第47話
少し用があるという事でカーライルと別れると、レランは城の外の方へと歩いていったと聞いたので向かう。
杖での移動の上、城が広いので四苦八苦していると、不意に誰かに肩を叩かれた。
「やーやー、クロヤ君久しぶり~」
「うおっ」
急に現れたのでついつい驚きが音として出てしまう。
「あ、ごめんごめん驚かせちゃった? 職業柄気配を殺す事が多かったからね~」
「あーいえ、こちらこそすみません。久しぶりです」
挨拶すると、エミリー先生が薄く笑いかけてくれる。
「あれから傷の調子はどうー?」
「まぁぼちぼちですね」
言うと、エミリー先生がそっかそっかと言って肩をトントンしてくる。
「今からクロヤ君の客室に行こうと思ってたんだけど、丁度いて良かった」
「あれ何かあったんですか?」
「うん、学院について決まったから伝えておこうって思ってね~」
「あ、結局どうなるんです?」
それについては気にかかっていた事だ。
「反乱の象徴だって言う意見もあったけどー、けっこうよくできた教育制度でしょー? 実際優秀な生徒を多く輩出している事から、存続が決定しました~」
ぱちぱち~っと、エミリー先生が言うので、ついつい安心と共に笑みがこみ上げてきた。
「それは良かったです」
俺は恐らく弥国に帰る事になるからあまり関係ないかもしれないが、やはり少しの間暮らしていたとだけあって、もし無くなるとなれば少々寂しかった。
学院での生活を思い返していると、ふと気になる事があった。
「そう言えばエミリー先生って王室魔導士ですよね? こんなところ仮面も無しににいていいんですか?」
「あー、そう言えばそうだったね~」
なんか軽いな……。そんな事で本当にいいのだろうか。
「いやいやー、もし私がまだ王室魔導士だったら問題だったよー」
「まだって今は違うんですか?」
「うん、来月からは王室魔導士じゃなくって、学院長として王に仕える事になるからね~」
あっけらかんと放たれた驚愕の事実に一瞬言葉を失いかけるが、よくよく考えれば妥当だ。何せエミリー先生は元々教師としてあの学院に潜入していたわけで、多少教育の心得がある上に実力も恐らくサルガルタと並ぶだろう。
「ちなみに教頭は?」
まさかマドマンじゃないだろうなと半ば戦慄するが、杞憂だった。
「そこはまだ空白。とりあえず学院長がいればなんとかなるしね~。まぁ私としてはカーライルさん辺りがいいとは思ってるけどね~」
「なるほど……」
とりあえずマドマンじゃなくて良かった。正直あの顔は二度と見たくない……。その点カーライルはけっこう誠実そうだし、いいかもしれない。
「そう言えばクロヤ君、どっかに行くところだったのかな?」
「あ、はい。ちょっとレランに会いに行こうかなと」
「なるほどなるほど~」
エミリー先生が微笑み交じりに言うが、不意に真剣な面持ちになる。
「レランちゃんの事なんだけど、あんまり悪く思わないであげてほしいんだ」
「と言いますと?」
聞き返すと、エミリー先生は少し控えめな声で話し始める。
「セルウィル家が昔、王家といざこざがあったのは知ってるよね?」
「ああはい」
フラミィによれば、子供の揉め事に親がしゃしゃり出たという話だった。
「実はその時に一度セルウィル家は爵位を剥奪されてたんだけど、レランちゃんが【シャドウ】に潜入する報酬として爵位の返上があったんだ。最初は報酬にそんなものは無かったみたいだけど、レランちゃんがお願いしてやっと手に入れた報酬だったみたい」
なるほど。その手前王には逆らえず、仕方なくヒイラギまでも手にかけた、というわけなんだろう。
「話は分かりました。でもあいつに対する俺の気持ちは変わりませんよ」
「まぁ、そうだよね」
エミリー先生は少しだけ悲し気に目を伏せる。
「それじゃあ、そろそろ俺行きますね」
言うと、エミリー先生は弱々しくほほ笑みつつも見送ってくれた。どんな事情があれ、奴はヒイラギを傷つけた、それに関しては揺るがない事実なのだ。
ただ。
♢ ♢ ♢
空はまだ青々としていた。城から出ると、こちらから城下町をつなぐ石橋の上に目当ての人は歩いていた。
「おい」
