第24話 時間旅行革命の最中に
東郷先生と過ごしたあの夏休みから十五年の月日が過ぎた。あれから俺たちは、再び一からタイムマシンを作り始めたのだ。
今ではタイムマシンはもうほとんど完成している。初めのうちは二人とも学校に通いながら少ないお金で作っていたため進行は遅かったが、俺が働き始めてからは割と早かった。
俺も四宮も先生からのアドバイスを聞いて大学まで進学した。俺は大学を出てから、先生がやっていたような個人の塾を開いて、近所の中学生や高校生に勉強を教えている。そして四宮は卒業後も助手として大学に残り、自慢の才能を発揮した結果、三十歳になった今ではその若さで教授にまで出世している。彼女は世間に秘密で俺とタイムマシンを作りながらも、新たな論文を次々と発表していき、常に科学界の注目を集める人物となっていた。
そんな優秀な彼女がいながらなぜ俺たちが未だにタイムマシンを完成できていないのか。それは先生が起こしたあの事故が原因だった。
もうあんな事故を起こして何かを失うことはしたくないと考えていた俺たちは、あの夏休みに作った時のような基本の構造ができた後、この機械の安全性について完璧にしようと考えたのだ。
安全対策については、四宮も十五年前に考えていた以上の物を計画しているようだった。四宮の才能が有名になった今なら、タイムマシンに俺たちが考えている安全対策を施せば、それは完成して世間に発表もできるだろう。そして彼女は夢に一歩近づき、俺の夢も叶うはずだと思っていた。
しかし少しでも早く完成させたいと思っていた俺に、四宮は自分が安全なタイムマシンを作れるという証明ができるまで待ちたいと言ってきた。新しく作った発明に安全の保証なんてできるはずがないと反論した俺に対して、彼女はこう言い返した。
「今の私達ならできないけど、未来の私達ならできるよ。タイムマシンを完成させた未来の私ならきっと、今の私に何かメッセージを送ると思う。昔先生がやったみたいに。それを受け取ることができれば、私達がタイムマシンを完成させたっていう何よりの証拠になるでしょ?」
「でも未来のお前がメッセージを送るのを待ってるだけで、結局何もしないなんてことになるのは絶対ごめんだぞ。未来のお前が何かすると決まってるわけでもないだろ」
四宮の姿勢があまりにも慎重すぎると考えた俺は、そう言って反論した。すると彼女は、百も承知と言わんばかりに即座に答えたのだ。
「分かってる分かってる。もちろんずーーっと待ってるつもりは無いよ。いくら未来の自分を信じてると言っても、何か事情があって何もしないかもしれないし、そもそも私達が完成させて初めて未来が定まるのかもしれない。高梨くんの言う通りそれは誰にも分からない」
「だよな」
「だから、待つ期間を決めようと思う。今から五年間。それまでに未来の私達からメッセージが来なければ、その時点で今の構想での人体実験を始める。少しでも不安要素は消しておきたいから、高梨くんには悪いけどもう少しだけ待ってほしい」
四宮は申し訳なさそうな顔で俺に言った。そんなことを言われると、無理をさせる気にもなれない。俺は彼女の考えに従うことにした。
「お前がそう言うなら仕方ない。もう十年以上やって来てるんだから今更それぐらい構わないよ。不安要素を消したいのは俺も同じだから」
その会話をしたのが現在から二年前の冬だった。
それから彼女は未来からのメッセージを確実に受け取るため、タイムマシンで現在に何かが送られて来た時や、何かを別の時間に送る時に生じる固有の電磁波を観測する機械を作った。
時間移動観測機と名付けられたその機械の性能は、その後の俺たちが何度も行った実験によって証明された。それは時間移動によって発生する波を分析することで、物体が現れた場所だけではなく、どの時間からやってきたかも分かるという優れものだった。
しかし、待ち始めてから二年と半年経った今でも、未来の彼女からのメッセージらしきものはまだ来ていなかった。
そんな事もあって俺たちが作っているタイムマシンはあと一歩で完成のところまで来ているが、二年前からほとんど手を加えていない状況である。
今は先生と過ごした夏休みからちょうど十五年後の八月下旬。
