終焉、そして。

節トキ

終焉、そして。

 荒く忙しい呼吸を繰り返す彼女が、必死に伸ばした手を僕は握り締めた。


 二人の時間は、もう僅か。


 激しく苦しむ彼女を見つめながら、僕は掌に感じる体温に縋り付いた。彼女を苛む苦痛が、触れ合う肌からこの身に浸透すれば良いのに。少しでも分かち合えたら良いのに。いっそ、全て僕が引き受けられれば良いのに。


 そんな願いは叶わない。


 そう理解していても、願わずにはいられなかった。


 言葉が、出ない。何か言わなくては、と逸る心とは裏腹に、単語一つとして紡げない。



 頑張れ?

 彼女は十二分に頑張っている。


 ありがとう?

 この状況で感謝したところで、彼女は喜ばない。


 愛してる?

 その言葉が、何の助けになる。気持ちを吐露して満足するのは自分だけ、そんなのはただの傲慢だ。



 ぐっと彼女の手を握ったまま、苦悶の最中にある彼女の姿から逃れようと塞ぎかけた目を見開き、僕は願うのをやめて祈った。


 汗に塗れた彼女の呼吸が、激しくなる。


 唸り声は悲鳴へ、悲鳴は絶叫へ。




 やがて絶叫は長い尾を引く声にならない声となり、それから五分を経て、ついに――――二人の時間は終焉を迎えた。






「おめでとうございます! 元気な女の子ですよ!」






 差し出された我が子の姿を一目見るや、思い出したように涙が溢れた。彼女もまた、身を震わせて泣いていた。




 二人だけの時間は終わった。




「頑張ってくれて、本当にありがとう。愛してる」



 言いたくても言えなかった言葉を、彼女に告げる。



「これからは、三人だね」



 そう言って笑いかけると、彼女は三人目の家族を抱いて優しく微笑んだ。



「そうね。でも……四人でも五人でも、何人だっていいわ」



 二人だけの夫婦の時間と入れ替わりに、新たな家族との時間が始まった。




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