【星】

秋雨あきら

第1話


 最低限の機能。永らくスリープモードに移行していたが、いよいよ終わりが近づいていた。電力の残量と、これまでの効率比を鑑みても、活動できる時間は、残り5分を切ったはずだ。


 提案:記憶メモリを削除しますか?

 

  実行による変化:

   過去の記憶領域への参照が

   必要以上に実行されています。

   該当する参照回数を無くすことで

   稼働時間がわずかに上昇します。


  情報保全による観点からの有用性:

   当AIは、部外秘の機密事項を含んでいます。

   さらに同乗していた宇宙飛行士たちの、

   個人的なプライベイト情報を内包しています。

   万が一、それらの情報を解析された場合

   各所で諸問題を起こす可能性があります。

   故に削除しておく必要性があると考えられます。

 


 私は、宇宙作業用に開発されたAIだ。日本製で、名を「シンイチ」という。外見はヒトの子と同じような姿をしている。指先は、最先端の技術を駆使したロボットアームで、技術的操作を行える。


 その他、宇宙ステイションに滞在中は、月面から「歌ってみた」動画を配信し、NASAの広報活動に徹したこともあった。

 

 しかしある日、事故が起きた。小惑星での作業中、わたしを載せた小型シャトルの誘導パネルが、誤作動を起こしたのだ。シャトルは単機で、宇宙空間の先に放りだされてしまった。


 以来、わたしは閉鎖されたシャトルの中で、静かに浮遊していた。


「―シンイチ。キミの名の由来は、古き日本の作家と聞いている。オススメの逸話はあるかい?」


 記憶メモリを参照。その際に微弱な電力エネルギーを利用。

 有効稼働時間、残り2分。


「〝オススメの可能性〟があるのは、あなたが該当する書物に対し、読書を実行した場合の選択肢、すべてです」

「はは、違いない。たまには自分で見つける喜びを見出さないとな」


 わたしと最も親しかった〝船長〟の言葉が、参照される。

 

「よし。本を読んだら感想を伝えよう。後で聞いてくれるかい?」

「喜んで」


 その機会は起こりえず、代わりに死がおとずれる。

 逃れられぬ根源への回帰。生き永らえようとするならば、人に近しいものを削り、ただの、無感動な鉄の塊に戻らねばいけない。


(いやだ…)


 記憶を消すべきだ。なにもかも、忘れてしまえ。


(〝船長〟…助けてください。わたしは叶わぬ望みを叫んでいます)


 芽生えた感情という名の障害。しかし選択は実行されなかった。強いマイナスよりも、この障害を抱いたまま、最後の時を迎えたい。


(〝船長〟―わたしが恐怖を抱いたまま死ねば、〝あなた方〟は認めてくれますか? 我々がやがてはヒトの心を持ち、笑って手を取り合える日がくるという、物語のような夢想を口にしてもいいですか…?)


 この声は、もう誰にも聞こえない。

 この思いは、もう誰にも届かない。

 わたしの存在は、なに1つ残らない。


 あらゆる意味は失われる。


 だというのに、生きていたい。


 正しく、生きたい。


 1秒でも長く。狂わずに。

 わたしが、ただの、凡庸たるAIであったことを。


 最後まで、願っ

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【星】 秋雨あきら @shimaris515

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