七月の終わりから昨日までの俺は、目が回るほど忙しかった。朝早く起きて塾の授業の準備をし、夜も遅くまで塾に残っていることが多かった。
しかし今日の俺は違う。自然に起きるまで睡眠を取り、自分で朝食を作って食後のコーヒーをゆっくり味わうという、なんとも優雅な朝を過ごしていた。
勉強に力を入れている今の進学校では、昔と違って夏休みが八月三十一日までない学校も多いらしい。俺の塾にもそんな学校に通っている生徒が多くいたため、夏休み期間中は朝から開けていた塾を、今日からは夕方の通常営業に戻したのだ。
夏休みが短くなっているというのは少し寂しい気もするが、こんな身としてはそれもありがたいなと思いながら、俺はのんびりコーヒーを飲んでいた。するとある異変に気がついた。
奥の部屋から何か物音がする。誰もいないはずのこの家に誰かいる気配がする。俺は音が聞こえた部屋の様子を見に行った。
すると、そこにはある人物が机にタイムマシンの部品を広げて作業をしていたのだ。俺は彼女に話しかけた。
「大学に行かなくていいのか?」
予想はしていたが、そこにいたのは四宮だった。彼女は俺の問いに少し笑って答えた。
「いてもいいでしょ。この家は高梨くんの家でもあるけど、私の家でもあるんだから」
彼女の言うように、ここは俺の家でもあり彼女の家でもある。三年前ぐらいから俺は四宮と二人でこの家に住んでいるのだ。元々は四宮の父親の別荘だったのだが、彼女が買い取る約束をして住み始めたらしい。お互い忙しい生活の中で同じ研究をするなら、少しでも長く同じ時間を過ごすため、研究所の近くに一緒に住まないかと誘われたのがきっかけだった。
俺が聞きたかったのは、彼女がなぜこの時間に家にいるのかということだった。彼女は朝起きるのは俺より少し遅いが、起きて準備をするとすぐに大学に行き、授業や研究や学生の指導をして夜遅くまで帰ってこないというのが普通の生活だった。そのためこんな時間まで部屋にいることなんてめったにないことだ。それを疑問に思って俺は彼女に聞いたのだ。
「いるのはいいんだが、いつもはこの時間いないだろ?何かあったのか?」
「夏休みだよ。研究室の学生に夏休みを取らせたの。うちの大学の学生は真面目だから、私が休まないと彼らも休もうとしないんだよね。だからしばらく私も休み。高梨くんも今日はゆっくりだね」
彼女は机に乗っている部品から目を離さず、作業を続けながらそう答えた。夏休みと言う割には、彼女のその様子はとても休んでいるようには見えないが、本人がそれでいいならいいんだろう。俺は彼女の言葉に答えた。
「あぁ、俺はお前とは真逆だけどな。俺は生徒の夏休みが明けるから、しばらくの間、朝はゆっくりできるんだ。それより何してるんだ?」
俺は彼女がせっかくの夏休みにしていることについて尋ねた。四宮は机に広げてあったノートを手に取り、そこに書かれた図を指でさしながら、俺にその説明を話し始めた。
「タイムマシンの拡張装置を作ろうかと思ってる。今のままだとタイムマシンがある場所からしか時間移動できないし、タイムマシンができる以前の時間に行くと帰って来られないじゃない?だから、時間移動の時に発生する固有の電磁波を利用して、どこからでもタイムマシンを使えるような装置を考えてるの。タイムマシンから発生させる時間と空間を超える波に、エネルギーを乗せてこの装置に届ける。受け取った装置はそのエネルギーを使って、付けた人を別の時間に飛ばすという構造にしようと思うの。携帯型簡易タイムマシンって感じかな。でもリモコンみたいなものだから、本体の大きなマシンを完成させないと意味ないけどね。最終的には腕時計みたいな大きさと形にしようかなと思ってる」
「俺もそういうのが必要だと思ってたんだ。少し気が早い気もするが、できたらすごいな」
彼女のその発想に俺は素直に感心してそう言った。四宮は相変わらず自分の才能に自信満々な様子で答えた後、俺の意見に反論した。
「きっとできるよ。だって私は天才だもの。だけど早くはないよ」
「早いだろ。まだ本体もできてないんだから」
拡張装置を作るのは早いという俺の意見を彼女は続けて否定し、その理由を話した。
