか!ではうちの生徒のことも見かけられたことがあるかもしれませんね」
「えぇ、たまに見かけますよ。なので、数日前のニュースを聞いた時は驚きましたよ」
四宮がそう言うと、斎藤は今まで笑顔だった表情を少し曇らせて答えた。
「そうですか。あれは私も驚きました。あんな事をする生徒ではないと思っていたので」
「確か剣道の大会で全国四位になった生徒だったんですよね」
「はい、三年の坂本という生徒です。勉強でもかなり優秀で、四宮先生がいらっしゃる大学にも入れるかもしれないぐらいの成績です」
実は四宮が教授をしている大学はこの国で一番とも言われている名門大学だ。タイムマシンができたら辞めるつもりなので本人はその事では何の自慢もしないが、こんなふうに媚を売られることにも慣れているのだろう。彼女はその媚に対して、謙遜もせずに答えた。
「すごいですね。では優秀なその子が、学校生活を変えるためにあの騒動を計画したんですか?」
「本人はそう言っています。自分が中心に友達と協力して考えたと。でも、私たち教員は違うと思っています」
「と言うと?」
何かを匂わせるような言い方をした斎藤に、四宮はさらに聞いた。
「共に騒動を起こした生徒の中に、教師陣から少し問題があるとされていた生徒がいてですね。その生徒が坂本くんをそそのかしたんじゃないかと言われているんです」
「その問題がある生徒について詳しく教えてくださいますか?私は教育問題にも少し興味があるもので」
四宮からのその頼みを聞くと、斎藤は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに答えた。
「四宮先生が興味を持つことでもないと思いますが」
斎藤はそう前置きしてから、その問題児のことを話し始めた。
「その生徒は桜井というんですが、彼は原則部活に加入しなくてはいけないこの学校で、三年間部活に入らなかったんです。うちは文武両道を目指していて、みんなでその目標に向かっているから頑張った方がいいと、先生方からも何度か勧誘の声をかけたらしいのです。しかし彼は結局、三年間部活には一度も入りませんでした」
斎藤の話を聞いた俺は、その生徒の何が問題あるのか分からなかった。高校生が放課後に何しようが勝手だろと心の中で思ったが、大学の代表者としてここに来ている四宮に迷惑をかけないため口には出さなかった。しかし隣に座っていた四宮本人も、納得できないような顔をしていた。そしてやはり納得できなかった様子の四宮は、斎藤にさらに尋ねた。
「はぁ、それでなぜその桜井くんという生徒が、騒動を起こすようにそそのかしたと思うんですか?」
「先ほどお話ししたように、 坂本くんは部活も勉強も三年間よく頑張っていて、教師に対してあんな馬鹿な反抗をするような生徒ではなかったんです。だからあの騒動は、部活に入らなかった桜井くんが結果を出した剣道部に嫉妬して、坂本くんをそそのかした結果じゃないかと話されているんです」
「馬鹿な反抗?」
四宮が斎藤のその言葉に反応してそう聞いた。
「えぇ、結果を出した部活や教師の足を引っ張るような馬鹿な反抗です」
その発言を聞いて俺は少しムカついたが、感情に任せて失礼なことを言うと作戦に支障が出るため、ここは抑えた。しかし、昨日その騒動を計画した人物を褒めていた四宮は、明らかに不機嫌な顔をしていて今にも何か悪いことを言いそうだった。なので、フォローするつもりで俺が発言した。
「そういえばその騒動の時、私はSNSでそれについての高校生の意見などを少し見ていたんですけど、あの時違う学校の生徒がここにいたという情報を見た気がするんです。それについては何かご存知ですか?」
俺は来る途中の車で四宮と話し合った質問を斎藤に聞いた。彼はそれを聞くとすぐに答えた。
「その人物については、剣道部の別の生徒から話を聞きました。確かにそんな人物がいたようですが、校内のどの監視カメラにも写っておらず、校舎周辺を見回っている警備員も見ていなかったので、特定はできていません。うちの生徒に注意喚起をしています」
おそらく知らないだろうと思っていたので、予想通りの答えを聞いた俺は適当な返事をして話を進めた。
「そうなんですか。いや、早く落ち着くといいですね。それでは、本題に入りましょうか」
