0と1の魂

亀虫

夢のマッスィーン

「よしっ、ついに完成した! 夢のマッスィーンが!」


 科学者は拳を天に突き上げて喜びを表した。彼が長年夢見ていた「オンラインゲームの世界に魂を移し、そこで生活できる」装置をついに発明したのだ。

 自らの魂をこの装置によって0と1で表現されるデータに変換し、ゲームのサーバーに送り込む。データとなった魂はサーバー上に存在する自分の分身アバターに乗り移り、思い通りに動かしたり、話したり、感じたり、泣いたり、笑ったりすることができるようになる。魂は、データで構築される世界でデータの身体に宿り生きるのだ。

 魂をゲームに移している間、一時的に脳以外の器官は時が止まったように停止する。装置が起動している限り、肉体を維持するための一切の行動が不要だ。食事をしなくても腹は減らず、老化もせず肉体が腐り果てることもない。排泄も新陳代謝しんちんたいしゃもない。装置が動いている限り半永久的に生き続けることができる。まるでコールドスリープのようで医療など別分野で応用もできそうな代物だが、彼はそんなことに興味はない。この装置は彼の欲求のため、彼の理想を叶えるためだけに作ったのだ。それ以外のことに使わせる気は一切ない。


「よぉーし! さっそくゲームの世界にダイブだ!」


 科学者はヘルメットのような装置を頭にすっぽりとかぶった。彼が椅子についているボタンをひとつ押すと、音を立てて装置全体に電流が走り、意識が遠のいた。

 

 科学者はゆっくりと目を開けた。ゲームで見慣れた景色。甲冑かっちゅうに覆われた手足。背には大剣。間違いない、魂を移すことに成功したのだ。


「よっしゃ、大成功!」

 科学者は声を上げた。自分のアバターと同じ声だった。彼はこれから始まる夢のような生活に胸を躍らせた。


 喜んだのも束の間、視界の上部にテロップが流れた。運営からのお知らせだ。


「五分後に緊急メンテナンスを開始します。ログインしている方はすみやかにログアウトを……」


 これを見て科学者の顔は青くなった。さて、この装置には致命的な欠陥がある。一旦移した魂を元に戻す機能がないのだ。そのためサーバーが停止すると彼の魂は帰ることができず、サーバーに囚われたままゲームと一緒に停止してしまう。

 科学者はこの欠陥を知っていて放置していた。ゲームの世界に入ったらもう戻ってくる気はなく、一生そこで暮らすつもりだった。だが、メンテナンスという停止時間があることをすっかり忘れていた。


「どうしよう、どうしよう……」


 想定外の事態に科学者は慌てふためいた。しかし講ずる手段はなく、五分後ゲームと共に彼の視界も暗転した。

 

 後日、かのゲームの公式サイトにはこう記されていた。

「極めて重大な不具合が見つかり、サービスの継続が困難な状態となりました。誠に申し訳ありませんが、本日をもってサービス終了とさせていただきます。これまでご愛顧あいこいただき、本当にありがとうございました」

 もちろん、彼がこの告知を見ることはなかった。

 

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0と1の魂 亀虫 @kame_mushi

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