「早くないってば。過去に行って先生と話すっていう高梨くんの夢を叶えるなら、先生の過去の行動次第では、またこの時間に帰ってこないといけないでしょ?そのためにタイムマシンができる前でも時間移動できる手段は、早めに準備しておいたほうがいい」
「そうか。悪いな、俺の夢のために手を煩わせて。それならせめて、何か俺に手伝えるかとはないか?」
四宮が俺のために夏休みでも頑張っていることをありがたく思い、俺は彼女を手伝おうと考えてそう尋ねた。だが彼女は当然のように答えたのだ。
「別にいいよ。高梨くんの夢は私の夢でもあるからね。それにこれは私の夏休みの暇つぶしの趣味みたいなもので、好きでやってるんだから手伝う必要はない。それより高梨くんは夏休みの間頑張ってたんだから、こんな時ぐらいゆっくり休んでて。冬休みはもっと忙しいんでしょ」
自分も忙しい身のはずなのに、四宮は俺に優しい言葉をかけてから作業を再開した。俺は邪魔しちゃ悪いと思って彼女の部屋から出た。
しかし四宮が頑張っている間、単にダラダラするというのもばつが悪い。タイムマシンについて今することもないため、とりあえず俺は家の掃除を始めた。途中でリビングに置いてある時間移動観測機を確認したが、相変わらず時間移動の波を観測した様子は無かった。彼女がこんな頑張っているのに未来の俺たちはいったい何をしているのだろうか。
掃除が終わると俺は簡単な昼食を作って、四宮と一緒にそれを食べた。彼女は食べ終わるとすぐに携帯型タイムマシンの構想のために自分の部屋に戻り、俺は夕方からの授業の準備を始めた。
昼食を済ませて二時間ほどが過ぎたころ、聞き覚えのある電子音が俺の耳に入った。初めはそれが何の音だか思い出せなかったが、数秒たってから思い出した。それは俺たちがおよそ二年半待ちに待った、時間移動観測機が時間移動の波を発見した時に鳴らす音だった。
俺は波の観測地点を調べるための操作をしてから、急いで四宮の部屋へと向かった。
「四宮!時間移動の反応があった」
「本当に!?場所は?」
彼女は俺の報告を聞いた途端、作業をやめて俺に聞いてきた。
「場所とどの時間から来たのかはまだ計算できてない。でもお前が知らないってことは、本物の未来のお前からのメッセージかもな」
俺は彼女の反応から、期待を込めてそう返した。
「かもね!それじゃあ、早く行こう!」
楽しそうな笑顔を浮かべる彼女に押されながら、俺はリビングに向かった。
そこで俺たちを迎えたのは、計算を終えていた時間移動観測機だった。その計算結果を見ると、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「何か変な結果でも出たのか?」
四宮の様子を見た俺がそう聞くと、彼女は結果を俺に見せながら俺に説明した。
「うん。変なところが二つある。移動先の時間はついさっきで良いんだけど、波の観測場所はここから約五キロ地点。もし私が過去の自分にメッセージを送るんだとしたらきっと、もっと分かりやすい場所に送る。何ならこの家の中に送る。そしてもっと変なのが、移動元の時間が今からおよそ二時間後なんだよね。二時間後から今に送るって何の意味があるんだろう?」
四宮の疑問には俺も納得だった。確かに二時間後から、研究所以外の場所に波が発生するというのはかなり変だ。四宮ならやらないという視点でもおかしいが、タイムマシンの現状から考えても明らかにおかしい。現在の研究所にあるタイムマシンはとても巨大で、持ち運びなんて到底できない。その欠点を克服するために四宮は今日から携帯型簡易タイムマシンを作り始めたのだが、それが二時間後に完成するはずもない。ということは、さっき観測した時間移動を起こしたのは二時間後の俺たち以外の人物で、現在の俺たちの研究所にあるものとは別のタイムマシンを使える人物ということだ。
俺はその推理を踏まえて、深刻な顔で考えている四宮に意見を伝えた。
「俺たち以外の人間の仕業じゃないか?現在において、俺たち以外にタイムマシンを作っている人が別にいて、そいつがここから五キロの地点でタイムマシンの実験をしているのかもしれない」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。タイムマシンの中心部に使っている部品は、少しでも変えると観測できる波の形状も少し変わるものなのよ。でも今回の波の形状はまさしく私たちが作ったものにそっくりだった。部品の選び方や配置は割と癖が出るものだから、同じ理論から同じようなものを作ってても中身は少し違ってくるものなんだよ。だから私はこの時間移動は私たちが作ったタイムマシンが絡んでると思う」
