三百まで数えたら

紺藤 香純

三百まで数えたら

余一郎よいちろう、みつけた!」

 茂みの中に隠れていた余一郎は、ひょこっと立ち上がる。

「見つかった」

 着物についた葉を叩いて落とす余一郎を見たは、年相応にころころと笑った。

 ももは、数え年で七歳の女童だ。歳の近い余一郎は、ももの良き遊び相手である。

「ももは見つけるのが上手いな。とおまで数えても、おれをみつけちまう」

「余一郎がへたなの」

「うん、そうだ。おれは隠れるのが下手だ」

 余一郎が頭を撫でると、ももは嬉しそうに手をばたつかせる。たもとで空を飛んでしまいそうな勢いだ。

「もも、そろそろ家に帰らないか? お父ちゃんとお母ちゃんが気を揉んでいるぞ」

「やだ。余一郎とあそぶの!」

 お天道様は西の空に沈もうとしている。

 余一郎はしばし思案し、ももに問うた。

「ももは、百まで数えられるか?」

「ひゃく?」

 黒々とした瞳が余一郎をまっすぐ見つめる。

「十を十回数えると、百になる。次は百まで数えてみるか」

「うん!」



 ももは目をつむり、「ひー、ふー」と元気な声で数え始める。

 余一郎は先程と違うところに隠れ、息を整える。

 一刻も早く、ももを村に帰さなくては。



「余一郎、みつけた!」

 余一郎はまた見つかってしまった。

「もも、次はもっと多く数えようか。そうだな、三百まで。百を三回だ」

「やる!」

 ももは疑いもせずに、「ひー、ふー、みー」と数え始める。

 余一郎は草陰に潜み、ももを見つめ、目を細めた。



 ――もも、もうここへ来てはならない。

 おまえは、おれと住むところが違う人だ。

 おまえはおまえの住むところに帰れ。



「――もも! 起きろ!」

 お父ちゃんの声が聞こえた。ももは目を開ける。

 どこまで数えたのか、わからなくなってしまった。

「狐に化かされたのかと、ひやひやしたんだよ」

 お母ちゃんの声も聞こえる。

「……ごめんなさい」

 月明かりにぼんやり照らされて、お父ちゃんとお母ちゃんの姿が見えた。

 ふたりとも泣いていた。



 余一郎は、茂みに隠れて人間三人を見ていた。

 ほっと胸をなで下ろしたら、ふさふさした尾が着物の裾から出てしまった。

 余一郎は慌てて引っ込め、おもてを上げた。

 自分の尾に似た色の月が、夜空に浮かんでいる。

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三百まで数えたら 紺藤 香純 @21109123

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