第23話 三人の夢

 俺の夏休みが終わってから二週間ほど経った。あの事件以降、研究所はタイムマシンが崩れて立ち入り禁止、塾も先生が消えたためもちろん開くことはなかった。なので俺は九月に入ってからは、一度も四宮と会っていなかった。

 先生のことでかなり落ち込んでいて、あの日自分を責めていた彼女は大丈夫だろうか。そんな心配をすることもあったが、気持ちが沈んでいたのは俺も同じだった。

 あの日の俺は急に先生が消えたことに実感が湧かなかった上に、落ち込んでいる四宮を励ますので精一杯だった。だが実際に閉まっている塾を見ると、もうあの人には会えないということに気づき、寂しい気持ちになっていたのだ。四宮に会うと先生が消えたあの日のことを思い出してしまうかもしれない。そう考えて、彼女を避けてたのかもしれない。自分でも情けないが、その時の俺には彼女を励ますような余裕はなかった。


 俺は沈んだ気持ちで二週間、普通の高校生として過ごした。俺が塾に行き始める前にやっていたような生活だ。当然タイムマシンなんて物には関わらず、教師とは敬語で話して、彼らが教える教科書の内容については、周りの奴らと同じように口答えせずに、そういうものだと思って聞いていた。

 学校の教師は、東郷先生や四宮のようにそれが現実にどう活かされているかや、物事の原理原則に沿った説明はしてくれなかった。基本的に授業でする内容は、大学受験のための問題の解き方だった。俺は夏休みの間勉強を教わっていた東郷先生たちとのやり方の違いに違和感を覚えたが、学校の先生はそういうものだったと思い出し、すぐにそれにも慣れた。

 しかしこれまでに発見された解き方や法則を覚えるような学校の授業は、どうなるか全く見えないタイムマシンを作っていた夏休みの1ヶ月とはあまりに違っていて、俺は少し物足りなさも感じていたのだ。

 会ったばかりの時に四宮が言っていた、これまでの天才が見つけなかったような法則を発見すれば、タイムマシンはきっとできる、というような考えもこの時の俺なら何となく分かるような気がした。


 だがそんな事を考えたところで、今の俺には作りたい物も四宮のような立派な目標も特にない。これから周りと同じように、何となく教師の言う通りに勉強して、何となく大学に入って、普通に就職したりして過ごすのか、なんて一人で考えながら、平凡な高校生活を過ごしていた。


 そんな矢先のある土曜日、俺の家に電話がかかって来た。四宮の父親からだった。電話に出た俺に彼は言った。


「高梨くん。警察による研究所の事件の捜査が終わったよ。結論から言うと、君たちがやっていた研究内容は漏れずに済んで、東郷先生は現場の状況から行方不明という事になった。ただの事故ならもっと早く終わったんだが、少し不可解なことがあったみたいで遅くなったらしい」


 彼は俺たちの代わりに、警察の対応をやっていてくれていた。わざわざその報告をするために電話してくれたみたいだった。彼が言った不可解なことは少し気になったが、とりあえず俺は彼にお礼を言った。


「そうですか。わざわざありがとうございます」


「それで東郷先生の研究室に残っていた物の話なんだが、先生は身内を亡くしていて、特に整理する人がいないみたいなんだ。それで彼の友人として手続きをしていた私のところに話が来たんだが、最初にそれを見るべきなのは彼と最後まで一緒にいた君と香だと思ったんだ。良かったら明日、うちに見に来てくれないか?」


 俺は事故の日の彼の行動について、疑っていたところがあったため、彼の家に行くことに少し躊躇した。しかし四宮のことも気になっていたので、彼の誘いに乗る事を決めた。


「はい、行きます。四宮さんの家に行けばいいんですね?」


「東郷先生の塾の前にうちの運転手を向かわせるから、そこで待っててくれればいい。彼も君たちのことを心配していたから、良かったら話してあげてくれ」


「ありがとうございます。それではまた明日」


「あぁ、また明日会おう。失礼するよ」


 そう言って、彼は電話を切った。


 そして次の日の朝。

 俺が塾の前に行くと、四宮の家の車はもうそこに着いて待っていた。近づくと運転手が車から降りて後部座席のドアを開けてくれ、俺が入るとすぐに運転席に戻って車を発進させた。