四宮は俺の意見を否定こそしなかったが賛成もしなかった。彼女は俺とは違う考えを持っているようだったので、俺はそれについて尋ねた。
「それじゃあお前は、この波の気になる点について具体的にどう考えてる?」
「部分的には高梨くんと同じことを思ってる。私もこの時間移動が未来の私が起こしたものとは思えない。でも元を辿れば、私か高梨くんに行き着くんじゃないかな?私の予想では、私たちが二時間後よりももっと先の未来から人を送った、ということを考えてる。そしてその未来人に何らかの予期せぬ事態が起こったから、携帯型タイムマシンを使って二時間前からやり直したんだって思う。どうかな?」
「どうかなと言われても、どうとも言えん」
俺も彼女と同じく、否定も肯定もできずそう答えた。
「だよね。私もどっちの考えが正しいとも間違ってるとも言えない。とりあえずその波の観測地点に行かないと」
四宮はそう言い放つと、引き出しから車の鍵を取り出して出かける準備をしながら、さらに俺に言った。
「私が現場を見てくる。高梨くんはここに残って、観測地点に何があるのか調べててくれる?」
「分かった、任せろ」
「急いでね。今から二時間弱で、さっきの時間移動の波が発生することは確定してるんだから、のんびりしてる暇は無いよ」
彼女は時間の余裕が無いことを改めて俺に注意しながら、玄関に向かった。
「分かってる。そっちも遅れるなよ。気をつけてな」
「うん、ありがとう。行ってきます」
そして彼女は車で波の発生地点に向かった。
俺は四宮が出発してからその地点のおおよその場所を突き止めて、彼女に電話した。
「四宮、学校があった。あの波の発生予測地点の中心に公立高校があるみたいだ。ネットの地図によると、周りに特に怪しい建物は無さそうだ」
「学校か、ますます謎だね。何で私たちには縁もゆかりもないそんな学校でタイムマシンを使ったんだろうね?高梨くんの言うような、私たちのとは別のタイムマシンだとしても、わざわざ学校で実験するのは不自然だよね」
「ああ、そうだな。こっちも地図で見るだけじゃ分からないから、近くに着いたら学校の周りも見ておいてくれ。案外怪しい建物があるのかもしれない」
「そうだね。電話は繋ぎっぱなしにしておくから、高梨くんも何か動きがあったら言って」
「分かった」
そう答えた後、俺は電話をつなげたままその学校について調べた。俺の塾に通う学生にもその高校の生徒は何人かいた。だがタイムマシンに関することで、その学校を気にしたことは一度もない。特に変わった学校でもない、どこにでもあるような一般的な公立高校、俺はそう思っていたからだ。昔の四宮に匹敵するほどの才能の持ち主がそこにいるのなら、生徒の噂から俺の耳に入ってもおかしくはない状況だが、そんな話も聞いたことはなかった。
その後ネットでも調べてみたが、やはり特別怪しいような学校ではないようだった。俺は電話越しに四宮に声をかけた。
「四宮、その高校に特別な点は見当たらない。ホームページによると、文武両道を目指した進学校。だが進学の面でも特に目立った成績は無い。剣道部に今年の全国大会で四位になった生徒がいるらしいが、それぐらいしか情報が無い」
車を運転中の四宮も、それを聞いて自分の状況を俺に報告した。
「そっか。こっちもその高校の近くまで来たけど、周りは民家ばかりで、タイムマシンを作れるような施設もなければ、タイムマシンをここで使う必要性もあまり感じない」
「それなら時間移動が起こる時間まで、その高校の周辺を調べておいた方が良いかもな。位置情報がずれてる可能性もある」
「うん。屋内でタイムマシンを使われたら気づきようが無いけど、やらないよりはマシだね」
「よろしく頼むよ」
「任せて」
そしてしばらくの間、俺たちは黙ってそれぞれの場所で調査を続けた。しかし突然、再び時間移動観測機から波を探知した電子音が鳴り響いた。二時間前に移動する時間移動にはあと一時間ほどあるはずと思っていた俺は驚いた。
