1秒前の僕は、僕がこの手で殺します。
二方 奎
初回・最終話
夏休みなんてきっとありきたりで、なんの変化もなくただ過ぎていく。そう思っていた。実際そのとおりで、課題をやるでも部活をするでもなく、隣に住む幼馴染、赤織水希の家に入り浸って、整えられた本棚から小説や漫画を適当に引っ張って、読み漁った。
そうして、八月が命を失う日になった。相変わらず僕は、けしておもしろいわけでもつまらないわけでもない紙の集合体を頭の周りに飼いながら、隣で自分の世界を作っている瑞希に声をかける。
「なあなあ、僕っていったいなんなんだろうな」
水希は夕日よりも澄んだ色のヘッドフォンを少しだけ耳からずらして、
「毎日家に上がり込んでくる、駆除対象外の害虫みたいなやつ。なににもやる気を出さない自分格好いいとか思ってそうな勘違い野郎。将来を見るのが怖くて動けないやつ。どこにでもいそうな高校三年生の男。たった一人しかいない私の幼馴染、青延紘矢。……まあそんな感じ」
抑揚のない、静かでよく通る声でそう言った。
「将来を見るのが怖くて動けないのって、僕だけなのかな?」
高校三年生。大学へ行くのか、専門学校へ行くのか、就職をするのか、一日中家に引き籠るのか、はたまた――死ぬのか。いまの僕にはまったくわからない。同じようにわからない人間が、はたしてどれくらいいるのかを考えてみる。だけどそれすら、まったくわからなかった。
ふと、開いた窓から海の匂いが飛び込んできた。爽やかで潮臭くて、ただそれだけで偉大さが伝わってくるような、とても皮肉な匂いだった。
「もしも僕が海になったら、すぐに空から消されちゃうような気がするよね」
「海がなくなったらきっと、私たちは生きていけない。だから私は、紘矢が海になることには人類を代表して反対する。それにきっと、紘矢がいなくなったら困る人だっていると思うし」
「そんな人がいてくれるのかも、いまはわからないんだ。でも僕がいなくなって喜ぶ人はいるんじゃないかって、なんとなく思っている自分はいるんだ。例えば水希とか」
言ってすぐに、水希の白く細い左の足が、顔の上へと落とされた。たいして痛くないあたりに、幼馴染として関わってきた月日をふと感じる。
「これから僕は、なにをしたらいいと思う? なにになったらいいと思う?」
「なにもしなくていいと思う、それが紘矢のしたいことなら。なににもならなくていいと思う。どれをとっても紘矢だろうから。どうしてもなにかになりたいなら、魔法使いになったら?」
「僕に魔法の才能ってあると思う?」
「才能ってきっと、あるものじゃなくてつくるものだと思うよ?」
鍵が――開いた気がした。魔法を使えそうとか、そういうことじゃない。わからないことをわからないままにしているから、僕は動けない。わかればきっと、僕は将来を見られるようになる。そんな気がした。だからこそ、僕を怠惰に追い込む僕自身を、消し去りたいと思った。
「一秒前の僕、僕がこの手で……殺してやる」
1秒前の僕は、僕がこの手で殺します。 二方 奎 @hutakata
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