 動き出してしばらくすると、運転手は俺に話しかけてきた。


「高梨さん、最近香さんに会ってないみたいですけど、何か変わったことでもありましたか?」


 俺はその質問に対してどこまで答えればいいのか迷った。そして、彼が何を知っているか分からないため俺は当たり障りのない答え方をした。


「まぁ、変わったことは山ほどありましたよ。先生がいなくなって塾も無くなったし、研究所にも行かなくなりました。どちらかといえば普通の高校生の生活に近づいたんですけどね」


 そう言うと、彼は運転しながら答えた。


「香さんも同じです。先生がいなくなってからは、どこかに行くことが少なくなりましたね。前は大学や図書館に出かけて勉強したりしていたんですけど、今月に入ってからは、そんなことは無くなりました。おかげで仕事が減って暇で仕方ないですよ。旦那様は、高梨さんに会うと香さんがまた元気になるんじゃないかと思って、あなたを呼んだのでしょうね」


 俺は今の四宮の様子を聞いて、何もしなかった自分を恥じながら答えた。


「だとしたら申し訳ないです。今までも俺は四宮に会うことはできたけどしなかった。四宮に会うと先生のことをより思い出してしまいそうで、悲しくなって彼女のことを励ましてやれないんじゃないかと思うんです」


 俺の弱気な発言に運転手は、少し考えてから真面目に答えてくれた。


「それなら、無理して励まさなくても良いんじゃないですか?香さんにとってのあなたは、親でもなければ先生でも無いでしょう?あなたが悲しいなら一緒に悲しめばいいんです」


「でも一応俺の方が年上だし、励ますべきじゃないですか?四宮のお父さんだってきっと、それを期待して俺を家に呼んだんでしょう?」


 俺は勝手な思い込みからそう言ったが、運転手はすぐにそれを否定して答えた。


「そんなことはないと思いますよ。旦那様は高梨さんが無理をしてまで、香さんを励ますことなんてきっと望んでいません。それに人付き合いに普通も正解も無いんですから、思うままに接すればいいと思います」


「そんなもんですかね」


「そんなもんですよ。まぁ私は部外者ですから、はっきり明言はしませんけどね」


 そんな会話をしているうちに、俺が乗った車が四宮の家に着いた。相変わらず屋敷みたいに大きい家だった。

 車が敷地に入って止まると、四宮の父親が玄関から出て迎えてくれた。そして彼の案内について行くと、大きな応接室に通された。部屋には四宮がソファーに座って待っており、彼女の前のテーブルには蓋が閉じられた段ボール箱が置いてあった。部屋に入った俺を見て、彼女は言った。


「高梨くん、久しぶり」


「あぁ、久しぶり」


 俺はできるだけ普段通りを心がけて答えた。彼女は事故のあの日と比べたら少し元気になったように見えたが、それでも以前と比べるとやはりその笑顔はぎこちなかった。

 四宮の父親に促されて俺は彼女の隣に座った。彼女の父親はテーブルを挟んだ向かいの椅子に座って、俺たちに話し始めた。


「さて、ここに置いてある箱の中身が先生の研究室に残っていた物なわけだが、それを見る前に君たちに言っておかないといけないことがある」


「言っておかないといけないことですか?」


 俺はすぐに聞き返した。


「あぁ。先生には止められていたんだけど、やっぱり二人には言っておくべきだと思ってね」


 彼はそう前置きして本題を話し始めた。


「高梨くん、八月三十一日のあの日。事故が起こった直後に私があの場に現れた事を、君は少し疑問に思っていたんじゃないかな?」


 彼が言った通りであった。俺はあの日、彼があの場にいたことにかなりの違和感を覚えていた。娘のことが心配で見に来たという理由は確かに自然だったが、問題は彼がやって来た時間だった。事故が起きてから彼が来るまでの時間があまりにも短過ぎたのだ。この家から事故の話を聞いてから来たのでは絶対に間に合わない時間だった。そのため、彼は俺たちが知らない何かを知っていて、事故が起きる前からあの近くにいたんじゃないかと思っていた。

