第25話 エピローグ

ハデスを倒した後、直樹たちはラダマンティス大陸上を、人類の生存者を探すキャラバンを行ったが、実態が明らかになるにつれてシローヌのラダマンティス侵攻作戦が無謀ともいえるスピードで決行されたにも関わらず、住民たちを救うには遅すぎたことが明らかになった。

生存者の多くは、辺境に住んでいたためにハデスがばらまいたウイルスの感染を免れたか、あるいはウイルスに先天的に耐性がある人々だった。

そして、無人となった街はアントノイドの巣と化していた。町の中央部には例外なくドーム球場のような構造物が見られ、その中には女王がいて、昼夜休まず産卵を続けているという。

アントノイドはウイルス病に倒れた人々の遺体を餌にして急速に増殖したのだが、病死した人間の供給が途絶えると、彼らは新たな食料の供給体制を確立した。

その原料はエリシオン土着の植物だった。

アントノイドはそれらの植物が成長すると収穫して地下洞窟に運び込み、自分たちが開発した菌糸を植えて、しばらくしてから栄養豊かなキノコを収穫するのだという。

直樹たちにとって救いだったのは個体レベルで自意識を持った彼らが、以前の記憶も引き継いで友好的に接してくれたことだ。

1ヶ月ほどして後続の占領部隊が到着するのと入れ替わりに、直樹たちの艦隊はガイア連邦への帰途に就いた。

首都に帰還した直樹とマミは、マザーサキやシローヌと共に霊廟を訪れた。

マザー先を先頭にして地下深くにある霊廟を訪れると、さゆみの仮想人格がアントノイドの3個体と一緒に一同を迎えた。

さゆみの仮想人格はフォログラムで弓道部員のコスプレのような出で立ちで直樹達に対面する。

「お疲れさまでした直樹。おかげで心配事がなくなり、このままここで永眠してもいいくらいです。」

マザーサキはさゆみの言葉に息をのんで身体を固くしたが、直樹はそれが冗談だとわかり、マザー先とシローヌに目配せをする。

フォログラムのさゆみの顔にはいたずらを仕掛けて隠している時の表情が浮かんでいたが、直樹にとっては自分の疑問を彼女にぶつけることが先だった。

「ハデスは最後の瞬間にアントノイドが個体レベルで自意識を持てるようにするパスコードを通信したのに、何も起きなかったのはどうしてなんだろうか?」

直樹はハデスとお戦いが終わって以来、自分を悩ませてきた疑問を口にする。

サユミはクスッと笑って答えた。

「それは、私がアントンちゃんに私たちの物理法則をレクチャーしていたからよ。当時の彼は集合知性体だったからその情報は全てのアントノイドに共有された。そして彼自信も地球の生命体に由来する身体に宿って、長い間生活していたし、彼にとってもこの宇宙の物理法則が変容したら、自らも崩壊するということは自明だったのね」

その辺までは直樹が推測していたことだった。

「ハデスが解除コードを口にして「彼」が「彼ら」に変化したときに、サユミがレクチャーした物理法則が採用されたのはわかった。でもサユミがレクチャーしたのは本当にそれだけだったのかな?他のこともレクチャーして、当時は集合知生体であったアントノイドがそれを信じ込んだ疑いがあるのだが」

直樹の質問と共にサユミの外見が変化した。袴姿に弓道の胸当てを付けたコスプレはそのままだが、艶のある黒髪は白髪に変わり、シミの浮いた顔はぼんやりと虚空を見つめている。

「ぼけた振りをしても駄目だよ。「あれ」の犯人は君なんだな」

直樹が容赦なく追及すると、さゆみのフォログラムは元の姿に戻り、そっぽを向いてつぶやいた。

「少しくらい私の趣味がはいってもいいでしょ。宇宙の崩壊は食い止めたんだから。私はファンタジーが大好きだったから空き時間に彼にお話をしてあげただけよ。まさか彼がそれを真に受けて現実に反映させてしまうとは思わなかったの。」

