ビー玉の秘密
四 いお
ビー玉の秘密
夏も真ん中。梅雨明けという報道が流れてもなお、台風の接近によってしばらく雨降りが続いていた僕の田舎の町にも、いよいよ夏らしい暑さが出てきた。
プールに花火に夏休みに…
楽しいことが多い夏だと誰かは言ったけど僕は夏が大嫌いだ。大体、40度近い猛暑日にも外に出て遊ぶほうがおかしい。
なんてなにに対しても否定的な意見ばかりを頭に浮かべながら、自転車を漕いで錆びれた商店街を目指す。
(とか言いつつ、僕も外に出てるんだから人の事言えないな…。)
商店街入り口にあるすっからかんの自転車置き場の端っこに自転車を留める。
自転車に鍵をかけて商店街に入っていく。
左から3番目の古い駄菓子屋。
店に入ると、黄色のビール籠をひっくり返しただけのなんちゃって椅子には、彼女が空になったラムネの瓶を持って座っていた。
___彼女。名前は知らないし、どこに住んでるかも知らない。見た目は僕と同じ高校生くらいだけど、ちゃんとした年齢さえ知らない。ましてや彼女なんて言っているけど、交際している意味での彼女ではない。
分かるのは女の子だということと、黒い髪が腰のあたりまで伸びていること。
約束などはしない。僕たちは気が向いたらこの駄菓子屋に来るのだ。余っ程、彼女の方は毎日来ているようだけど。
彼女に声はかけずにまずは既に顔見知りになっていた駄菓子屋のおばちゃんに声をかける。
「おばちゃん、いつもの一つ。」
「はいよ、いつものラムネね。一つ100円。」
「ありがと。はい、100円。」
にっこりと笑って奥から冷えたラムネの瓶を一本出してくれたおばちゃんに100円玉を一枚渡して瓶と交換する。
そうして彼女が座っている椅子の向かいに座ると、彼女は必死に笑いを堪えていた。
「なに笑ってんの。」
「だっ…だってさぁ。君、いつもの一つって!。いつものって…!」
どうやら僕が何故だか少しカッコつけてしまった 「いつもの」という注文の仕方が可笑しかったらしい。
「別に、間違ったことは言ってないし。いつもラムネを飲んでるじゃないか。」
「そこじゃないんだよ少年!いつものって言う人初めて見たわー。あー本当に君は面白い!」
暑さでやられてしまったのかと思うほど本格的に笑いはじめた彼女はほっておくことにして、僕は瓶の蓋をあけた。
カランと心地よい音を立てて炭酸の中でビー玉が踊る。
ぐびっとラムネを一気に流し込めば、乾いていた喉に小さな泡が弾けた。
やっと落ち着いたらしい彼女は、涙が出るほど笑っていたようで目の端に溜まった涙を拭くと、今度は遠くをぼけっと見つめていた。
僕は彼女がなにを考えているのか本当にわからないと思う時があるが、今はまさにその時だ。
僕がもう一度ラムネを飲み込むと彼女はふいに真剣な表情で話し始めた。
「ねぇ、瓶の中のビー玉を出してあげるのってビー玉にとって幸せなことだと思う?」
「さぁ、僕にはビー玉が意思を持っているように思えないんだけど…。仮に意思があっても、ビー玉は自分では出られないんだからしょうがないってなるんじゃない?」
彼女は「んー。」と一つ考えるような声を出して駄菓子屋から出ると、店先の地面にラムネの瓶を叩きつけた。
ばりーんと瓶の砕ける音がしてから僕はようやく彼女がしたことに反応ができた。
「え、ちょっ、なにやってんの?」
「えー、なにってビー玉を出してあげただけだよ。」
然もそれが当然だというように告げた彼女はおばちゃんからちりとりと小箒をもらって瓶の破片を片付けると、僕の目の前の椅子に戻ってきてビー玉を覗いた。
「きっとさ、透明な瓶の中にいてもビー玉はガラス越しの景色しか見えないと思うんだ。だから出してあげたの。ビー玉にもちゃんとした景色を見せてあげたくて。そうじゃないといつか欠けた時になにも見えなくなっちゃうんじゃないかって思ったんだ。」
