第24話 最後の戦い

「ナオキ援護して。」

 マミの声がタナトスの通信リンクを通じて直樹の頭に響くのと同時に、彼女のタナトスは跳躍した。

 マミのタナトスがいた場所には跳躍した直後に白い光が閃く。

 ラダマンティス軍のタナトスタイプがレーザーで狙撃したのだ。

 直樹はスラスターをふかして跳躍しながらロングレーザーを使って真美を狙ったレーダーの発射点辺りを掃射したが、敵の姿はすでにない。

 直樹は最初の機動から更にスラスターを噴射して機体をスキッドさせ敵の姿を探したが、タナトスの光学系も追尾しきれなかったようでロックオンマーカーも外れている。

 もう一度軌道変更してから直樹は機体を着地させ次の跳躍に入ろうとした。

 しかし、直樹の機体の表面温度上昇アラートがけたたましく鳴り始め、直樹のタナトスの左腕が小爆発を起こした。

「しまった。」

 直樹がつぶやくのと同時に機体のアラートが直樹の頭に響く。

『左上腕部が消失しました。機体の他の部分の温度上昇は軽微、現在損傷部からのフルートの流失を止めています』

 闇雲に撃ったのは敵に位置を知らせたようなものだった。

 焦った直樹はタナトスの右腕だけでロングレーザーを操作し敵の射撃位置にフルパワーで射撃した。命中個所の温度が上昇して白熱してくるのが視認できる。

 直樹がターゲット周辺をクローズアップすると、白熱したシールドを目眩ましに残し、黒い影が横方向に跳躍したのがかすかに見えた。

 直樹は即座に跳躍した。跳ぶ前に直樹がいた場所には、民家らしい建物があったが、建物は高出力レーザーの直撃を受けて瞬時に燃え上がった。ガラス窓が砕け散ると共に火勢は更に強まる。

 跳躍して射撃姿勢に入ろうとした直樹のタナトスは、スラスターの出力バランスが狂ったように傾いて地面にたたきつけられた。

 レーザーの直撃を受けて片腕を吹き飛ばされたために、機体の自動制御バランスが崩れていた。

 直樹はタナトスの機体をごろごろと横に転がして、敵の狙撃を避けようとした。タナトスの横の地面が加熱され、土壌に含まれていた水蒸気が爆発する。

 大きな岩や土が上空まで跳ね上げられ、周囲に雨のように降り注ぎ、直樹が反撃しようとした時にはロングレーザーは土砂に埋もれていた。

 直樹は敵のレーザーに直撃されてタナトスの機体と一緒に燃え尽きるのを覚悟しながら、タナトスを立ちあがらせた。

 みすみすやられるよりは、右手に仕込まれたレーザーで反撃したかったからだ。

 しかし、予期していた攻撃は来なかった。敵のタナトスは、ロングライフルを放り出してレーザーソードを構える。

 その頭上から、セラミック製の刀を振りかざしたタナトスが襲いかかっていた。敵が直樹との撃ち合いに気を取られているうちに、マミが至近距離に迫っていたのだ。

 ラダマンティスへ軍と戦う時にマミは尋常でない憎悪の感情を示す。

 殺意が込められた刀が敵のタナトスを襲った。

 敵のタナトスは、直樹が両断したアントノイドと同じようにセラッミックの刀をレーザーソードで受けようとした。

 アントノイドは集合知性体なのですべての個体がそれを知っているはずだが、その記憶はラダマンティス軍の上層部には共有されていなかったのだ。

 マミのセラミックの刀は、敵のタナトスの頭部をまっぷたつに断ち割って左肩に深く食い込んでいた。動作系のシステムが破壊されたらしく左腕はだらりと垂れ下がる。

 しかし、敵はまだ動きを止めたわけではなかった。破断面からどろりとした紫色の液体をしたたらせながら、右手に持ったレーザーソードを振り回している。

 マミはレーザーソードを持った敵の腕を掴みながら叫んだ。

「ナオキ早く撃って」

 直樹もただ見ていたわけではない。直樹は実体弾を装填したタナトス小銃を背中のアタッチメントから取り外してジャンプした。

 そして、敵のタナトスの背後に回り込んでタナトス小銃の引き金を引いた。

「うおおおおお」

 タナトス小銃に装填されていた105ミリの強装徹甲弾をフルオートで連射すると、強い振動がタナトスを襲い、強烈な打撃力を秘めた砲弾は全て敵のタナトスの胴体に吸い込まれていく。