呼び止めると、レランは立ち止まってくれたので追いつく。
「さっきぶりだね。元気しているかい?」
「杖ついてて元気だと思うか?」
「それもそうか」
言って肩をすくめてみせるレランは平生と特に変わった様子は無い。
「ちなみにエクレとはもう会ったのか?」
「ああ会ったよ。まだエクレに聞いてなかったのかい? あの子、伝えるのが義務って言ってお前の話す気満々だったんだけどねぇ」
なるほど、何か言いたげだったのはレランについてなのだろう。しかし伝えるのが義務、か。なんともエクレらしい物言いでついつい笑みが零れそうになる。
「客室に来たけど、俺はすぐ席を立たなきゃならなかったからな」
「ならこんな所で油売ってないで行っておやりよ」
「いやまだだ、お前に聞いておく事がある」
「一体何を聞くっていうんだい」
レランがつまらなさそうに橋の欄干にもたれかかる。
「さっきの事だ。なんで俺を庇う様な事を言った?」
「庇う様な事? さて何のことだか」
「とぼけるなよ。あんたは口では俺を劣等種族と揶揄してたけど、言ってた事は俺を軽視すべきじゃないという事と同義だっただろ?」
「はてさて、あたしはあの褒美がお前の成した事を見合っていないと思って進言したまでだよ。あくまで客観的に物事を見ただけさ」
薄ら笑いを浮かべながらレランは俺の言う事を認めようとしない。
「客観的立場で見るという事は冷静になって見ると同じ事だ。ただあんたはそれを言った事で【ルミエル】から抜けさせられた。将来の安泰をあんたは捨てたんだ。それが冷静とは到底思えない」
「それは極論だね。どれだけ金を積まれたってやりたくない事くらいあるだろう? 例えば一生遊べる金をもらえるからと保証されれば、クロヤは神子に手をかけるのかい?」
「あり得ない」
「だろう? それと同じだよ。あたしはあの場所がどうにも合わないからわざと怒らせるような事を言った。それだけさ」
「待て、お前の出した例こそ極論だろ」
問いかけるが、レランは話は終わりだと言わんばかりに俺に背を向け歩き始める。もうまどろっこし言葉遊びは無しだ。
「レラン、あんた神子に手をかけた事を後悔してるのか?」
再度投げた問いにレランが立ち止まる。が、特に何を言うでもないので、俺は一番伝えたかった言葉を続けさせてもらう。
「もし罪滅ぼしのつもりであんな事を言ったんだとしても、俺はあんたを許す事はできないだろう」
大切な人を殺されかけたのに悪く思うなという方が無理な話だ。だからその上で俺は嘘偽りない自分の気持ちを伝えさせてらもう。
「けどまぁ、あんたの事は嫌いじゃない」
言ってやると、束の間の静寂が訪れる。こちらに背を向けているレランは一体どういう表情をしているのか、まるで見当がつかなかった。
しばらくその後ろ姿を見つめていると、不意にニヤリと笑みを浮かべたレランがこちらに振り返る。
「愛の告白にしちゃあ、ちょいと味気ないね。それにあたしみたいな年上よりもっと若い女なんてわんさかいるだろうさ」
「おまっ、何を……!」
見当違いな事を抜かしてきたので咄嗟に抗議しようとするが、すぐさま背を向けられたのでそれもかなわない。
思ったよりも速い歩みに成す術もなく立ち尽くしていると、ふと後ろから声がかかった。
「おーいクロヤ、そんなところで何してんだー?」
フラミィだった。その隣にはヒイラギがこちらに手を振り、エクレがじっとこちらを見つめている。
そんな三人の姿に口元が勝手に緩んできてしまっていた。何故なら、この光景はレランに敗北した時思い描いた光景そのものだった。あの時思い出されたのはある意味ヒイラギの能力による賜物かも知れない。
まぁ、思い返せば大変な事も多かったけど、なんだかんだで濃い日々も送ることが出来たと思う。その証拠に、俺の目の前には俺を待ってくれる人が三人もいるのだ。それだけで俺がこれまで成してきたことは決して無駄では無かったと言えるだろう。
俺は手を上げて応じると、みんなのいる方へとゆっくりと歩を進めた。
魔力ゼロの劣等種族 じんむ @syoumu111
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