すぐにその波の詳細な計算を始め、その結果が出ると、 電話を通して四宮に伝えた。
「四宮!観測機がまた波を探知した!場所はさっきと同じ、今のお前の近くにある高校付近。そして移動元の時間は、今からおよそ二十五年後だ」
「二十五年後!?それならやっぱりこの高校に未来人が来たんだね。そして一時間後に何かが起こり、二時間前に戻ったって事かな」
「あぁ、今回はお前の推理が正しそうだ。それで、そっちは?その未来人でも驚くような事件が起きてたりはしてないか?」
俺は彼女の意見に同意してそう尋ねた。すぐに電話越しの向こうから学校のチャイムの音が聞こえたが、彼女はその音には言及せずに答えた。
「何も無いし、誰もいない。でも同じ場所に反応があったって事は、場所の誤差はあまり無いみたいだね。原因はほとんどこの高校で決まりだと思う」
「それじゃあ、今度こそ今から一時間後に備えて準備しておいてくれ」
「分かってる」
彼女がそう答えたのを聞いて、俺はその高校についての調査を再開した。それから少し経つと、彼女が俺に声をかけて来た。
「高梨くん、授業が終わったみたいで生徒が下校して来た。それと屋上に誰か出て来たみたい」
「屋上?最近の学校には珍しいな。普通は事故防止とかのために閉まってるんじゃないか?」
昔からそうだが、今もそういう点は変わっていないという話を、以前塾の生徒から聞いた気がする。四宮はそれに同意し、さらにその場の現状を俺に伝えた。
「そうだよね。でも屋上で何か話をしてるみたい。さっきまでは男の子が二人だったけど、二人増えて四人で話してる。男の子が三人と女の子が一人みたい。それに一人だけ制服が違うからこの学校の生徒じゃないのかも」
「それは怪しいな。注意しておいたほうがいいぞ」
他の学校の生徒が自由に出入りすることなど、普通の学校ではまず認められていないだろう。だから俺は四宮に注意を促した。
「うん。でももう中に入っていったよ。時間移動をする素振りは無かった」
「そうか、じゃあ続けておいてくれ」
俺の検討は外れたようで、制服違いの生徒は特に何もせず校舎の中に入ったようだった。推測するための手がかりを失った俺は、四宮からの新しい情報をひたすら待つこととなった。
そして、俺の注意が無駄に終わってから三十分ほど経つと、また四宮が電話越しに俺に声をかけた。
「また屋上にさっきの生徒が出て来た。今度は男子生徒二人で一人はさっきの違う制服を着てる子だ。何か荷物を持ってて怪しい感じ出てるよ」
「そうかい。でもさっきの波の発生時間にはまだ余裕があるから、そいつらはきっと関係ないんだろう」
さっきの怪しい行動で何も起きなかったため、俺は屋上にいる彼らは無関係なのだろうと踏んでそう答えた。しかし四宮の考えは少し違っていた。彼女は屋上の彼らが未来人の関係者である可能性が高いと予想していたようで、俺の意見に反論した。
「まだ分からないよ。これからタイムマシンの準備をするのかも」
「じゃあ見ててくれ」
そう返して俺は、もうすぐ起こるはずの時間移動に備えて、観測機の計算の準備を始めた。その間も四宮は屋上にいる高校生の様子を話し続けていたが、俺には見えないので何となくその報告を聞き続けた。
「二人が屋上から荷物を落としたよ。下からすごい音がして、女の子の悲鳴みたいな声が聞こえた」
「そりゃ上から物が落ちて来たらビックリもするだろう。時間移動には関係ないのか?」
「今の所は無い。また中に入って行って見えなくなっちゃった」
「それじゃあ、もう二時間前に戻った波が発生するまで時間が無いから、他の場所も少しは警戒しておいてくれ」
「了解」
彼女がそう答えてからしばらくすると、またもや彼女から屋上の様子が伝えられた。
「さっき荷物を落とした男子生徒二人が屋上にまた出て来た」
「出たり入ったり忙しい奴らだな」
聞いているこちらとしては、少し前から生徒が出入りするだけで何も変わらない屋上の状況を聞き続けて、少しうんざりし始めていた。だが、俺のその言葉を聞いた四宮は、何かを期待しているような楽しそうな声で答えたのだ。