 直樹は弾切れのタナトス小銃をパージしながらもつれ合っているマミと敵のタナトス2体に近寄った。

 その時、敵のタナトスの脇腹から目にも止まらぬ速さで、もう1本の細身の操作肢が伸びるのが見えた。

 レーザーソードをつかんだ操作肢は自分の右腕もろともマミのタナトスをバラバラに切り刻んでいた。

「マミ」

 直樹の脳裏にマミの顔が浮かんだ。直樹は敵のタナトスと距離を取りながら右手のレーザーを連射する。

 直樹のレーザーソードは被弾して使用不能と表示が出ている。使える武器は右腕のレーザーのみだ。

「おまえがハデスなのか。」

 レーザーを連射しながら、直樹は問いかけていた。

「そうだといったらどうするのだ。」

 敵のパイロットの声がタナトスの通信リンク経由で伝わって来た。

 直樹は、後退しながらレーザーを乱射したが、敵のタナトスは次第に間合いを詰めてくる。

 ハデスのタナトスのボディは次第に灼熱していたが、機体が誘爆する前に直樹のレーザーのエネルギーは尽きた。

 同じ機体を操作していれば相手の状況はおおむね把握できるものだ。ハデスの機体も左腕は損傷して使用不能で、右腕は自ら切り落としてしまっている。

 しかし、クロノスのような追加の操作肢にはレーザーソードが握られていた。

 直樹はリロードを念じて右手を挙げたが今度は、レーザーのシステムが加熱した旨のアナウンスを始めた。

 緊急冷却にはしばらくかかる。

 レーザーソードを振りかざしたハデスのタナトスに向かって直樹は飛びかかると、胴体のコクピットの辺りに右手を押し当てて射撃を念じた。

 直樹の知覚にこれまで聞いたことのないアラートが鳴り響いた。

『加熱した状態で射撃をすると、レーザー本体が暴発する可能性があります。』

 強調文字のように明確なメッセージが直樹の頭に伝わる。

「緊急事態だ構わないから発射しろ」

『安全装置を解除しますか。YES・NO』

 クリアなメッセージは直樹の最終の判断を求めている。

 直樹は念じた『YES』。

 ズン

 衝撃音と共に直樹のタナトスの右腕は瞬時に吹き飛んでいた。

 爆風で双方の機体ははじき飛ばされた。

 両腕を失ったタナトスをどうにか起きあがらせると、ハデスの機体は、コクピットを中心とした胴体の中央付近に大穴が空き、穴は背中まで貫通していた。

 ハデスを倒した。

 直樹はそう思って安堵したが、ハデスの機体は動き始めた。

「何故だ、何故動ける」

 起きあがったハデスのタナトスから、彼の声が伝わってきた。

「残念だったな。私の体はとうの昔に機体に取り込まれ、思考を司る中枢は機体のあちこちに分散配置されている」

 ハデスの機体の操作肢がうなり、直樹の視界は暗転した。タナトスの頭部を吹き飛ばされたのだ。

「ガイア連邦が所有したタナトスさえ無力化したら私の優位性は変わらない。この星の人類を根絶したのちにゆっくりと新しい世界を作ってやる。」

「バカな、そんなことをしたらお前の存在自体が消滅してしまうのに、何の意味があるのだ。」

「わからないのか。私は新しい法則を持つ宇宙の造物主となるのだ。それさえ成し遂げれば思い残すことはない。」

「狂っている。」

 直樹はつぶやきながら周囲を見回した。

 サブシステムに切り替わって視界は回復したが直樹には為す術がない。このままタナトスの機体ごと、レーザーソードで切り裂かれるにちがいないと思った時に、ハデスが直樹に語りかけた。

「どうやら「直樹」の記憶が発現したようだな。二十年前に旧世界人の「直樹」の記憶を記録したチップを、私のクローン体に埋め込んだものの、旧世界人の記憶などかけらも発現しなかったため、またも失敗だと思っていたが、今頃記憶が発現するなど悪い冗談のようだ」

