夢から覚めました

  クロエ・アッカーソンは子爵家の長女である。


 翠がかった灰色の髪は腰のあたりまで伸び、ゆるやかなウェーブを描いている。翡翠の瞳は大きく、白く艶やかな肌は陶器のよう。人形のようなその見た目はまさに王道ヒロインそのものだ。


 そんな愛らしい王道ヒロインは、見目麗しい様々なタイプの男性、もとい攻略対象キャラクターと恋愛をすることになる。


 ゲームの中の話だ。 


(そんな正ヒロインに転生とかありなの? 普通転生するなら悪役令嬢じゃないの?)



 リュージエル王国聖カデリア学園。

 私は今日、ゲームの世界に存在していた、この学園に入学する。

 そう、クロエ・アッカーソンとして。




* * *


 さて、まず自分がどうしてこうなったのか冷静に思い出そうと思う。

 豪華絢爛のホールで、これまた豪華絢爛な椅子に腰掛け、無駄にダンディーな学園長のお話を聞きながら、私は少し現実逃避することにした。


 と言っても自画が芽生えたのがつい今しがたである為、思い出す事は特に無い。

 「クロエ」ではない「私」の前世は平々凡々な日本人だった。髪は染めてたからクロエと似たような色だったけど、瞳の色は焦げ茶だ。

 そこそこ適当に働きながら、のんびりオタク活動をして、たまに彼氏作って……それなりに幸せな日々を送っていた25才のOL、のはずだ。


(あれ、私なんで死んだんだろう?)


 大事な部分であろう死因がまったく思い出せない。

 ん? 別にブラック企業でも無かったし、交通事故……に遭った記憶もない。階段で転んで頭を打った記憶もない。


 あれれー? 


「クロエ嬢? クロエ・アッカーソン嬢?」


 そこまで考えて、私はふと誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。


「具合でも悪いのですか? 医務室に行きましょうか」


「……モーガン先生?」


「式は終わりましたが、なかなか貴方が立ち上がらないので」


 顔を上げると、目の前に灰褐色の髪を後ろに流した、目鼻立ちの整った男性がその深紅の瞳に心配の色を浮かべ私を見ていた。



 彼、モーガン・ガーバー先生は攻略対象キャラクターの1人だ。


 灰褐色の短い髪は前髪を後ろに流し、時折落ちてくる一房を鬱陶しそうにかき揚げる。深紅の瞳は少々つり気味で、背の高さが相まってパッと見は近寄りがたいクロエの担任である。


「……申し訳ございません。少し人の多さに酔ってしまいまして。でももう大丈夫です」


 ゆっくりと椅子から立ち上がり少しだけ頭を下げると、モーガン先生は「無理はしないように」と言ってその場を離れた。


 私もいつまでもここに居るわけには行かないので、教室へ向かうために足を進めた。

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