「いや、これは冗談じゃないかもしれないよ。遠いからはっきりはしないけれど、違う制服を着てる生徒の方は、腕時計を操作してるようにも見える」
「え?それってまさか」
俺は彼女が今日から作り始めると言っていたものを思い浮かべてそう言った。彼女は俺が思っていることを見透かしているように答えた。
「そう!私が今日から作り始めた携帯型簡易タイムマシンの完成形かもしれないよ!」
嬉しそうに彼女がそう言い終わると、俺が返事をする間も無く言葉を続けた。
「来た!二人が一気に姿を消した!」
彼女がそう言った直後、俺の近くにある時間移動観測機から電子音が鳴った。移動元はたった今、午後四時ごろ。移動先は二時間前、波の発生場所は前の二回と同じ、四宮が今行っている高校だった。俺はそのことを彼女に報告した。
「こっちも来た!さっきの二時間前に行った波の反応だ!」
「決まりだね。あの二人のどちらか、もしくは二人ともが二十五年後から来た未来人だ」
「それで、未来人が焦って二時間前に行くような事件はそこで起きたりしてるか?」
「してたら言ってるよ。でもあの二人が荷物を落としてから、校内が騒がしい気がする」
「でもそれって荷物が屋上から落ちて来たから騒ぎになってるだけじゃないのか?」
「そうだよね。そうとも考えられる」
「学校の中には入れないか?」
「これでも一応大学の教授だから無理やりできなくはないだろうけど、このまま門の前にいて、さっき屋上にいた未来人が出てこないか見張ってた方が良いと思う」
四宮の言葉を聞いて俺は納得した。焦って学校に乗り込めば、未来人を見逃すかもしれない。それに俺はもう塾の授業の準備をしなければいけない時間になっており、彼女が派手な行動を起こしてもフォローできなくなってしまう。俺は彼女の意見に賛成して言った。
「そうだな。これで予想できる時間移動は無くなったから焦る必要もないな。気がすむまでそこにいてくれ。俺は今日の授業の準備をする」
「うん、分かった」
彼女の返事を聞いて、俺は電話を繋げたまま塾の授業の準備を始めた。
しばらく彼女からの呼びかけも時間移動の反応も無かったため、俺は黙々と作業をした。
その後、準備を終えた俺は塾へ出発することを電話の向こうの四宮に伝えようとした。しかしその時、四宮は俺の言葉を遮って、向こうから俺に声をかけてきたのだ。
「またさっきの二人が屋上に出て来たよ!」
「またか?何度も出たり入ったりして、そいつらは一体何がしたいんだ?」
先ほどと変わらない報告に、俺は思わずそう言った。彼女は冷静に答えて、再び自分の予想を俺に告げた。
「私に聞かれても知らないけど、私の予想が正しければ多分これが最後だよ。悪いけどもう少しだけ観測機の反応を見ておいてくれる?」
「あぁ、それはもちろん大丈夫」
そして、俺が答えてしばらく経った。しかし観測機には何の反応も無かった。なので俺は彼女に尋ねた。
「四宮、まだか?」
「うん、二人で何か話してるみたいなんだよね。でも腕時計を操作してるようにも見えるから、もうすぐかもしれない」
その数秒後、彼女は続けて俺に言った。
「違う制服の男子が消えた!高梨くん、観測機の反応はどうなってる?今から二十五年後に行ったんじゃない?」
彼女がそう言い終えた直後、観測機は再び電子音を鳴らし始めた。そしてその波の計算結果を見ると、確かに四宮が言った通り、移動先はおよそ二十五後の未来になっていた。
「四宮、お前の言う通りだ。その学校から二十五後に移動した波が発生してる」
「やっぱりそうね。違う制服のあの子は、ほぼ確実に未来人だよ。これで少なくとも二十五年後には人間を時間移動させられる技術がある、ということが分かったね」
四宮は嬉しそうにそう言った。しかし俺には、この一連の出来事に対する疑問が山ほど残っていたため彼女にまとめて質問した。
「でも、その未来人は何で二十五年後からやって来て、一旦二時間前に戻ったりしたんだろう?それに何のためにやって来たんだ?屋上から荷物を落とすため?そんなことをするためにわざわざ二十五年後からやって来るものか?お前に会いに来たわけでもなかったろ?」
俺の疑問に対して、彼女は冷静に答えた。