「そしたら君も君の世界の景色を見れるんじゃない?」
最後に付け足した言葉は聞こえないふりをした。その代わりに僕は彼女の瓶を割った理由に返事をしてあげることにした。
「あっそう。それでもいきなり店先で瓶を割るなんて、誰かがいたら間違いなく君はヤバイやつだって思われただろうね。そうでなくても危ないからもうやらない方がいい。」
「なに、私のこと心配してくれてるの?いやー照れちゃいますなぁ。まぁ怪我はしてないから大丈夫だよ。」
「はぁ、君の頭は本当におめでたいよね。」
「そんなに褒めないでよー。本当に照れちゃう。」
なんて全く照れた様子でない彼女に冷ややかな目線を送る。
「それよりさ、夏はどこに行きたい?」
「君は空気をぶっちぎる才能があるんじゃない?…まぁいいけど。僕は何処にも行きたくない。夏は嫌いなんだ。」
「だから褒めてもなにも出ないって。
それより、せっかくの夏なのに家から出ないの?もしかして…友達いないかんじ?」
「いないんじゃなくて、人に興味がないから。友達なんて作ろうとしないだけ。」
嘘だ。正確に言えば、僕は人と関わるのが怖かった。いつも他人の評価ばかりを気にして、調子を合わせて取り繕った返事ばかりで。それならば1人の方が良いといつからか、前を向いて歩くことさえ怖いと思うようになった。だから、聞かなかったことにした彼女の一言は僕の胸にしっかりと突き刺さって消えることはなかった。
「やっぱり、友達いないんだぁ。じゃあ私が君の友達第一号になってあげる!」
「そんなこと頼んでないし、友達になってもらう気もないから。」
「照れなくていいんだからー、もー!」
僕の何処をみてそう思ったのか分からないが、彼女は嬉しそうに笑うと僕にビー玉を差し出してきた。
「これ、友達の証。このビー玉を私だと思って大切にしてね。」
「はぁ…よく分からないし、君と友達になった覚えもないけど持ってればいいわけ?」
「うん!」
どういう考えからビー玉を渡してきたのか気になるところではあるが、彼女は満足げな表情で頷いたので、僕は詮索をするのも馬鹿らしくなった。
「それじゃあ、またね。」
笑顔でそう告げた彼女に手を振って答えてから、僕は残りのラムネを飲み干した。
__それから、彼女との またね が果たされることはなかった。
あれから毎日、僕はこの駄菓子屋でラムネを飲んでいた。あの日を最後に姿を見せなくなった彼女のことが頭をよぎる。
しかし、彼女が居なくなっても僕は驚く程に落ち着いていた。まるで元から1人だったように。
既にぬるくなってしまったラムネをもう一口飲む。ぬるいラムネは微炭酸になっていて、僕の頭を覚ますのにはちょうど良かった。
ふと思い返せば、僕は彼女が羨ましかったのかもしれない。彼女はいつも真っ直ぐな瞳をしていた。羨ましくて、彼女のようになりたかった。自分らしい自分に。
「僕の世界の景色、か…。」
ポツリと呟いた言葉は彼女がくれたもので、そういえば彼女は僕にもう一つくれたな、と思い出す。
それから、小さくて球体のガラス玉をポケットから取り出してそっと覗く。少し平べったく広がった映像を映し出しているようなレンズ越しには、弾けるような笑顔を浮かべる彼女と呆れ顔をしながらもしっかりと前を向いている僕が見えた気がした。
それだけで充分だった。
もし、もう一度彼女に出会ったなら今度は僕から伝えよう。
「僕と友達になってください。」
と、しっかり君の目をみて。
商店街を抜けると、どこまでも広がっている空はまるでラムネのように透き通った青色をしていた ___ 。
ビー玉の秘密 四 いお @azm_io4
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