これ以上彼の話を聞いていると、四宮がキレそうだ。そう思った俺は少し強引だと思いながらも、その話を切り上げた。するとこっちの気も知らずに、斎藤は全く悪びれることもなく、何事もなかったかのように話を進めた。
「そうですね。いつまでもこんな不毛な話をしても仕方がない。受験の話をしましょうか」
「そうですね」
斎藤の言葉を聞いた四宮は、彼に聞こえないぐらい小さなため息まじりにそう言った。そして、持ってきたバッグを探り資料の準備をし始めた。
すると、俺のスーツのポケットにあったスマホが鳴った。四宮からの合図だ。これをきっかけに部屋から抜け出して、坂本くんに話を聞きに行けと俺は前日に言われていた。
「ちょっと失礼します」
そう言って俺は応接室を出た。と言っても、例の坂本くんがどこにいるのか俺は知らない。とりあえず、教室に残っているかもしれないと考えた俺は、来客用の名札を目立つ位置につけ直した後、地図を確認して三年生の教室がある階に向かった。
それでも三年生の教室はいくつもあり、彼がどこにいるのか、それともいないのか、何も分からなかった。俺は適当な教室に入って残っている生徒に聞いてみた。怪しまれないように気をつけ、四宮の大学の名前を出してから、坂本宏樹の情報を集めた。
別のクラスかもしれないので、一人に聞いただけでは分からないだろうと思っていたが、意外にも初めに聞いたその生徒が坂本くんのことを知っていた。どうやら彼は人気者らしい。
名も知らない生徒から教えてもらった坂本くんのクラスの前に行くと、窓からネットの記事で見た彼の顔が見えた。放課後に一人残って勉強しているようだったので、俺はノックをするように教室のドアを叩いてから中に入り、坂本くんに話しかけた。
「ちょっと時間いいかな?」
机に向かっていた彼は顔を上げて答えた。
「はい、何ですか?」
「始業式の日に騒動を起こした、元剣道部の坂本宏樹くんだね。私はあの騒動に興味を持った大学教授の代理で話を聞きに来たんだけど、良かったら少しの間質問に答えてもらえないかな?」
そう言って、俺は自分の名刺と四宮から預かっていた彼女の名刺を坂本くんに渡した。
坂本くんは四宮の名刺を見て少し驚いた後答えた。
「もちろん話させてください。お役に立てることがあればいいですけど」
「正直に答えてくれればそれでいい。その大学教授も君たちのことを褒めていた。未来のための勇気ある行動だって」
「そうですか。ありがとうございます」
褒められてお礼を言っているが、彼の言動はどこか戸惑っている様子に見えた。勉強しているところに知らないおっさんがいきなり尋ねて来たのだから無理もないかもしれない。そんな彼に俺は早速、質問し始めた。
「早速だけど、三日前の勇気ある行動は主に君が考えたものなのか?それともみんなで仲良く考えた?もしくは桜井という生徒が考えたのか?どれが一番近い?」
途中まで彼は、俺の質問に対する答えを考えながら聞いていたように見えた。だが俺が桜井という名前を出した途端に彼は驚いて聞いてきた。
「どうして隆之介の名前を知ってるんですか?」
「さっき学年主任の斎藤先生に聞いたんだ。あの騒動は桜井という生徒が君をそそのかしたから起きたんじゃないかって言ってた」
俺がそう言うと、さっきまで丁寧な言葉で優しく話していた坂本くんは、急に強めに否定した。
「そんな事はないです。俺は隆之介の意見が正しいと思って積極的に協力したし、俺も隆之介たちに救われた。この件で悪く言われるのは俺だけで十分です」
強く否定した彼を見て言っちゃいけないことを言ったのではないかと思い、俺は彼に謝りながらさらに質問をした。
「申し訳ない。悪く言うつもりは無かったんだ。でもそれじゃあ、あの騒動を考えたのは桜井くんというわけか?」
彼は優しい口調に戻って答えてくれた。
「はい。そう言うと、彼は否定するんですけどね。みんなでやったことだって」
「そうか。なら、あの計画を立てた経緯については、その桜井くんに聞いた方がいいのか?」
計画を立てたのが彼ではないなら、より未来人のことを知ってる可能性が高く、話を聞くべきなのはむしろ桜井という生徒の方ではないかと考えて、俺は彼に尋ねた。
「それもそうですね。きっと僕が言うよりも彼に聞く方がいいと思います」