 その時の俺は彼がこれから何を言おうとしているのか見当もついていなかった。なので、なるべく無難に、怪しんでいると思われすぎないように彼の質問に答えた。


「はい。おじさんが来てくれて助かったので問い詰めはしませんでしたけど、あまりに早いなと思っていました。おじさんは騒ぎを聞いて来たと言ってましたけど、あの時点でそんなに騒ぎにはなっていなかったと思います」


 俺がそう言うと、彼は頷いてからあの日の行動について語り始めた。


「そう。やっぱり君も頭がいいんだな。確かに私はあの日、事件を聞きつけてあの場に行ったのではない。君が考えているように事件が起きる前から、あの場で何かが起こると知っていたんだよ」


 俺の見込みは当たった。しかし怪しまれないように注意したつもりが、俺の心境は彼に読まれていたみたいだった。彼は話を続けた。


「あの前日に東郷先生から電話があった。明日のあの時間ちょっとした騒動が起こるが、自分は君たちから離れなければいけないから、後の処理は任せたと一方的に言われたよ。もちろん私は理由を聞いた。だが、答えてはくれなかった。どこにも行くなとも言ったが、君たちのためには仕方がないことだと真剣に言われたから、何も言えず引き受けてしまった」


「なるほど。それであの場にいたんですね」


 俺は彼の話に納得してそう答えた。あの先生なら、俺たちのことを心配してそんな行動をしてもおかしくない。なぜあの日先生が突然、未完成のタイムマシンを使ったのかという疑問は解決していなかったが、四宮の父親にそんなことを聞いてもおそらく知らないだろう。なので俺はそれ以上は聞かなかった。

 彼は俺の言葉を聞いて話を続けた。


「あぁ、まさかあんな大ごとになるとは思ってなかったがね。でも君たちに言っていないことはこれくらいだ。詳しい事は分からないが、あの人の言った事を信じるなら、彼は最後まで君たちの事を考えてたよ。それを伝えたかった」


 彼は優しい口調でそう言い終わると、立ち上がって言った。


「それじゃあ、後は二人でゆっくり彼が残したものを見るといい。私は邪魔だろうから、部屋に戻ってるよ。困った事があったら何でも言ってくれ」


 彼は歩いて入って来た扉に向かった。しかし扉を開ける寸前に、何かを思い出したように急に動作を止めて、振り返って俺たちに言った。


「二人ともすまない、言っていない事がもう一つあった。警察の事件捜査の結果が行方不明ということになったのは話したね。そうなった理由は、現場から遺体が発見されなかったからなんだ」


 俺はそれを聞いて驚いたが、隣で聞いていた四宮は特に驚いた様子もなく、普通に聞いていた。

 四宮の父親は、その詳細を話し始めた。


「君たちや白石さんや近所の人の証言から考えると、あの場に遺体があって事故死になるだろうと、私も警察もそう思っていた。だが、その大きな機械の残骸の下には何も無かったらしいんだ。遺体はもちろん、先生の血痕や衣服さえも何も無かったらしい。遺体が無い以上、警察は行方不明にするしかなかったんだろうが、彼が研究していた事を知っている君たちなら、違う可能性を考えるんじゃないか?」


 彼は俺たちに問いかけるようにそう言った後、ゆっくりしてくれと言い残してから部屋を出ていった。

 俺は四宮の父親が言ったその問いかけから、一つの考えを思いついた。これでこの騒動は好転すると考えた俺は、四宮にそのことを告げた。


「なぁ四宮、さっきおじさんが言った事についてどう思う?俺は先生がうまく過去に行くことができて、過去で生きてるんじゃないかと思うんだけど」


 俺のその考えを聞いた彼女は、特に考える様子も無くすぐに答えた。


「そう?私はそれについても何度も考えたんだよ。でも私たちがここに揃ってるって事が、先生が過去を変えてないって証拠なんだよね


 四宮は俺の考えを否定した。だが先生が生きていると思いたかった俺は、こじつけとも言えるような先生が生きていると思う理由を彼女に伝えた。


「先生はタイムマシンを使う前、過去を変えるかどうか迷ってただろ。やっぱり過去を変えるのは良くないと思っただけなのかも」


 だが彼女はまたすぐに俺の意見に反論した。


「だとしたら過去を変える気が無いのに、わざわざ先生が過去に行った理由がある?」


 そして四宮は一呼吸置いた後、さらに俺に言った。


「高梨くん、今度は私の考えも聞いてくれる?」


 彼女はそう言うと、自分が考えた先生についての考えを俺に話し始めた。


「推測に過ぎないけど、先生はやっぱり家族を助けたかったんだって私は思ってる。だけど、白石さんがタイムマシンを盗もうとしているのに気づいたから、盗まれて本物が壊されたりする前に、焦って使おうとしたんじゃないかな。先生が私の夢に付き合わなければタイムマシンはもう完成してたわけだから、こんなことにもならなかったよ。きっと全部私のせいだ」


