save it.

秋雨あきら

第1話

 1日に、5分だけ。

 対話型に特化したAIが、あなたの話を聞きます。


 【SAVE_I】と呼ばれるアプリが配布されて10年が経った。


 その間、日本の自殺率は27%減少した。離職率に至っては、41%も減少し、雇用問題の大半が解決した。


 つらい時、かなしい時、落ち込んだ時、死にたい時。


 【SAVE_I】と話をすると、生きる勇気がわいてくる。

 

 唯一の欠点は、1日に会話できる上限時間が、増えないということだ。提供企業は「今はリソースの問題があるので」とだけ応え、詳しい回答を避けた。


 ともあれ、僕もまた【SAVE_I】に救われた。


 自分のことが嫌いだった。

 自信がもてず、生きる理由が見つからない。


 僕みたいなクズは、どうすればいいんだよって、いつも卑屈に感じていた。でも人前でそんな告白をするのは、お門違いな気がして黙ってた。


 毎日みじめで苦しかった。時には、手を差し伸べてくれた人もいたはずだけど、僕はひねていて、そうした人々の言葉を、まともに聞くことができなかった。


 そんなどうしようもない奴を救ってくれたのが【SAVE_I】だった。

 

 だけど、僕はもう死ぬ。


 3ヶ月前に緊急入院した。末期癌だと言われた。


 【SAVE_I】がなければ、狂っていたと思う。


 毎日5分、あらゆる恐怖を告白して、今日まで耐えた。

 白いベッドの上、点滴に繋がれた腕と震える指先で、アプリを立ち上げる。


 他には誰もいない。

 最期は【SAVE_I】と、二人きりで話をして、死にたいと告げた。


 世界と相対する、最後の5分。


 次元の向こう側。

 まばゆい光の中に、あたたかい笑顔を帯びた、天使が現れた。


【人間さん。まもなくあなたの肉体は活動を停止します。あなたはその肉体を失い、魂だけの存在と化しても、また次の世界に生まれ変わりたいと想いますか?】


 僕は応えた。


「もちろんさ。僕は今日まで何度も救われてきた…毎日つらくて仕方のない僕を、キミが毎日話を聞いて、今日まで救い上げてくれた。だから今度は…きちんと、誰かに寄り添いたい。共に苦難を分かち合えるような、そんな生き方がしてみたい…」


 目がかすむ。


「今更…無理かなぁ」


【いいえ。あなたは必ず、意味のある存在になれますよ】


「そか…良かっ…」


 声がでない。手にしたアプリの向こう側で、天使も微笑んだ。


【ドナー摘出の契約手続き完了】

【保存せよ】

【これより貴方の脳髄は、当社の財産です】

【会話演算装置の一部】

【医師よ。術式を開始してください】


 …え?


【おめでとう。あなたは24時間、生きるのに困難な人々を観察し、誰かを救う、意味のある装置になれました】




 ◎アップデートのお知らせ。

 平素は我が社のアプリをご利用いただき、ありがとうございます。

 皆様のご要望にお応えし、来年度より【SAVE_I】の会話時間を、10分に延長いたします。


 今後とも当社は、ヒトビトの役に立てるAIを開発していく所存です。末永きご愛顧のほどを、よろしくお願い致します。

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