師の心、弟子知らず

高柳神羅

第1話 師の心、弟子知らず

 その少年がその男の弟子となったのは、その男がとある盗賊の根城となっていた集落を壊滅させた日のことだった。

 何処からともなく現れた少年は、男に「自分を弟子にしてほしい」と願った。

 男はその少年の頼みを引き受けた。

 少年を弟子にした後は、少年と共に世界各地を巡りながら、自分が知りうる全ての技術や知識を丁寧に教えた。

 その甲斐あって、少年は瞬く間に一人前に成長した。

 男は、もう自分が傍にいなくても大丈夫だろうと、少年に自分の元から旅立つように告げた。

 少年は、分かりましたと頷いて──


 持っていた剣で、男の胸を刺し貫いた。


 心臓を貫かれ、力なく倒れた男を見下ろしながら、少年は男に問いかけた。

「貴方は……貴方が潰した、盗賊の根城になっていた集落のことを覚えていますか?」

 男からの返答はない。

 しかし男の反応などどうでも良いとでも言うかのように、少年は淡々と言葉を続けた。

「あそこに住んでいた大人は、確かに盗賊でした。でも中には、親が盗賊だということすら知らずに暮らしていた、何の罪もない子供もいたんです。それを、貴方は皆殺しにして、集落に火まで放って、存在していた証すらこの世から消してしまった。偶然生き残った子供にとって、その行為がどんなに酷いものだったか、想像が付きますか!?」

 少年は男の額を踏みつけた。

「僕は親を殺されて家を奪われた貴方に復讐するために、貴方に弟子入りしたんです。ようやく……僕の望みは果たされました。どうですか、愛する弟子に殺される気分は! さぞかし悔しいでしょうね! あはははは!」

 高笑いする少年。それを見つめたまま、男はそれまで閉じていた口を開いた。


「ああ……知っていたよ」


 少年の哄笑が止まる。

 彼が足下に目を向けると、男が薄く微笑んでいる様子が目に入った。

「私は……君があの集落に住んでいた子供だということを、最初から知っていた。私に弟子入りを志願した本当の理由が、私に復讐するためであることも、分かっていたよ」

 ごほ、と男は咳をひとつして、血を吐いた。

 光が消えかかった淡色の瞳。そこから、涙が一粒零れて、落ちた。

「君に生きるための力を残すことができて、良かった……これからは、復讐に囚われないで自由に生きていきなさい。決して……生きることを、諦めないで……」


 少年は、知ったのだった。

 男が、自分が命を狙われていることを承知の上で、少年を弟子として扱っていたのだということを。

 少年がこれからの人生を立派に生きていけることを願って、そのために力を授けてくれたのだということを。

 それは、男が少年に与えようとしていた、精一杯の愛情だったのだということを──


 動かなくなった男の前に膝をついて、少年は慟哭した。

 彼が師を手にかけて、この瞬間までの五分間。その時間は、彼にとって生涯忘れることのできない記憶となったのだった。

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師の心、弟子知らず 高柳神羅 @blood5

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