第39話 お祝い

 俺達は校舎内を並んで歩いていた。

 次の講義時間まで後、四〇分は余裕である。

 チャラ男に先ほどは講義に間に合わなくなると言ってはいたが、柚梨はしっかりとしているので融通が利くように通学時間を考えている。

 そのため、走って急ぐようなことはなかった。


「今日は教育学部が第二講堂を使用してるんだっけか? なんか、お知らせメールが来てたな」


「うん、だから特別聴講室に来いって言ってたよ」


「一番、遠いところじゃないか」


「仕方ないよ。噂じゃ向こうの方が権力的に強いみたいだから」


「聞きたくねぇ話だな」


「まぁまぁ、あくまでも噂だからね」


「そういうのに限って、真実ってオチなのは目に見えてるけどなぁ」


「どこに耳があるかわからないから、やめといたほうがいいよ? この間、教育学部の悪口、言ってた人が学校に来なくなったらしいし」


「流石にそれは嘘だろ」


「嘘じゃないって、前に紗紀ちゃんがね…………」


 柚梨との他愛のないやり取りをすること五分。

 俺達は特別聴講室、略して特講室の目の前までやってきた。


「ここに来るのも久しぶりだ。なんか、緊張してきたな。帰ろうか」


「変なこと言ってないで、さっさと入るよ」


 ばばーんと扉を開く柚梨に手を引かれ、俺は特講室の中に躍り出た瞬間、思いも寄らぬ光景を目にした。


「「「誕生日おめでとう!」」」


 パァァァンと一斉にクラッカーが鳴り響いて、紙テープや紙吹雪が全身を直撃する。

 ほんのり、火薬の匂いも混じっていた。

 あと、遅れてパーンと破裂するクラッカーはご愛嬌だろう。

 そして、五人の男女が笑顔で出迎えてくれていた。


「おおう⁉ 柚梨、これは?」


「これは? って誕生日パーティーだけど? もちろん、湊君のね」


 状況に頭が付いていけない俺は、思わず分かり切っているのに柚梨にそう聞いた。


「そういえば、誕生日過ぎてたっけな。だから、今日、呼び出したのか?」


「そうそう! 復学するって話をしたら、みんながやろうって言ってくれたからね」


「俺の誕生日覚えてくれてたんだな」


「いや、覚えてたのは私だけ。というより、誰も知らなかったし」


「悲しい話だ」


「復学祝いしよっかって話だったから、それなら誕生日パーティーにしようってことになったの」


「なんでもいいけどな」


 強がってみたものの、実際嬉しいのが本音だ。

 親以外から誕生日を祝われたのは人生ではじめめてのことで、本気で照れ臭い。


「おーおー、お二人さん、こっちも気にしてくれよ? 特に羽寝崎、レスポンスなり反応なりねぇと困るだろうがよ!」


 いきなり、俺の肩に手を回して体重をかけてきたのは、解曳かいびき桐助とうすけ

 大学での入学ガイダンスで知り合ったやつだ。


「そうだよね? ゆずっちとみなちーがご夫婦なのはわかるけどさ。ねぇ?」


「いや、夫婦じゃねぇからな。いつも言ってるだろ」


「またまた~! 柚っちもまんざらじゃなさそうじゃん? 見てみ?」


 肘で俺をつつく、日々杜ひかもり葉月はづき

 柚梨の親友的存在で大学入学初日から知り合った。

 前々からやたら、俺と柚梨をからかってくるのだ。

 鬱陶しいことはないが、いかんせん面倒臭い時はある。

 だが、彼女は陽気なキャラで愛されているし、俺が気さくに話せる一人だ。

 で、彼女に言われた通り、柚梨に目を向けると、


「い、いや~、夫婦だなんて照れちゃうねぇ。あはは!」


 もじもじと体をくねっていて、照れていた。


「お前、そんなキャラじゃないだろ!」


 俺は思わずツッコんだ。

 いつもは興味ないような返しをするくせに、今日はわざとらしい。


「バレちゃしょうがない。さぁて、授業前に酒盛りでもしようか!」


「駄目だからな⁉ 前に見つかった先輩が謹慎させられただろうが!」


「えー!」


「授業前に酒盛りする奴があるか! お前らも、見てないで止めてくれよ。ん? 日々杜そこを少しどいてみろ」


「え? どうしたの。私の後ろにはな、何もないよ?」


 彼女の背後に緑色の瓶が見えたような気がした。

