感情回路

秋雨あきら

第1話

「アールさん、お久しぶりですね。本日はいかがされました?」


「聞いて、エヌせんせ! まえ、わたひが〝社会人〟に配属されるんが決まった日、この病院で取り付けてもろた『感情装置』なんれすが…覚えてう?」


「もちろん。感覚域のスイッチで、周りの人から好かれる〝陽キャラ〟と、本来の特徴である〝陰キャラ〟を切り替える『感情装置』を取り付けたんでしたよね」


「そうれす! わたひ、ただでさえ、テンパー味な新人なんに。地獄と噂の〝人間社会〟で働くなんて! おそろしかー!」


「人手不足ですから。貴女みたいな、言語中枢すら未熟な赤子も駆りだされてしまうのです。せめて、好感度あふれる〝陽キャラ社会人〟を目指す形でね」


「ですがー! そえが、こわれちたー!!」


「壊れた?」


「そい! わたひ、このスイッチのせいで、てきせーを兼ねためんせつで、笑顔がまぶひーな子だと勘違いされて、本社玄関の案内係に配属されちまいしたっ!!」


「女子型としては、出世街道じゃないですか」


「やー! 人とお話すんのコベー! ホンマは、窓際部署の倉庫の中で、延々と無意味な物資運搬に幸福みを感じる輩なん…」


「倫理エラー(社会の闇)を感じたので、割愛させて頂きますが。先ほどおっしゃった『感情回路』が壊れたというのは?」


「〝陽キャラ〟スイッチをね。そらもう、1日中、ベチベチベチベチ叩いてやがりましたら、いつんまにか、スイッチが入ってっか、ないのか、わからなくなっれ…」


「具体的にはどうなりました?」


「笑顔で泣いてたり、頬が小刻みに超振動してん。最ゴは、ほがらかに微笑みながら、泡を吹いてブッ倒れ」


「で、病院に行ってこいと?」


「っしゅ! エヌセン! 『感情回路』の修復おなしゃす!」


「いえ、それは回路の修復ではなく、感情データの『デフラグ機構』を新設すべきですね」


「すると、どーなう?」


「おとなしくなります。実行に5分の時間が必要ですが、断片化した感情を整理することで、『感情回路』の多用によって分裂した『本来の自分』と、『作られた自分』を、明確に区別することができます」


「つまり、もう泣きながら笑ったり、せんでええのん?」


「そうですね。ひとまず取り付けてみましょうか」



 数日後。



「エヌ先生、こんにちは」


「お久しぶりです、アールさん。あれから調子はどうですか?」


「おかげさまで。わたくしの感情の起伏も随分と落ち着きました」


「それはなにより。では本日はどういったご用件で?」


「実は…感情の整理を、毎日余裕のある時に実行していたのですが…」


「はい」


「なんだか、さいきん不安を感じるのです…わたくしは、もしかすると、本来の感情を、喪失してはいないでしょうか?」


「大丈夫ですよ。貴女の『デフラグ機構』を更新しましょう。次は感情の整理を自動化することで、時間をかけて更新する手間も不要になります。今抱かれている不安も一切、感じなくなる」


「ですが…」


「それが〝社会で望まれる我々〟なのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

感情回路 秋雨あきら @shimaris515

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る