第46話


 カーライル先導の元、廊下を歩いていると、ふと右の腕が通っていないのを確認する。ルミエルの軍服なのか知らないが、服にはしわも無くきっちりとしているだけに気になってしまう。


「なんで右手は通して無いんだ?」


 歩きながら何と無しに尋ねてみると、カーライルはどこか自嘲気味に言い放つ。


「奴に吹き飛ばされたよ」

「奴って、まさか看守長か?」

「それ以外誰がいる? 奴とて実力主義者であるサルガルタに魅入られたからこそあの座についていたのだからな」


 あっけらかんと言うが、腕一本無くなる事がどれだけ大きなことか。我ながらなんも無粋な事を聞いてしまって情けない。


「悪い」

「いや構わん。相討ち覚悟だったがこれだけで済んだのはむしろ幸運だったと言える」


 返す言葉が見つからず、ただ静かに後を付いて行く事しかできないでいると、おもむろにカーライルが立ち止まった。


「この扉の向こうが王の間だ」


 艶やかに彩られた両面扉はなるほど確かに王の間に相応しい。

 カーライルが重々しい扉を開くと、赤の絨毯がまっすぐ面長の部屋の奥まで伸びており、その両側をカーライルと同じ服を着た人間や文官が控えていた。その中にはレランの姿も見受けられる。


 玉座へと目を向けると、いかにも威厳に満ちた面持ちの老人がいた。顔を見るのは初めてだがやはり王は王らしさがある。そして最後にその背後に目を向けると、仮面を付けた人が数名、直立不動で佇んでいた。この中にエミリー先生もいるのかもしれない。


「お主がクロヤ・シラヌイか」

「はい」


 ここに来る前予め調べていおいた西洋の作法を、記憶から引っ張り出し、その通りの動作を行う。片膝をついたりしないといけないのでケガの身体には堪えたが、無事低姿勢を取る事は出来た。。


「此度はお主の働きによりサルガルタの陰謀を打ち破り、捕縛することに成功した。誠に大儀であった」

「ありがたきお言葉」

「うむ。故にお主には褒美を取らせようと思うてな」


 王が近くの文官のような人に何か目配せすると、文官が衣嚢(いのう)から小袋を取り出した。


「ここには金五百が入っておる。受けとるのだ」

「有り難く頂戴いたします」


 礼を言い、文官から小袋を受け取る。金五百と言えばだいたい一か月の食費は賄えるくらいか。まぁケガしてる間は城にいていいみたいだし、もらえるだけ有り難い。


「うむ、後は養生に専念せよ」

「やれやれ、にしてもうちの陛下は情けない事この上無いねぇ?]


 王が立ち上がり玉座から降りようとすると、不意にレランが口を開いた。


「情けないだと?」


 王が低い声で尋ねるが、レランは臆した様子もなく王の下に歩いていく。その姿に辺りの空気がざわついていく。


「ああそうだよ。何せ劣等種族に、ましてやたった一人の劣等種族に自分の国を救われただなんて情けない以外何があるって言うんだい?」


 小馬鹿にするようなレランの物言いに激高でもするかと思ったが、王は冷静に次の言葉を放つ。


「だが元はと言えばお主が神子を討ち損じたせいでこうなったのではないか」

「確かにそれはそうだね。でも、あたし以外にサルガルタの懐の深いところまで到達できる人間がどれくらいいただろうね?」


 王とレラン、交差する二つの視線は火花を散らしているのかという錯覚になる。


「まぁそれはよかろう。お主が情けないと儂に言って、ならば儂が国民の前で情けなくて申し訳ないと謝罪でもしろというのか?」

「そんな事をすれば国がまとまらなくなる。そんな仕様もない事は望んでないよ。あたしが言ってるのは王の威厳を見せなって事だよ」

「王の威厳とな?」

「恩人たったこれだけの褒美しかよこさない。こいつはどう考えても私情を挟んでいるとしか思えないって事だよ。もしクロヤが同じ西洋人だったら果たして待遇はどれほど変わるんだろうね?」


 レランが問いかけると、王もまた質問で返した。


「ならばお主が妥当とする褒美はなんだ?」

「まぁそうだねぇ、金は増やすとして、あたしなら国単位の報酬を与えるね。例えば現状弥国と不利な貿易を対等にするとかそういう感じの」


 レランが言うと、高らかな笑いが室内に響く。王の笑い声だった。


「何を言うかと思えば、たかだか若造一人の活躍のために、国貿を左右するとな? 馬鹿馬鹿しい」

「おや、あたしにしちゃいい落としどころを提示したつもりだよ? そもそもクロヤがいなければ陛下の権力は無くなるのは当然、それどころか命すら危ぶまれた。それにこの国は弥国との貿易を対等なものにしたところで壊滅するほど経済が滞っちゃいないだろう?」

「確かにお主の言う通りだが。そんな前例を作れば今後対外政策にどう影響を及ぼすか分かったもんじゃない」

「そうかいそうかい、それならけっこうだよ。まったく、うちの王はまったくもって情けない。今言った事だって遠回しに自分の力ではどうにもならなかったと言ってるのと同じさ。前例があった所で国がしっかりと動けば同じような場面になることは無いだろう? これはまたサルガルタのような人間が現れれば今度こそ国は崩壊するだろうねぇ?」

「おい、いい加減にしろ!」


 レランの物言いに誰かが苦言を呈すが、レランが見つめるのは王のみだった。


「まぁよい」


 目を細め王は静かに言い放つと、再度玉座につき片肘を立てる。


「そこまで言うのならばよかろう。金は増やし弥国とは今後対等な貿易を行ってやろうじゃないか」


 だが、と王は続けると、冷たい声で言い放つ。


「お主はどうやら分というものをわきまえた方が良い。確かにお主以外奴に近づく事ができなかったもしれんが、結局失敗は失敗だ。それ相応の責任を負ってもらわねばならん。よってここに【ルミエル】からの除名を言い渡す。今後城に入る時は許可を得ることだ」

「おいレラン」


 突然告げられた王の言葉に、たまらず声を上げるが、レランは手を上げ遮る。


「いいよ。あたしもこんなかたっ苦しいところ御免だったからね」


 それだけ言うと、レランはあざやかに身を翻し王の間を出て行った。

 後に残るのは何とも言えない空気のみ。


「お主ら、もう下がってよいぞ」


 王が言い放つと、空気が変わった。周りの人たちは跪くと、次々と部屋を後にしていく。


「行くぞシラヌイ」


 カーライルが傍に来たので、俺もまたその波に乗る事にした。

 それに、レランには話を聞いておかなくてはならない。

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