 リオルが旧世界人の記憶チップを埋めこまれていたという話は聞いた覚えがあったが、それがなぜハデスのクローン体に埋め込まれたのか直樹には理解できない。

「まて、僕の記憶をどうしてお前のクローン体に移植する必要があるんだ」

 レーザーソードを持ったハデスの操作氏がふわりと揺らめいた。

「知らなかったのか。この星に入植した直後にさゆみは「直樹」の遺伝情報に基づいたクローンに彼の記憶チップを埋め込んで復活を試みたがそれは失敗だった。そのクローン体に芽生えた新たな人格が私で、さゆみはアンドロイドの身体で私を我が子として育てたのだ。問題のチップは私の成長後に取り出され行方不明になっていたのだ」

 直樹の頭に様々な記憶の断片が渦巻いた。さゆみがハデスのことを自分の息子だと言ったのは記憶に新しいし、さまざまなレーザー装置が直樹のリロード命令に従うのは、ハデスのために調整されていたと考えればつじつまが合う。

「僕のクローンがこんな災厄を巻き起こしたというのか」

 直樹が絶望のなかで呟いて全てをあきらめた時、ハデスの機体の後ろに黒い機体がこつ然と現れた。

 ハデスが気づいてレーザーソード向けようとしたときには、その黒い機体は手に持った大きな刀を振るってハデスの機体を真っ二つに両断していた。

「久しぶりだな直樹。」

 直樹は聞き覚えのある声に耳を疑った。

「シンヤ。シンヤなのか」

 それは、ガイア連邦でラダマンティス軍との戦闘中に脱走したシンヤだった。

「助けに来てくれたのか。」

「形而上的にはそんなところだ。実際はハデスと私は相容れない関係でこの星で共存することは無理なのだ。それ故奴の息の根を止める機会を窺っていたがシローヌがハデスに対して攻勢をかけたので千載一遇のチャンスだと思い姿を現したという事さ」

