腐敗

「ええと、こいつの名前は三村貞夫、近くの派出所の役人だ。横で仰向けになっている奴の名前はまだわからない。持ちのものからして薬物の売人だろう」


田久保は熱心に、被害者たち二人が横たわる周りを調べている。捜査といえど、大掘削時代の名残が残る酒場の中に入れた事が、田久保にとってとても嬉しい事のようだ。バーのカウンターには、三村が売人と飲んでいたのだろう、古い時代のウイスキーがずらりと並んでいる。昔の人々が飲んでいたようなウイスキーは、この地下都市では手に入らない。いま酒類は国家による専売となっており、作られる酒も非常にまずい。資源の乏しい地下世界だから仕方ないところもあるかもしれないが、もしいま昔の人間がここで「酒」と呼ばれる液体を口にしたら、真っ先にドブに吐き捨てるに違いないだろうと根岸は思う。ただ。田久保のような酒道楽からすれば、どれだけ鉄っぽい味のする酒でも、一日の労働をいやすには欠かせなかったし、地上での暮らしを知らない世代である田久保たちの年代からすれば、元の味を知らない分、まだ我慢のしようがあるのだった。政府もまた、税収を確保するにはどれだけまずい酒でも造り続ける必要があった。


「いいな、この酒。2世紀以上前にアイラ島で作られたものだ。こんなものがまだ地下にあるなんて信じられない」


田久保が酒瓶を三本持って車に戻るのを横目に見つつ、根岸は床に転がってる亡骸を眺める。例のごとく、被害者は心臓を一握りでつぶされて絶命している。同じ殺し方をするのは、一連の殺人が同一人物によるものであるとの証左だろう。そして、いわゆる「腐敗した官僚」が狙われているのも確かだ。路地裏のごみ箱に死体を放り込まれていた多村も、生前は金に汚い役人ともっぱらの噂であった。


地下都市東京が始まって以来、幾度か反政府運動が活発になった時期があることは、根岸も一般常識として知っている。その時の反政府派も、役人たちを見せしめに何人も暗殺したという。政府に対する批判でいえば、役人たちの腐敗だけでなく、「地表への通行権」といったものもある。一般の国民が地表にでることは、政府によって禁止されている。政府によると、地表は放射能汚染をはじめ、致死性の高い未知のウイルスが蔓延しており、加えて無政府主義の野蛮人が闊歩していることから、国を守るためにアクセスを停止しているという。だが、限られた政府関係者が「調査」と銘打って地表にアクセスしていることは公然の秘密である。違法薬物や珍しい酒の流通が存在するのが、その証左である。


一連の殺人が、市民たちの反体制運動を焚きつけようとする意図があることは明らかだと根岸は思った。密輸された違法薬物と酒に囲まれて絶命した役人と売人の話が世間に広まれば、間違いなく世論は沸騰するだろう。そして、なんらかの方法で下手人はこの一連の事件を世間にアピールするはずだ。ただ単に腐敗した役人を殺すにしては、明らかに手が凝りすぎている。


また、この事件が世間に広まることは当然、政府としては望ましいことではないが、噂の出所をたどることができれば、犯人たちに一歩近づけるかもしれない。治安維持局がマークしている「反社会的勢力」たちとのつながりも調べてみようと、田久保は思った。

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