 まさかと思い、俺は背後を窺おうとするが日々杜は動く気配がない。

 しかも、何かたどたどしい。

 俺は回り込もうと、解曳の腕から脱出する。


「よっ!」


「ほいっ!」


「よいしょ!」


「おっと、体がふらついてぇ~」


 彼女は自分の体をめいいっぱいに使って、俺の進路とその場所の視界を防ぐ。

 その度、豊満な胸が揺れるせいで、気になってしょうがない。

 だが、終止符を打つ時が来た。

 パチン!


「うわっあ!」


「隙あり」


 高校までバスケットボールをやっていた日々杜のフットワークは並大抵のものじゃない。

 振り切れる自信がなかったので、俺は猫だましをした。

 猫だましはほぼ絶対に相手をひるませることができる技だ。

 これはポケ〇ンも人間も一緒である。

 そして、彼女の後ろ側をにあったものとは。


「鬼殺しじゃねーか!」


 テーブルにはお菓子やジュースに交じって、『鬼殺し 特選 吟醸』が聳えていた。


「みつかちった♪ てへぺろ」 


彼女は頭にこつんと拳を乗せるお馴染みのポーズと舌を出した。


「その舌、アッパーでも食らわせて噛みちぎらせようか?」


「惨状になっちゃうよぉ。てへぺろ」


「おまえ、腹立つな。マジで殴るぞ?」


 二度目のてへぺろに俺は拳を日々杜に見せる。


「いやーん、DVだ! おにころしアターック!」


「あぶねぇ! 死んじまうだろうが!」


 日々杜が鬼殺しを手に取り、ブンブンと振り回す。

 辛うじて、体を逸らして避けるが、当たったら流血騒ぎどころの話じゃない。

 誕生パーティーに主役を撲殺してどうするんだ!


「はーちゃん、ユーチューバーを殺したら大ニュースだよ!」


 俺達の様子を見守っていた眼鏡の少女、秋津あきつ千咲ちさきが日々杜の手首を掴んで止めに入る。


「そこじゃねよ! 誰殺したってニュースモノだろ!」


「仕方ねぇ、第二グランド脇の桜の木の下に埋めればいいだろ。解曳、近くの農業高校からスコップ借りに行くぞ!」


「借りに行くな! それに殺す気満々なのが怖ぇ!」

 

 堂々死体遺棄を言ってのけるタンクトップ姿の男の名は伍島いつしま信二『しんじ》。

 絵に描いた筋肉男だ。

 発想も脳筋野郎。 

 しかし、この中で一番頭が良い。


「伍島、解曳、あたしに付いて来な! 体育館倉庫にでっけぇスコップが置いてあったぜ! それに金属バットもあったな」


 赤髪のストレートヘアが印象的でおよそ女性とは思えない口調で、物騒なことを口走っているのは天客院(てんかくいん)祥子(しょうこ)。

 これで、良いところのお嬢様と言うのだから伍島といい、こいつといい、見た目で人は判断できない。


「スコップの用途はまだわかる。だが、金属バットを何に使うつもりだ⁉」


「そりゃ、完璧に殺さなきゃ、完全殺人にならねぇじゃん? 鬼殺しでも人殺しはできないかもしれないし」


「誰が、上手いこと言えと。お前ら、本当は俺を殺すつもりで呼んだんじゃないだろうな? いや、もうそうとしか思えん。ユーチューブで稼いだ金はやる。だから、落ち着け。な?」


「お金、あるんだ…………ゆずっち、今すぐ離婚して、私にみなちー頂戴?」


「ダメ。おかn、湊くんは私のモノ」


「柚梨! 今、お金って言いかけただろう⁉」


 誕生日パーティーだと言うのに、こいつらはまったく祝う気がない。

めちゃくちゃだ。

 だが、最近棗ちゃんの事やユーチューブの事で悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。

 やはり、ユーチューバーを辞めて真面目に大学生として生活する方がいい。

 俺はこの時、ユーチューブと棗ちゃん達と関係を断ち切ることを決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しがないユーチューバーと箱入りお嬢様が動画を投稿したら大炎上しました! 赤月威九鷹 @nano7hecto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