 四宮の声はだんだん小さくなっていき、最後の方は呟くようにそう言った。彼女は未だに先生がいなくなったことを全て自分のせいにして、自分を責め続けているようだった。彼女が先生の死亡を決めつけているのはそのせいかもしれない。そう思った俺は、四宮のその考えを変えるため反論した。


「確かに俺たちがここにいる事が過去が変わっていない証明にはなるかもしれない。けど、先生が無事に過去に行ってない証明にはなってない。お前が前に言ってたように、単純に過去は変えられないものだっただけかもしれない。その場合なら、多分先生は二十二年前で無事に生きてる。単に家族に会いたくなっただけということかもしれない」


 四宮は俺のその考えに対して答えた。


「それなら、先生は私たちが心配しないように過去から何かメッセージを残すと思うんだよね。それにタイムマシンが完成させてからでも問題ない」


 彼女ははっきりとそう言った後、申し訳なさそうにさらに俺に言った。


「ごめんね、高梨くんの言う事を否定してばっかりで。高梨くんの考えが間違ってるって証拠も無いんだけど、どうしても今の私はそんな前向きな考えにはなれない。私が違った行動してたら、間違いなく何か変わってたから」


 彼女は俺に謝った。これまで常に前向きで自分の才能を信じきっていた彼女が、そんなことで謝ることに俺はとても驚いた。軽く相槌を打った後、そんな彼女になんて言葉をかけたらいいか考えている間に、彼女の方から俺に話し始めた。


「でも、こんな後ろ向きじゃやっぱり良くないね。気を取り直して 、先生が何を残して旅立ったのか確認しようか」


 彼女は無理をしているように明るく、不自然な作り笑顔でそう言ってテーブルの箱を開け始めた。

 その箱の中身は書類や書籍がほとんどだった。予想はしていたが、俺が見ても面白くも何ともないものがほとんどだった。なので、俺は無言で箱の中身を出し続けた。

 しばらくして、彼女はその箱の一つからある物を見つけて声を上げた。


「あ!ねぇ高梨くん、これ覚えてる?」


 彼女がそう言って、箱から出したものは一冊のノートだった。


「あぁ、もちろん覚えてる。先生が持ってたんだな」


 そのノートについて俺ははっきりと覚えていた。1ヶ月くらい前、まだタイムマシンを人間に使えるように改造する前の時だった。目の前の大きな機械が本当にタイムマシンだと信じきれなかった俺のために、先生がそのノートを未来に飛ばして見せてくれたのだ。元々は四宮のノートで、過去から移動させたものだと証明するために空白のページに先生が確か『10:30→11:30』と書いていた気がする。そのことを確かめるため、俺はそのノートを四宮から受け取って問題のページを探した。すると記憶していたページにその文字はあったのだが、見覚えのない封筒もそこに挟まっていた。

 俺はもしかしたら、さっき四宮が言っていた過去の先生から俺たちへのメッセージなのではないかと期待した。だが、残念ながらその中身はそうではなかった。それは東郷先生宛ての奇妙な手紙だったのだ。先生の研究所に先生宛ての手紙があるのは普通なことだとは思う。だが、それの何が奇妙だったかというと、それは手紙の差出人も東郷先生自身だったということだ。

 その中には達筆でこう書いてあった。


 二週間前の東郷総一郎へ

 俺と四宮たちが作ったタイムマシンが狂ってなければ、これを読んでいるお前は、高梨にタイムマシンの実験を見せた日の、白石と別れた直後のはずだ。

 お前は薄々気づいているだろうが、白石は俺たちのタイムマシンを盗もうとしている。俺一人ならこのままタイムマシンを完成させて二十二年前に逃げて解決という方法もできるが、高梨たちがいる今はそんな無責任なことはできない。俺がこの時代からいなくなれば白石は確実にあいつらからタイムマシンを盗もうとするだろう。あいつらの安全も保証できない。