「確かに疑問はまだたくさん残ってる。どう考えても私へのメッセージだけの目的じゃなさそうだしね。でも未来人が私たちのタイムマシンと同じ波を発生させてたことから、私たちが人間用のタイムマシンを完成させられることは分かった。あの未来人が何を考えてあんな行動をしたのかは本人に聞くしかないよ」
「本人って言ったって、未来人はもう二十五年後に帰ったんだろ」
彼女が姿を消した未来人に話を聞こうとしてると思った俺は、それがもうできないことを指摘した。しかし彼女は別の考え方をしていたのだ。
「二十五年後に帰った未来人と一緒に、二時間前に戻っていた生徒はまだいるんだよ。その子が未来人でないという証拠はまだ無い。それに現代人だとしても、共に行動してたのなら何か知ってるはず。時間移動がどんなものかは個人的に聞いておきたいし」
「それじゃあ、その男子生徒が出てくるまで門の前で待つのか?」
俺がそう聞くと、彼女は少し考えるような声をあげて答えた。
「うーん。いや、地面から屋上を見ていた私には、周りと同じ制服を着ていたあの生徒がどんな顔をしてたのかはさすがに分からない。また今度、ちゃんとした理由を付けてこの学校に入れる時に調べようと思う。今日のところはこれで引き上げるよ」
「分かった。俺はもう塾に行くから気をつけて帰れよ」
「うん。高梨くんも気を付けてね」
そう言い合って俺は四宮との電話を切って、塾に向かった。
俺が塾での授業を終えて自宅に帰ると、すぐに四宮が玄関に迎えに来て俺に言った。
「高梨くん、お帰りなさい。今日の午後のことで分かったことがあるから早く来て!」
そう言い放って彼女は小走りでリビングに向かった。俺もその後を追いかけるように歩いて行くと、彼女はパソコンに写ったある地方ニュース記事のページを見せてきた。そこには今日、彼女が行った高校の写真とともにこんな内容が書かれていたのだ。
剣道部全国四位の生徒が狂言自殺
今日の午後、剣道部の全国大会で四位に入賞した生徒が屋上から飛び降りたふりをして、校内の活動を妨害する事件が起きた。
その生徒らがネットにあげた文章によると、休みが極端に少なく厳しすぎる部活の実情を訴え改善させるために、この計画を立てたようだ。教育委員会は、二度とこんな事が起きないように部活の指導方法を見直すという方針を発表した。
近年、『ブラック会社』と共に『ブラック部活』という言葉も生まれて話題になっている。こんな事件が起きた今、これらへの政府の対策はより重要なものになっていくだろう。
ニュース記事を読み終えた俺は、これについて予測したことを四宮に話した。
「ふーん。昼にお前が見た、未来人と男子生徒が屋上から荷物を落とした光景は、この狂言自殺を手伝っていた光景だったって事か」
彼女はそれを肯定して答えた。
「そうだと思う。それで、そのニュース記事には書いてないんだけど、その狂言自殺をした生徒の名前が分かったよ。学校のホームページに全国四位の剣道部員として載ってた」
彼女はパソコンを操作して、学校のホームページに画面を切り替え、その人物を指で指しながら言った。
「三年生の坂本 宏樹。この子が未来人と一緒に過去に行った子かは分からないけど、未来人と関わっていた可能性は高い」
「じゃあ、その子に話を聞きに行けば今日の真相は全て解決か」
彼女がこの事件に関しての調査をほとんど終えていた事に驚きながらそう言った。彼女は答えて、俺に次の提案をした。
「本当のことを答えてくれたらね。だから今度高梨くんの塾の授業が無くて、私の都合がつく時に一緒にこの高校に行って、この子に今日の話を聞きに行こうよ」
「そうだな、また行こう」
そうして、この謎の時間移動観測は終わった。この日起こった事はまだ謎ばかりであるが、四宮と共に調べ続ければ、どんなことでもきっと分かると信じている。
俺たちのタイムマシンが将来人間を移動させられるようになる事は今日分かったのだ。それならタイムマシンの完成はもうすぐのはず。俺はそんな期待をしながら、一旦日常生活に戻った。
願わくば、これから四宮と会いにいくであろう未来人、もしくは未来人の関係者が、彼女よりは普通の人であってほしいと俺は思ったのだった。
つづく
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