第38話 遭遇、孫悟空

 二〇分ほどで俺達は大学へ到着した。

 なるべく大学の校舎に近い場所に車を止めようと、駐車場内をぐるりと回っていると運良く都合のいいスペースが開いていた。

 本来、昼の時間では校舎に近い駐車スペースは空いていないことが多い。

 だが、今日は珍しく空いている。

 なぜなら、


「それってまじ? だとしたら、ウケるわ!」


「いやいや、笑い事じゃないから! でも、アイツやばいよね。なんていうか、終わってる、みたいな?」


「ははは! リョーコってばひどー」


「えー? でも大樹君そう思うよね?」


「まったくだぜ、リョーコに同意するわ」


「あんな、キチガイのことよりさぁ、私の聞いてくんない?」


「なになに?」


 赤色のスポーツカーの隣の駐車スペースで金髪頭の男女、五、六人が談笑しながらいるからだ。

 これでは、誰も車を停められないだろう。

 まったく、人のことを考えられないパリピモンキーには困ったものだ。


「邪魔だね。違うところ行こう」


「仕方ないな。あとで、事務局に報告しておくか」


 いちいち、あのお猿さん共に文句を言っても時間の無駄なので俺達は無視することにして、どこか別の駐車スペースを見つけるため、立ち去ろうとする。

 だが、それは阻まれた。

 一匹の金の猿の手によって。


「うわっ! あぶなぁ!」


 チャラそうな男が車の目の前に飛び出し、両手を広げて通せんぼした。

 柚梨は急ブレーキを踏むが、徐行していたのでそれほどの衝撃はないが、やはり前のめりになって少し首が痛かった。


「危ないだろ!」


 窓を開けて顔を出した俺はチャラ男に向かって怒った。

 すると小走りでチャラ男は運転席に向かってくる。

 俺を一瞥した後、運転席側の窓をコンコンとノックし、柚梨が嫌そうな顔をしながら開閉した。


「なんですか? 急に飛び出したら危ないでしょう?」


「ごめん! ごめん! それは悪かったよ。でもさ、かわいい天使ちゃんを見つけたらいてもたってもいられなくってさ!」


 チャラ男は見た目に違わず言動がものすごくチャラかった。

 いちいちウィンクしたり、髪を掻き上げるのはうっとうしいのでやめてもらいたい。


「はぁ」


 柚梨を見ると、口を半開きにしてドン引き状態。

 チャラい奴が嫌いな彼女にとって最悪のシチュエーションだろう。

 大学で有名人の彼女はチャラ男、チャラ女が嫌いなことで広く知られているのだが、未だに声をかける奴がいたとは驚きだ。


「でさ今夜、俺達と飲みに行かない? 夜にホテルでパーティーをするんだよね!柚梨ちゃん、可愛いからモテモテだと思うから、みんなお金は払ってくれるよ? タダで楽しくできるしどう?」


