僕たち、友達だよね?

王子

僕たち、友達だよね?

「ちょっとすみません」

「はぁ、何か」

「この辺りで連続殺人事件が起きていまして。こういう者です」

 話しかけた男はふところから手帳を取り出し、そこから名刺を引き抜いて差し出した。受け取った赤いポロシャツの男は、名刺に目をとおすと眉をひそめた。

「刑事さん?」

「はい、ぜひ情報提供にご協力ください」

「美しい海で泳いできた楽しい旅行帰りに、血なまぐさい殺人事件の話なんて聞きたくはないなぁ」

 そう言った男と刑事の間には、人間一人くらいなら入れそうなサイズの、赤いキャリーバッグが置かれていた。

「まぁ、一週間ハワイにいたから、お役に立てるかどうか分からないけどね」

「構いません。いくつかお尋ねしたいことがあるので、分かる範囲でお答えいただければ結構です」

 刑事はボールペンをカチリと鳴らした。

「ハワイには一週間行っておられたようですが、実は殺人事件が起き始めたのも一週間前からなんです」

「それは偶然だねぇ。ということは、私にはアリバイがあるわけだね」

 男がガハハと笑うと、刑事は表情を暗くした。

「僕は遺族の気持ちを思うと、どうにも笑う気にはなれません」

 なんだよ、ただの冗談じゃないか、と言う男。

「すみません。犯人は被害者の顔を中心にめった刺しにしています。よほど恨みを募らせているようですが、それにしても遺体はひどい有様です。遺体はキャリーバッグのようなもので運ばれたのでしょう、公園や市役所の正門前やスーパーの駐車場などに、堂々と、無造作に放り出されていました」

 男はバツの悪そうな顔のまま言った。

「それで、俺に何を聞きたいんだい」

「ええ、実は被害者には共通点があるんです」

「ほう、どんな」

 刑事は一呼吸おいてから、神妙な面持ちで口を開く。

「みんな、同じ出身の中学校、同じ年の卒業生なんです。あなたはどこの中学校出身で、何年の卒業生ですか」

 男がそれに答えると、刑事は目を伏せてゆっくりと首を横に振り、開いた手帳を差し出した。

「こちらが被害者のリストです。もう八名亡くなっています」

 リストに目をとおしながら、知ってる、こいつも知ってる、と呟き、全ての名前を確認すると男は顔を手で覆った。

「なんてことだ」

「大変残念です。何か、心当たりはありませんか」

「心当たり?」

 目からあふれた涙を赤いポロシャツにぼたぼたと垂らしている男に、刑事が補足する。

「実は、犯人はあなたの級友の中の誰かであると考えています。あなたの知りうる中で、当時から級友に恨みを持っていた人に心当たりはありませんか」

「馬鹿なことを言うな! 俺のクラスにそんな奴いるものか!」

 激昴げっこうする男に、刑事は落ち着いた声で尋ねる。

「犯人について分かっていることが二つあります。一つ目は、どうやら犯人は赤いものが好きなようなんです」

 男は自分の着ている赤いポロシャツに目をやった。そして二人の間で存在感を主張する赤いキャリーバッグにも。

「何が言いたいんだ」

 今にも噛み付きそうな険しい表情を浮かべる男を、刑事はすっと目を細めて見据えた。

「被害者と同じ中学校、赤いものを身に着けている、犯人像と一致するなと思っただけです。ちなみにあなた、中学時代から複数人に恨みを持っていませんか」

 男は手にしていた名刺を破り捨て、刑事に背を向けて肩を怒らせながら歩き出した。

「逃げるんですか」

「急に話しかけられたと思ったら、級友がめった刺しにされた話を聞かされて、おまけに犯人扱いだ。今にもお前をぶん殴りそうだから帰るんだよ!」

 振り返って怒号を上げる男に刑事は近付いて、破り捨てられたものと同じ名刺をもう一枚取り出して差し出した。

「この名前、本当に見覚えはありませんか」

 男は血走った目で名刺をにらみ、そして、徐々に顔から血の気が引いていった。

「お前まさか、中学で同じクラスだった、あのか?」

 刑事と呼ばれた男はニヤリと笑った。

「そうだよ。出席番号八番の、だよ」

 赤いポロシャツの男が一歩後ずさると、刑事も歩み寄る。

「なぁ、その赤いキャリーバッグ、何が入ってるんだ」

 男の上ずった声に、刑事は堪えきれず笑い声を漏らした。

「何も入ってないよ。これから何が入るのか、知りたいかい?」

 後ずさっていた男は、足がもつれて尻餅をついた。

「それにしても、名前で思い出してくれて嬉しいよ。いじめた側ってさ、本当に覚えてないものなんだね。どいつもこいつも初めの君と同じ反応だったよ。こっちは毎日地獄のような日々を送っていたっていうのにさ」

 全身をガタガタと震わせる男の前に立って、刑事は内ポケットから鈍く光るナイフを取り出した。

「そうそう、犯人について分かっていること、もう一つを言ってなかったね。犯人は、仲の良かった子もいじめに加わっていたのがトラウマで、それ以来友達を作れなくなったんだって。でも、友達になってからすぐに口をきけなくしてしまえば、裏切られることもないし、永遠に友達でいられるって気付いたらしい」

 恐怖で声を上げることもできない男の顔を覗き込んで、刑事はふっと笑う。

「だから犯人は、殺す直前にこう言うんだって」

 刑事は男の耳元に唇を寄せてささやいた。

「僕たち、友達だよね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕たち、友達だよね? 王子 @affe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