 シンヤの機体が右腕のレーザーをハデスの機体に向けた時にハデスの声が二人の頭に響いた。

「ウイルオーウイスプ」

 それは、地球のヨーロッパ圏の言葉で鬼火を意味する単語だった。

「こいつ、今何と言ったんだ。」

 シンヤが訝しげにつぶやく

 それはシンヤにとっては意味不明の単語だった。

「ウイルオーウイスプ。アントノイドが個体レベルで意識を持つことを阻害するプログラムの解除コードだ。」

 シンヤのつぶやきにハデスが答えた。

 直樹はサユミとの会話を思い出した。莫大な数に増えたアントノイドが個体レベルで自意識を持つと、事象を観測する自意識を持った個体数が瞬時に増える。

 その時、アントノイドたちが現在の宇宙とは異なる物理法則を観測して確定させたら、それがこの宇宙の物理法則になるというのだ。

「私を追いつめたご褒美に、新たな宇宙の有り様を見せてやろう。最もそれを知覚できるとは思えないが。」

 ハデスの声が直樹の頭の中にクリアに響く。

 次の瞬間、直樹は立ちくらみに似た感覚を感じた。空間そのものが歪んでいくような不可思議な感覚。

 きっと次の瞬間に、直樹たちを構成している元素は新しい物理法則によって動き始め、あらゆる物が霧のように崩壊してしまうに違いない。

 直樹は自分の意識が消えるまでに変容の兆しを少しでも感じ取ろうとしたがそれ以上、何の変化も感じなかった。

「何故だ、何故何も起きない。」

 ハデスは動揺していた。

 彼は二千年に及ぶ年月をかけて周到に準備した計画が誤りだったのかと自問していたはずだが、答えにたどり着く前に彼の思索は断ち切られた。

 シンヤは、まだ動いているハデスのタナトスをレーザーソードを使って更にバラバラに切り刻んでいった。

 そして、地面に散乱したハデスのタナトスの残骸を一つずつレーザーで白熱するまで加熱していった。

 シンヤは淡々と作業を終えるとつぶやいた。

「こいつにはいろいろと恨みがあったが、あっけないものだな。」

「シンヤこの大陸までどうやって来たんだよ。」

「どうって、空を飛んで来たのに決まっているだろ。こいつで海を泳ぐことはできないからな。」

 その言葉と共にシンヤのタナトスの背中にある羽状の突起が輝きながら広がっていく。

 羽が開ききるとシンヤのタナトスはふわりと浮き上がった。

「直樹、何をしている。早くマミを助け出してやれ。俺がコクピットの解放コードを送っても所属不明機の指令は受けられないと拒絶するんだ。」

 その言葉を聞いて直樹ははじかれたように動き始めた。タナトスに自分のコクピットの緊急解放を命じると、タナトスは体勢を低くしてコクピットの扉を開けた。

 直樹の首の後から直樹の神経系に接続していたソケットが抜かれ、体の感覚が戻らないうちに、液体と一緒に地面に放り出される。

 直樹は座りこんだ態勢のタナトスの膝のあたりにバウンドして地面にたたきつけられたが肺の中まで詰まった液体は容易に出てこない。

 呼吸が出来なくて悶絶していると、いつの間にかラダマンティス帝国所属のアントノイドが直樹を取り囲んでいた。

 直樹はアントノイドに捕まえられてどこかに連れて行かれるのを予期したが、彼らは直樹の救助にとりかかっていた。

 数体のアントノイドは寄ってたかって直樹を助け起こすと、直樹のみぞおちをぐいと押しながら体を二つ折りにして肺の中の液体をはき出させた。

「ナオキさん。マミさんを助け出すことが出来ません。コクピットの開け方を教えてください。」

 一体のアントノイドが告げると、他の数体が一斉に直樹の体を担ぎ上げてマミのタナトスの残骸をめがけて運び始めた。さながら、アリに運ばれる別の虫といったところだ。

 直樹は失念していたが、彼らはもともと集合知性体だからその記憶が受け継がれ、直樹のことはすべてのアントノイドが旧知の友人くらいに思っているのだ。

 そして彼らにとっては仲良くしてくれたマミは尚更大事な存在だ。

 彼らはタナトスの残骸に閉じこめられているマミを助けようと必死だった。

 直樹の着ているパイロットスーツにもウエーブ通信を使ったインカムが装備されている。直樹がマミに呼びかけようと起動したらインカムからは予期しなかった声が流れ出た。

「所属不明のタナトスに告ぐ。乗っているのがシンヤなら、すぐに我々の元に返って来てくれ。脱走の件は不問にする。」

「シロさんか。無事で何よりだ。脱走を不問にする件だけ担保しておいてくれ。いつか又会おう。」

 いつの間にか遙か上空まで上昇していたシンヤのタナトスは、ズンという衝撃音と共に猛然と加速し、その姿はかき消したように見えなくなった。

「シローヌ生きていたのか」

「ワイバーンの飛行甲板で攻撃準備中だった艦載機が全てやられました。火災はまだ収まっていません」

「僕は、マミの救出にあたる」

「幸運を祈る」

 シローヌは一言言って通信を切った。

 マミのタナトスの残骸には数体のアントノイドが取り付いている。

「降ろしてくれ」担いでくれていたアントノイド達に告げると彼らはマミのタナトスのコクピットのあたりまで直樹を押し上げた。

 直樹はコクピットの緊急解放用のパネルをたたき割った。中にあるレバーを引くと、コクピットの扉はあっけなく開いた。

 中に充填されていた液体と共に流れ落ちたマミをアントノイド達が介抱する。

 肺の中の液体をはき出したマミは苦しそうに咳き込んでいるが、生きていた。

「マミ大丈夫か」

 直樹を認めたマミは弱々しくつぶやいた。

「暗闇の中で、いつ沈むかわからない輸送船に閉じこめられた夢を見ていた。その時私は冷たい水と濁った空気の中で、絶対に生き延びて自分を犯したラダマンティスの兵士を皆殺しにしてやると誓ったの」

 彼女は力なく咳き込んだ。

「戦いが終わり、ラダマンティスの人々があらかた滅びたと判っても私には喜びも達成感もなかったわ。私は自分が用済みのスクラップような気がする」

「そんなことはない。これから生きて自分の幸せを掴まなくてはいけないんだ」

 直樹はマミの細い体を抱きしめた。

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