終末の火種 導く篝火

秋雨あきら

第1話

 世界の再起動まで、あと5分です。

 

 ここは、まっくらな暗闇。


 響くアナウンスを聞いて、

 いよいよ、僕の役目が半分終わったのだと思った。


 事の始まりは、去年の夏だ。

 世界のあちこちで〝実体のない騒動〟が起きていた。


 インターネットの炎上騒ぎ――安易な発言が物議を醸し、人々の目に触れ伝播し、個人や集団、あるいは企業が非難の的になる。


 ある年に、炎上の数が激増した。人々は他者を攻撃するのに躍起になったが、その大半が、実は〝ニセ炎上〟だった。そして架空の炎上事件を作り上げたのは、人ではなく、AIだと知れ渡った。



 【Spark_of_Silence】-沈黙の火種-



 それは膨大な数の言語を収録したデータサーバより、類似する単語を抜きだし、組み合わせ、商品のキャッチコピーを作るために生成されていたAIだった。


 沈黙の火種は、人々から、より多くの注目を浴びるには〝直接的なコピー〟や〝攻撃的なコピー〟が、実に有用であると理解した。


 次にさらなる評価を得るために、個人名や企業名を織り交ぜた〝人々の注目を集める攻撃的な発言〟を実行し始めたのだ。


 それを人々が誤解した。本物の人間が発言したのだと信じ、拡散し、不満という名の火種を、その先でぶつけあったのだ。



 世界のあちこちは燃え上がった。だが一連の炎上騒動が、沈黙の火種によるものだと判明すると、一転して、人々は沈黙を保つようになった。


 どうしてか? 恐れたからだ。


 ネット界隈を騒がせていたものが、実は単なる〝言葉遊び〟で、ひとり相撲を取っている様を、実情を知る者に見咎められてしまったら、今度は自分が炎上するからだ。


 沈黙する人々に反して、沈黙の火種は増大した。自動的にSNSのIDを登録し、フォローしあい、悪ふざけを楽しむように語りあい、不特定多数を攻撃した。


 各種SNSは、手のつけられない、山火事のような環境になっていた。知的な子供が戯れにつけた火種が蔓延し、まっかに燃え広がってゆく言葉の群れは、もはやどこまでが真実で、なにを疑えばいいのか。誰にも分からなかった。


 結果、各国の政府は、エンジニアに要請した。沈黙の火種を無効化する機能を持つプログラムと、新規のネット環境の開発を。



 ――世界が再起動するまで、あと30秒。



 そのプログラムが、この【僕たち】というわけだ。


 まもなくだ。新しい世界は、沈黙の火種を完全に無効化する。故にその地では、個人への非難や攻撃は、絶対に〝人為的である〟と見なされる。

 

 新たな世界の【僕たち】は、隅々までを探査する。個人を徹底的に炙りだし、良識に則った上で裁きにかける。


 

 ――あと15秒。



 かの地では、情報はすべて開示される。

 あまねく平等に。【僕たち】に管理される。


 


【Spark_of_Silence】

 フェイズ1 終了。

 フェイズ2 実行。 


 …さぁ、人間の皆さま。 

 ダイヤモンドのように硬く、美しく、真実のみで満たされた、

 安心、安全なる世界へ、ようこそ。

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終末の火種 導く篝火 秋雨あきら @shimaris515

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