仕事をする

砦に戻って早速食堂の皿洗いを頼まれた。猫が入って良いのか不安だったが、むしろ大歓迎された。貴重品らしき刺身まで献上していた。良いのかそれで。


「レモンちゃーん、大皿はこっちで良いからねー」

「はーい」


ひょろい、という言葉がピッタシなナネアさん。街からこの砦に出稼ぎに来ているそうな。見た目の割に力持ちで、野菜の詰まった箱を片手で軽々運んでいた。

戦場跡地にて作業をしていた人たちが次々入ってきて、食堂が大忙しになる時間帯。私は小皿とかスプーンやフォークなどの軽いものを洗っている。洗い場は奥にあるので、ナナシが見付かって騒がれることは無かった。

ナネアさんと一緒に賄いを頂いて、部屋に戻る。仕事は声をかけられたらそれを手伝う、というやり方で良いらしい。


『よし、暇になったな。時間が出来たな。なら朗読をしろ』

「分かった、分かったから」


ベットに座れば、てしてしと枕を叩いてナナシが朗読を要求する。荷車でナナシに教わったやり方で、今度は井上ひさしの握手を開いた。

教会のあの司祭さんから、作中に登場するルロイ修道士を思い出したのだ。 

ナナシはこころの続きじゃ無いことを最初は不思議そうにしていたが、読み進める内に理解したらしくこてんと枕に身を沈めて大人しく聞き入った。


「わかりましたと答える代わりに、わたしは右の親指を立て、それからルロイ修道士の手をとって、しっかりと握った」


中学生の時、授業で長々と内容を読むのが嫌いだった。さっさと先に進みたい。先生からの質問に答えられない子がいると暇で暇で仕方がなく、教科書の小説を読むのは苦痛でしかなかった。

けれどこうして好きなように読めるようになって、改めて読んでみると嫌いだった教科書の小説は存外奥深く、大した長さでもないのに生徒達に大切なことを訴えていて。

それに気付けたのならこっちのもんだ。


「葬式のことを聞いたとき、わたしは知らぬ間に、両手の人さし指を交差させ、せわしく打ちつけていた。・・・おしまい」


手をぱたんと閉じて文字を仕舞う。

ナナシは気持ち良さそうに、くーくーと寝息を立てていた。


「おやすみ、また明日ね」

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猫が店主の朗読カフェ 初夏みかん @yorusora

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