 四宮の夢と二人を守るために、これを書いている俺はタイムマシンを破壊して、白石に盗まれないようにする計画を立てた。明日それを実行する予定だ。

 俺も二週間前に、二週間後の自分からこれと同じような手紙を受け取った。それから俺は白石にタイムマシンを諦めさせるためにいろんなことをしたが、結局無駄だった。それが分かってからは、俺がいなくなっても大丈夫なようにあいつらのために色々やった。

 これからの二人について心配なことはまだあるが、立派な親御さんもいるし、何とか支え合ってやっていくだろうと思う。俺も過去で何とか生きていこうと思ってる。

 今の俺がお前にやって欲しいことはただ一つ。こんな結末にならないように努力してくれ。何も変えられなかった俺が言えることじゃないかもしれないが、あいつらと共に過ごせる未来を探して欲しい。

 だがそれが無理だと悟っても、俺と同じように行動する必要は無い。後悔しないように好きに生きてくれ。

 八月三十日の東郷総一郎より


 その手紙は、ノートの実験後の先生が二週間後の自分から受け取ったらしい手紙だった。俺はその手紙を読んだ後、四宮に渡した。彼女はそれを読むと呟くように言った。


「家族のことが何も書いてない。先生の目的は違ったってこと?」


 彼女は動揺したみたいで、しばらくその手紙を黙って眺めた後、淡々と俺に言った。


「高梨くん、ごめん。この手紙が本当なら、高梨くんが言ったことは正しいかもしれない。先生が過去で生きていくつもりだったのなら、自分でタイムマシンの改造をして無事に過去に着いててもおかしくない。もし過去を変える気が無かったなら、私たちがここにいるのは当然だね」


 彼女は動揺しながらも俺にそう言って謝った。俺は手紙について気になる点を彼女に聞いた。


「四宮、これって先生が過去を変えることを諦めたってことか?」


「そうじゃないよ。きっと自分の夢よりも私たちのことを優先してくれたんだよ。これ以上白石さんに手を出されないようにするために。私たちは先生にもっと感謝しなくちゃいけないね」


「うーん」


 四宮はだいぶ落ち着いた様子で俺の質問に答えた。しかし俺が曖昧な返事をしたため、彼女はそれに気づいて俺に聞いた。


「納得できない?」


「できない」


 俺は四宮の質問にハッキリ答えた。そしてその説明を彼女に話し続けた。


「俺も先生の計画は知らなかったし、四宮も知らなかったんだろ?俺はともかく、頭いいお前に相談すれば他にも方法は見つかったんじゃないか?」


 俺は四宮から明確な答えが返ってくるはずないと分かっていながらも、彼女に聞いた。彼女は少し俯いて自信なさそうに自分の予測を俺に告げた。


「それは多分、私たちじゃ力不足だと思ったからかな。それこそ前に言ったように、過去に行って先生に聞かないとわからないことだけど」


 俺は四宮にそう言われて、これから自分が何をやっていくかを決めた。しかしその前に俺は彼女に言いたいことがあった。俺は自信無さそうにしていた彼女に容赦無く言った。


「でも、何十年もかけた夢をそんな簡単に諦めるのは変だと思う。今日のお前もそうだよ」


 その時の俺の言葉は、四宮には少し乱暴に聞こえたと思う。先生の行動やその日の四宮の言動が、俺には全く理解できなかったからだ。俺はその時に抱いていた疑問を彼女に伝えた。


「先生が生きていて欲しいなら、もっと先生が生きているという道を探すべきだろ。頭がいい奴ってのはみんなそうなのか?お前が言う天才っていうのはみんなそんな簡単に大事なものを諦めるものなのか?」


 彼女は少し考えた後、まっすぐに俺の目を見て答えた。


「そうかもしれない。諦めるとまでは行かなくても、頭がいい人は他の人よりいろんなことを考えてると思う。良いことも悪いことも。だから普通の人より悪いことも考えて行動に移さない、という結果になることもあるかもしれない」


