世界の終末と最後の恋

藍沢 紗夜

世界の終末と最後の恋

「ねえ、もし明日世界が終わるとしたら、どうしたい?」

 三年前、今より少し幼い彼女が訊いたその質問を僕は憶えていた。

「どうかなあ。結局いつも通り終わる気がする。漫画読んでゲームして、普通に過ごすんじゃないかな」

「ええっ、味気ないなぁ」

 地球最後の日なのに、なんて君はぶつぶつ言っていたっけ。

「そういう君はどうなの」

 興味本意で訊いただけだったけれど、彼女は意味深に小さく笑った。

「内緒。本当に世界が終わる日まで」


「あの時話したこと、覚えてる?」

「世界が終わる日の話? 憶えてるよ。

 ――本当にこの日が来ちゃうなんて。SFみたいだね」

 あれから三年、地球は唐突に終わりの日を迎えた。街が少しずつ灰になって、人は一人また一人消えていく。それは彼女の言うようにまるで物語のようで現実味が無くて、でも確かに世界は刻々と崩れていく。

 思い返したあの日の言葉が引っかかって、僕は彼女に問いかけた。

「あの日君が内緒にした事は結局、なんだったの」

 ああ、あれね。彼女は少しだけ間を置いて、

「叶っちゃったよ」

 と言った。

 なんだか訳が分からなくて僕は、どういうこと、と問う。

 彼女は少し俯いた。横顔の頬が、紅く染まっている。それから彼女は囁くような小さな声で言った。

「その日だけは、……その日だけでも、あなたの隣に居たいってことだよ」

 照れながら俯いた顔を上げて、困ったように笑う彼女は本当に綺麗で、眩しくてとても直視出来なくて。僕は壊れてしまわぬように、その華奢な肩をそっと抱き寄せた。彼女は少しだけ肩を震わせたけれど、ゆっくりと抱き返してくれた。


 終末の世界は緩やかに崩れていく。

「永遠なんて願わないけど、もう少しだけ、終わらないって信じてたんだ。ああ、世界の終わりが噓なら、どんなにか良かっただろうね」

「……そうだね」

 本当に今日、僕らの世界は終わってしまうなんて、まだ信じられないけれど。

 もう少しだけ長く、大切な君の側に居たかった。でもそれはもう、叶わない。

 僕を抱き締める彼女の手が少しだけ力んでいる。決して離さぬように僕も、細い肩を包むように抱いた。


 もう、この街も崩れ落ちてしまう。


 大好きだよと、彼女が囁く。苦しげな涙声。その頭をそっと撫でて、愛してる、と僕は呟くように言う。

 そのまま二人は街に溶けていった。

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世界の終末と最後の恋 藍沢 紗夜 @EdamameKoeda

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