マザーサキは意外な成り行きにあっけに取られていたが、やがて肩を振るわせて笑いをこらえている様子を示し、シローヌはお手上げだと言うように手を広げた。

現実世界に挿入されたサユミの趣味は少しずつ世界を変容させ始めていた。


それから10年の月日が流れた

「ねえ、お父さんもこの島で育ったの?。」

直樹の娘のレティシアが物思いにふける直樹を現実に引き戻した。

戦乱が終わってから直樹とマミは結婚した。長女のレティシアは八歳、長男のミツルは6歳になる。

「そうだね。ここで育ったとも言えるし、ほんの少ししか滞在しなかったとも言えるし。」

隣でマミが苦笑した。直樹たちは休暇を利用してレテ島を訪れていた。

直樹もマミもガイア連邦軍に籍を置いている。

シローヌやマザーサキと親しくする二人は、軍の中では微妙な立ち位置で、ともすれば浮いた存在になりがちだが、二人はさして気にもしていなかった。

一式艦長は今やレテ島を中心とした島嶼連邦の大統領だ。ルークはレテ島防衛艦隊の旗艦ドラゴンレディの艦長を務めていた。

かつての仲間に歓待してもらう合間に、直樹たちは家族水入らずの時間を持とうとランチボックスを抱えて町を見下ろす丘にピクニックに来たのだ。

景色のいい場所でランチを楽しんでいると、緊急通報のサインが聞こえた。通信機のスイッチを入れると、警備担当者の緊迫した声が流れた。

「キラービーの強行偵察隊が警戒網を突破しました。三体いるので注意してください。」

二千年に及んだハデスによる戦乱は二種の知的生命体を置きみやげとして人類に残していった。アントノイドとキラービーだ。

ハデスの思想の影響が強いキラービー種族は、人間・アントノイド連合と敵対関係にあったが、勢力的にはキラービーは劣勢だ。

しかし、彼らは自力で数百キロメートル飛ぶことが出来る。

生身の体だけで飛ぶ彼らは最高のステルス性能を発揮した。レーダーには絶対に映らないのだ。侵入した彼らは市民の誘拐や、機密情報の詐取などをする厄介な存在だった。

「まさかこの辺には来ないわよね。」

「いやそうでもないようだ。どこかに隠れよう。」

町と反対側の丘陵を越えて三つの点が低空で向かってくるのが見えていた。武器も持たない直樹たちは逃げるほかない。

直樹がレティシアを抱えて逃げようとすると、マミが手で制した。

レティシアは両手を組み合わせ、目を閉じて何かぶつぶつ言っている。

間近に迫ってきたキラービーの編隊をにむかって、レティシアは目を開けて叫んだ

「ファイア」

3体のキラービーは一瞬で炎に包まれた。

レティシアが放った炎の魔法は高温の炎となってキラービーの身体を焼き尽くしたが、勢いの付いた体は燃えながら地面をバウンドして直樹たちの方に転がってきた。

直樹はレティシアとミツルを両脇に抱え、マミと一緒に全速力で走ってキラービーの残骸の直撃を避けた。

直樹たちが居た場所を通り過ぎて静止したキラービーの体は、オレンジ色の炎をちろちろと上げながらくすぶっていた。

「レティシア、いつの間にこんな強力な魔法が使えるようになったんだ?」

直樹が娘のレティシアに問いかけると、彼女は無邪気な表情で答える。

「1学期の終わり頃に出来るようになったの。先生は危ないから使っちゃいけないって言ってたけど今のはいいでしょ?」

レティシアは直樹に叱られると思ったのか少し心配そうに付け加えたが、直樹は愛娘の頭をやさしく撫でてやった。

さゆみの仮想人格が意図せずに行ったいたずらのおかげで、人類には魔法を使えるものが出現し始めていた。

隣人としての二種の知的種族と、新たな可能性を秘めた人類の新しい時代が始まろうとしていた。

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星界のエリシオン 楠木 斉雄 @toshiokusunoki2018

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