 チャラ男はチャラ集団に見合った、いかにもなイベントを開く予定らしい。

 ホテルでパーティーとか明らか、出会いと一夜の関係的な目的にしか思えない。

 やはり猿同然の本能丸出しコミュニティに近づくなということだ。


「結構です」


 きっぱりと断る柚梨。

 当然だ。

 こんな性欲丸出し野郎に付いて行ってロクなことはない。


「そんなつれないこと言わないでさ! 何? 隣に座ってる男とかが理由かい?」


「まぁ、そんなところです」


「女の子に運転させる男とか、ダサいと思わない? 絶対俺達の方が柚梨ちゃんを楽しませられるって!」


「そういう問題じゃないので、お断りします」


 柚梨は俺の方をちらりと助けを求めるような目で見る。

 一方で頑なに断る柚梨に対してチャラ男は一向に引く気配はない。

 隣に男が座っているにも関わらずだ。

 こういうところは、ぼっち非モテな俺からすれば、ポジティブで素直にすごいと感じる。

 だが、彼女はとても嫌そうな表情だというのにごり押しするのはいかがなものだろうか。

 俺自身の悪口を言われているようだが、そんなことはどうでもいい。

 講義の時間に間に合わなくなることもまぁ、どうでもいい。

 しかし、彼女が嫌がっているのにそれを無視して、自分の思い通りに話を進めようとしている点が非常に腹立たしかった。


「なぁ、悪いけどさ。こいつは断ってるし、講義の時間に間に合わなくなるんだよ。いい加減引き下がってくれよ」


 俺が抗議すると柚梨は表情を明るくさせる。チャラ男はニヤニヤしていた顔を歪めて不機嫌そうにしていた。

 関わりたくなかったけど、この際仕方あるまい。

 柚梨に運転してもらってるし、普段から世話になっている。

 ここで、恩返しをしておかないといつか罰が当たってもおかしくはないだろう。


「お前、何の用? 今はさ、俺は柚梨ちゃんと話してるんだよ。ちょっと有名なユーチューバーだからって、邪魔しないでくれる?」


 チャラ男はイケメン顔をこちらに向けすごんでくる。

 俺も有名になったもんだ。

 以前はモブ扱いだったろうけど、今ではこうして俺のことを知っている人物に容易に出会える。

 嬉しいようなそうでないような。


「あのだな、俺がどうこうの問題じゃないだよ。柚梨が嫌がってるだろって話をしてるんだ。なんなら、爺さんの講義なんて知らねぇよ」


「君は判ってないな。俺は彼女にもっと楽しいことを教えてあげたいだけ。灰色の大学生活なんて悲しいだけだろ? それに君だってパーティーに来ればいいじゃないか。巷を騒がしているユーチューバーが来てくれたら盛り上がるんだけどなぁ」


「俺はお断りだ。それに判ってないのはお前の方だろう? お前がどう大学生活を送ろうと構わないが、彼女に迷惑をかけるのはやめろ。それじゃ、独りよがりのオ〇ニー野郎だ。自己中なのは中学までに卒業しておけよ。大学にに来る前に一度、幼稚園児からやり直してこい」


「なっ! てめぇ! 言っていいことと悪いことがあるだろうが! 口の利き方には気をつけろよ!」


 チャラ男は俺の返答に激高して、車内に顔を突っ込んでくる。


「はぁ、もうどこかに行ってください」


「そんなこと言わずにさぁ。楽しくいこうぜ? あ、まt、いでででっ!」


 しつこすぎるチャラ男に柚梨は窓を閉め、乗り出していた顔と車外の胴体を切断するよう。

 ギロチンみたくスパッとはいかないが、このまま閉め続ければいつかへし切れるだろう。

 さすがに殺すわけにはいかないので、柚梨もほどほどに窓を下げる。


「ごほっ! ごほっ! し、死ぬかと思った!」


 チャラ男は窒息しており、咳をしたりえづいたりしている。


「よし! 今だ!」


 逃げるように車内から顔を出した、それを彼女が見逃すわけはない。

 すぐさま立ち去ろうと、アクセルを踏んで急発進した。


「おい! 待て! くそっ! てめぇら、覚えとけよッ!」


 バックミラーからはチャラ男が悪態を付いているのが見える。

 なんとも情けない姿だ。


「いやぁ、面倒臭いものに出会ったね」


「あそこまでやる必要なかったんじゃ?」


「いいの、いいの! ああいうのはこうでもしないとダメなんだよ」


「そういうもんか?」


「そうそう」


「後々、面倒なことにならなきゃいいけどな」


「大丈夫。その辺は私の先輩に言っておけば万事おっけーなんだよ」


「なら、いいか」

 

 荒事を相談できるその先輩が気になるが、触れると良くないものだったら怖い。

それに柚梨のことだ。

 コワい先輩の一人や二人友達でもおかしくはない。

 この場合の怖い先輩とは物理的にと言うよりは精神的と言えばいいだろう。

 なんにせよ気にしないでおく。


「そういえば、さっきは私のために文句を言ってくれてありがとう」


「お前にはいつも世話になってるからな。これくらいはと思ってな」


「すこし、ううん、結構カッコ良かったよ」


「そ、そうか。いや、まぁ、ああいうのは男の役目というか、なんというか」


「こ、この辺に止めようか。あ、あっちとは離れてるし」


「そう、だ、な。今度は大丈夫そうだ」


 急に柚梨から恥ずかし気に褒められたので俺はキョどってしまった。

 要するに恥ずかしい。

 言った本人が一番、恥ずかしいのか顔を朱に染めている。

 彼女がこんなにも可愛らしく感じたのは初めてだ。

 甘ったるい空気が車内に充満していた。





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