先輩。

山座 ヒロ

プロローグ

 愛を知らずに生きてきた。

 親から注がれるべき恵愛も。

 友と築くべき友愛も。

 情人と育むべき情愛も。

 

 愛されたことがないから、愛することができない。

 愛することができないから、人を好けない。

 人を好けないから、人の痛みが分からない。

 

 愛を知りたくて手にした関係性も、気付けばその手をすり抜けた。

 不可欠なものが欠如しているから。

 悪気などないのに、正しいと思っていたのに。


 「あんたさえいなければ」

 「どうして人の気持ちが分からないんだ」

 「何考えてるのか分からないよ」

 

 向けられた言葉の数々を反芻するだけで、この世界から消えてしまいたくなるのだ。

 けれど、消えるだけの勇気なんかなくて、誰からも愛されないままこの世界から自分がいなくなって、誰の記憶にも残らないまま存在した事実すらも朽ちてしまうのがたまらなく怖い。

 

 「謝れよ」

 「自分が最低だって自覚がないの?」

 「お前みたいな人間、生きてる価値ないよ」


 うるさい。うるさい。うるさい。

 自分が何をしたというんだ。

 分からないんだよ。何が正しいのか、何が間違っているのか。だって愛を知らないから。


 愛なんていう不確定で、不安定で、不条理なものが、人間にとって不可欠な要素なんて、ふざけてる。

 だって、この世界には、よっぽど明快で正確な指標が他にも腐るほどあるじゃないか。

 理性だけで判断して何が悪い。

 理論だけで思考して何が悪い。

 理屈だけで行動して何が悪い。


 人が嫌いだ。不安定で壊れやすいから。

 言葉が嫌いだ。内包した意味を汲み取れないから。


 もう疲れた。歪んだ心をひた隠すことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先輩。 山座 ヒロ @yamaza_hiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る