二人の世界

この部屋の中で

 開け放たれた窓からは、太陽の光を反射し煌めく海が見える。僕のお気に入りの風景の一つなのだが、今は健康的な白い足に邪魔されていた。

 ふわり、と潮風が入り込んできてカーテンや洗濯物を揺らす。もちろん、足の付け根を縁取るスカートも揺れて――いや、ここまでにしておこう。

 幼馴染である晴香が僕の家に来て数時間が経っている。学校の課外授業が終わってから、彼女はずっとノートに何かを書いていた。勉強、というには近くに参考書などは置いていない。声を掛けたくても、ヘッドフォンで音楽を聴いていてまともな返事が得られそうにはなかった。

 視線を本へと移す。しかし、集中が出来ない。これで三冊目だからか、文字を追うのにも飽きてしまった。ゲームもスマホもやる気分ではない。さて、どうしようかと思案した時、バキッと何かが折れる音がした。

「うわっ」

 続いて顔の上に柔らかいものが落ちてきて視界が遮られた。痛みを感じないことが不幸中の幸いか。咄嗟に起き上がって、その柔らかいものを掴んでみると自分の服であることが分かる。

「ご、ごめーん」

 おそるおそる、といった様子で晴香は言う。振り向いてみると、服をしまっていたチェストの一段が床に落ち、無残にも入っていた服が散らばっていた。

「この前片づけたばっかりだったのに」

「ごめんごめん、一緒に片づけよう、ね⁉」

 僕がしょんぼりしているのを見計らってか、晴香はノートとヘッドフォンを床に置き、率先して片づけ始めた。

「どうやったら服が落ちるんだよ」

「チェストがちょっとばかし開いてて、そこに足を乗せてたら……あああだから怒らないでってごめんなさい」

 僕の服を晴香は自分の顔の前に掲げる。ちょうどそこに書いてあったのがにこにこと笑う顔文字で、怒りを通り越して呆れてしまった。

 「そんなに夢中になるくらい、何やってたの?」

 ぴたりと晴香の動きが止まる。「そうだねぇ」珍しく言い淀む彼女に、僕は服をたたむ手を止めた。そのまましばらく唸った後、晴香は気恥ずかしそうに呟いた。

「世界を作ってた、よ」

 あまりにも唐突で、突拍子もない言葉。けれど、僕の興味を引くには十分で。

「見せて」

 思ったより大きな声が出た。身を乗り出し、晴香の方へと近づく。勢いに押されたのか、彼女はあっさりとノートを渡してくれた。

 狭い部屋の中、僕は彼女が作り上げた世界を見る。僕が少し前まで読んでいたそれよりは未熟で、でも広くて自由な世界だった。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。夢中なって読み終えると、晴香は緊張した面持ちで正座していた。

「どうでしたか」

 震える声で尋ねてくる晴香に、僕は笑って。

「神様がこんな近くにいたとは思わなかった」

 そう、にこにこ顔の服を掲げて言った。

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二人の世界 @Iori___Tachibana

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