彼の言葉からも、俺はこの騒動における桜井という生徒の重要性を確信した。そして、そいつに話を聞くことに決めたのだ。
「君がそう言うなら、始業式の騒動のことはその桜井くんに聞くことにするよ。ありがとう。それと迷惑ついでに聞くんだけど、彼が今どこにいるか分かるかな?それと本人の写真なんかを見せてもらえると、もっと助かる」
彼は俺が桜井という人物に会うことを特に反対もせず、むしろ推奨するような答え方をしたので、俺は彼にさらなる協力を求めた。そんな厚かましい俺にも彼は親切に答えてくれた。
「写真ならありますよ。前に桜井くんと彼が好きな女の子と三人で映画に行った時に撮ったものですけど」
そう言って、彼は自分のスマホの写真を見せてくれた。特にコメントしようもない、仲の良さそうな普通の男女三組だった。俺が彼のスマホの画面を自分のスマホのカメラで撮り終えると、彼は今の桜井くんのことを俺に話した。
「今はさっきの写真に写っていた女の子と図書室で勉強していると思います。でも、話しに行くのはそれが終わってからにしてもらいたいですね」
「どうして?」
今まで俺にとても協力的だった彼が突然時間の指定をしてきた。それを不思議に思った俺は理由を尋ねた。
「桜井くんはその好きな子と放課後に勉強して、一緒に帰る時間を毎日とても楽しみにしているんですよ。だからなるべく邪魔してほしくないなと思いまして」
「そうか、それなら仕方ないな。いつ頃終わる?」
俺がしてこなかったような高校生の甘酸っぱい青春を邪魔してはいけないなと思い、俺は彼の言うことを聞くことにした。
「多分六時ごろには終わると思います。それから家に帰るだろうから、話せるのは六時半ごろですかね。何なら僕がスマホで桜井くんにメッセージを送っておきましょうか?彼の家の近くで、この間のことを聞きたい大学の先生が待ってるから話をして来いってこと」
彼のその提案を聞いて、俺は何て気が利く子なんだと思った。教師の信頼が厚く、周りが期待するのも分かる。そんな思ってもみなかった提案を聞いた俺は彼に感謝の言葉を返した。
「ありがとう。お言葉に甘えてお願いするよ」
そう言うと、彼は早速スマホを操作し始めて詳細を俺に伝えた。
「それじゃあ、桜井くんの家の近くの公園で七時に行くように伝えておきますね」
「本当にいろいろありがとう。じゃあ、これ以上君の勉強の邪魔をするのも悪いから、もう失礼するよ。ありがとう」
不審者に見られてもおかしくない状況の俺にとても親切にしてくれたことに対して、俺は彼に何度もお礼を言って教室から出ようとした。すると彼も立ち上がって俺にお礼を言い返した。
「いえ、こちらこそ。あの日のことを知ってくれようとしてありがとうございます。桜井くんのこともよろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ。絶対に悪いようにはしない」
最後までよく出来た子だなと思いながら、俺は軽く会釈をして教室を出た。
しかしその直後、大事なことを彼に聞き忘れていることに気づき、すぐに坂本くんのいる教室に戻った。
「坂本くん、一つだけ聞き忘れていたことがある」
「何ですか?」
勉強を再開していた彼は、俺が教室に戻ってきたことに気づき、顔を上げてこちらを見ながら答えた。俺は四宮と話し合って決めていた質問を彼に聞いた。
「始業式のあの日、君たちが騒動を起こしていた時間にこの学校のものではない制服を着てた人物がいたらしいんだ。君はその人物について何か知っているか?」
彼は俺の質問を聞くと、躊躇うそぶりもなくすぐに答えた。
「少しは知ってますよ。名前は光太郎、でも苗字は分かりません。僕もあの日初めて会った上に、いつの間にかいなくなっていたので」
「他に何か知ってることはないか?何でもいい」
俺はタイムマシンを使ったその人物についての情報を少しでも多く得たかったため、彼にさらに尋ねた。彼は少しだけ考えて答えてくれた。
「うーん、強いて言うなら悪い人でないと思います。初めて会った僕のためにいろいろやってくれてたみたいですから。でも、桜井くんは前から友達だったみたいですよ。多分桜井くんの方が光太郎くんのこともよく知ってますから、この後会った時に聞いてみればいいと思います」
「そうか、ありがとう。邪魔して悪かった。勉強頑張ってくれ」