「お前もそうか?これがきっかけでタイムマシンを諦めようとか思ってるか?」


 俺は四宮が自分のことを言っているのかと思ってそう聞いた。だが、その時の彼女に俺がそんな心配をする必要は全く無かったようだ。彼女は俺の問いに、先ほどまでの自信無さそうな様子とは打って変わって、はっきりと答えた。


「少し前は思ってた。タイムマシンなんて作っちゃいけないものなのかもしれないって。これ以上続けて、また大事な人を失うなら、ここでやめた方がいいのかもとも思った。でも今は違う。先生が自分の夢を犠牲にしてまで守ってくれたから、私の夢はもう私一人の夢じゃなくなった。だからこれからも頑張っていこうと思ってる」


 彼女のその答えに俺は安心した。


「そうか。それはちょうど良かった」


「ちょうど良かった?」


 四宮は首を傾げてそう聞いてきた。俺はそんな彼女にこれからの決意を告げた。


「俺もこれからは本気で作ろうと思ってたんだ。タイムマシン。気になることはとことん調べないと気が済まない性格だから。それに俺は、先生には幸せになって欲しいんだ。俺たちのために自分の幸せを諦めてなんか欲しくなんかない。タイムマシンを作って、何であんな事をしたのか聞いてやる。それで納得いかなかったら、たとえ自分の未来を変えることになっても、先生に家族を助けさせて幸せにしてみせるよ」


 それを聞いた四宮は少し驚いた素振りを見せたが、すぐに悪戯っぽい笑顔でニヤニヤし始めて、少し嬉しそうに俺に聞いた。


「へー!一人で作れるの?」


 彼女は前からよく俺に対してそんな顔をして話しかけていた。まるで俺が考えていることを見透かしているような感じで、ニヤニヤしながら俺を見て言うのだ。相変わらず彼女の思惑通りになるのは不本意だ。しかしそれでも俺は、彼女が予想しているであろうことを口にした。


「一人で作るなんて誰が言った?お前がいるだろ。俺は高二の夏休みをお前と先生のタイムマシンのために棒に振ったんだ。今度はお前が俺を手伝ってくれ」


 彼女は思った通りと言いたげな感じで、ニヤニヤした顔を続けながら答えた。


「仕方ない。高梨くん一人だと心配だから、私が手伝ってあげるよ」


「ありがとう。その代わり」


 俺はそう四宮にお礼を言った後、これから彼女と過ごすに当たって自分で決めた覚悟を続けて話した。


「今度お前がまた夢を諦めそうになった時は、俺が無理矢理にでも前を向かせてやる。今回は先生の手紙と行動がきっかけだったが、これからは俺がお前のそばにいて支えてやる。これで文句無いだろ。これからの立派な利害関係だ」


 俺がこんなことを言うのは予想していなかったのか、彼女はそれを聞いて急に恥ずかしそうに顔を背けて、少し小声で返事をした。


「ありがとう、私の夢のためにそこまで思ってくれて」


 そんな様子を見た俺は彼女の予想の裏をかけて、してやったりという気分になった。しかし彼女は俺の言葉を勘違いしているようだったので、俺はすぐに訂正させるための言葉をかけた。


「違うだろ。お礼を言うのは俺の方だ。俺もお前と先生のおかげで夢を持つことができた。ありがとう。今日からはお前一人の夢じゃない。お前と先生と俺の三人の夢だ」


 それを聞いた彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて返事をした。


「そうだね!じゃあこれからは私、高梨くんに一切遠慮しないから!よろしくね」


 四宮は握手を求めるように俺に手を差し伸べてきた。


「元からしてなかったと思うけどな。でもよろしく」


 そんな冗談を言って、俺も手を伸ばし彼女と握手した。


 そうして俺たちのタイムマシン製作は始まった。

 俺はその日、他の誰の意思でもなく、自分の意思で彼女とタイムマシンを作ることを決めたのだ。

 それから長い間、俺と四宮はタイムマシンに関わり続けることになった。決して楽ではない時間だったが、俺はこの日の選択を後悔していない。


 この握手をした日から十五年後の八月。タイムマシンを作りながら大人になった俺たちは、時間に抗おうとしたある高校生と出会うことになる。彼らとの出会いが俺たちのタイムマシン作りを一気に進めるきっかけになったのだ。


つづく

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