そう言って俺はまた教室から出た。
四宮は、『違う制服の人物を知っているか?』という質問に対して、躊躇して答えたり何も情報を出さなければ、その人物は未来人を庇っている可能性が高いと推測していた。坂本くんは一切躊躇してなかったし新たな情報もくれたので、おそらく未来人のことは知らないだろう。そんな結論に俺は至った。
それよりも今の問題は、今日初めて知った桜井という生徒のことだ。未来人が手伝っていたあの騒動を計画した人物でありながら、坂本くんが未来人と初めて会う前に知り合いだったという謎の人物。そして、四宮はその騒動の途中で、桜井と思われる人物が未来人とタイムマシンを使う様子を目撃している。
これまでのことを踏まえると、桜井はきっと何か知っているに違いない、俺はそう確信していた。未来人のこと、タイムマシンのこと、そして未来の四宮から俺たちに向けたメッセージのことも、きっと知っているはず。
それが分かれば、俺たちのタイムマシンはきっと一気に完成に近づく。
未来人を知る人物と会う約束が出来た今、俺たちの夢が叶うのもすぐそこだ。
そんなことを考えながら、俺は四宮が待つ応接室へと戻った。
ノックをしてから応接室に入ると、座っている四宮が振り返り、トーンの低い声で俺に声をかけた。
「遅かったですね」
不機嫌そうな顔をした彼女の顔を見ると、あれからも斎藤先生は彼女にとって気に入らない発言をし続けたんだろうということが分かった。俺が部屋を出るまでにいた席に戻ると、四宮は斎藤に言った。
「それじゃあ、キリもいいのでそろそろ失礼します」
「そうですか。今日は貴重なお話をありがとうございます。またいらしてください」
「はい、こちらこそありがとうございます。これからもよろしくお願いします。失礼します」
彼女がそう言った後、俺も同じような丁寧な挨拶をしてその部屋を出た。
受付で手続きを済ませて駐車場に戻り車に乗り込むと、四宮は怒ったような声で俺に文句を言い始めた。
「あぁもう!腹立つ!あのバカ教師!絶対生徒を自分より下に見てる。まるで物みたいな言い方してたんだよ!分かる!?高梨くん! 」
すごい勢いで斎藤への文句を言い始めた四宮は、俺に同意を求めてきた。俺は落ち着く様子がない彼女の気を鎮めるように同意した。
「うんうん、分かる分かる」
しかし、彼女は俺の同意の言葉にも耳を貸さず、そのまま文句を言い続けた。
「いいや!あなたはあの教師のヒドさがまだ分かってない!あの自分の価値観を生徒に押し付ける感じは、行き過ぎると差別になるよ!あんな教師がふんぞり返って、偉そうにしてるなんて信じられない!やり方は少し無茶だけど、あんな状況を外に発信しようとした彼らはよくやった。それにあの状況で帰宅部を続けた生徒もすごいと思うよ」
彼女はしばらく怒り続け、落ち着いてきたのを見計らって俺は声をかけた。
「もう落ち着いたか?」
俺がそう聞くと、彼女はスッキリしたような感じで答えて、俺に質問した。
「うん、ありがとう。それで、高梨くんの方はどうだった?」
「こっちは大成功だった。坂本くんは未来人のことを知らなかったけど、あの日未来人と一緒に過去に移動したかもしれない人物と会う約束ができた」
俺の報告を聞くと四宮は焦ったように、すぐに詳細を聞いてきた。
「え?何で?どうしてそんなことになったの?」
「坂本くんが親切に教えてくれたんだよ。三日前の騒動を計画した人と、あの日未来人とともに行動していた人は同一人物。桜井隆之介という名前で坂本くんの友達らしい」
「え!?桜井ってあのバカ教師が言ってた帰宅部の生徒?」
俺が答えると、彼女はまたもや驚いてさらに聞いた。
「そう。それで坂本くんに頼んで、その桜井くんとこの後七時に会う約束をしてもらった。あと、未来人の名前は光太郎というらしい」
短い間に何度も驚いていた四宮だったが、それを聞いたときは意外にもあまり驚いた様子ではなかった。しかしその代わりに、彼女は少し困ったような表情で俺に頼みごとをした。
「ちょっと待って。順を追って説明してくれる?私の予想外なことが起こりすぎてるみたいだから、ちゃんと整理しながら聞きたい」
彼女のその言葉を聞いて俺は少し嬉しくなった。いつもは彼女に頼りきりだが、その時だけは彼女を先導しているような気になったからだ。少し機嫌が良くなった俺は、少し前の出来事を応接室を出たところから順番に説明した。それを聞き終わると彼女は納得したように頷きながら、俺に言った。
「なるほど。高梨くんは三日前の計画を立てた人物だけじゃなくて、未来人やタイムマシンに関わる情報まで同時に、しかもたくさん持って来てくれたわけか」
俺のことを褒めたように聞こえたが、その後彼女は大きなため息をつき、深刻そうな顔をした。その様子が気になった俺は彼女に聞いた。
「俺が調べたことで何か気になることでもあったか?」
すると四宮は、それを否定するように首を横に振って答えた。
「ううん。高梨くんは本当にお手柄だよ。私が考えた以上の質問をして期待以上のことを調べてくれてて、よく頑張ったとしか言いようがないくらい」
天才の彼女が俺を褒めてくれたが、その時の俺はその嬉しさよりも元気の無い彼女のことを心配に思っていた。彼女は再びため息をついた後、話し続けた。
「でも、そんな高梨くんに比べて今日の私はどうよ?高梨くんが頑張っている間、私はあのバカ教師と無駄としか言えない話をしてただけだ。本当に自分が情けない」
四宮は今日の自分が何もできなかったことを悔やんでいるようだった。 多くの人は多分こんなことは考えないだろうし、俺も正直気にしすぎだとは思う。だがこれまでの十五年、今日と同じように元気が無くなる彼女を何度も見て、何度も元気付けてきた俺は今日もまた煽るように彼女を励ました。
「まるでこれからもずっと俺に負け続けるみたいな口ぶりだな。天才のお前が俺に負けてるという状況が悔しくないなら、そのまま落ち込んでればいい。俺はお前がいないと張り合いが無いが、やる気が無いなら仕方ない。俺がお前の代わりにタイムマシンを完成させてもいいぞ」
俺がそうやって馬鹿にしたように四宮を煽ると、彼女は少し怒り気味に返事をした。
「はぁ?私が高梨くんに負けるって?そんなわけないでしょ!今日はあなたがたまたま上手くいっただけ。言っとくけど、高梨くん一人じゃ絶対タイムマシンはできないからね!あなたは私がタイムマシンを作るのを手伝ってる立場なんだから!間違えないでくれる?タイムマシンを完成させるのは私だから!」
四宮はすっかり元気を取り戻したようだった。前からそうだが彼女はその負けず嫌いなところや、自分がタイムマシンを作りたいという気持ちを煽ると、落ち込んでいる時もすぐに元気になる。それは今の所、彼女と十五年一緒に過ごした俺だけが知ってる彼女の特徴の一つだ。
少し怒った彼女を見て安心した俺は答えた。
「やっぱりそうだよな。まぁ、俺に先を越されたくなければその調子で頑張れ。上手くいかない時なんて誰にでもあるさ」
俺が励ますと彼女はもう怒ってはおらず、顔を俺の方に向けて、まっすぐ俺の目を見ながら言ってくれた。
「言われなくても頑張るよ。私には先生やあなたと約束した夢があるんだから」
「そりゃ良かった。じゃあ俺たちは先に桜井くんとの待ち合わせ場所に向かおうか」
彼女の答えを聞いた俺はそう言って車を走らせ、未来人と関わりがあった人物、桜井隆之介との待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所の公園に着くと、俺たちは桜井隆之介と会った時の作戦について話し合いながら、車の中で彼を待った。
昔、ある人が俺に言った。
人は一人では生きていけない。それは天才である四宮も同じ。むしろ天才だからこそ、あっけなく潰れる時もある。
その言葉を聞いた当時の俺は高校生で、まだその言葉の意味なんてちゃんと分からなかったが、今ならしっかり理解できる。上手くいかないことがあるとすぐに落ち込む面倒くさい性格の四宮を、俺はこの十五年で何度も励ましてきた。そして四宮は俺にはできないタイムマシンを作ってくれた。その日々は楽しいことばかりではなく辛いこともあったが、俺たちは確かに助け合ってここまで来たし、きっと助け合わなければここまで来れなかったとも思う。
その十五年の日々の成果がもうすぐ見られるかもしれない。俺はそう思ってワクワクしながら、桜井隆之介を待った。
そして時刻が七時前になった時、待ちに待ったその少年がやって来たのだった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます