第23話 ラダマンティス上陸作戦
タナトスの視覚センサーを通して直樹は次第に近づいてくる目標を見つめていた。
青緑色の海の海の向こうに、広大な平野を持つ大陸が広がっており、大陸の奥地にはエリシオンの対流圏の上に突き抜ける巨大山脈がそびえていた。
直樹たちは、ラダマンティス大陸を間近に臨む海域に侵攻していた。
直樹とマミが搭乗したタナトスは、ロングライフルを片手に持ち、航空母艦ワイバーンの飛行甲板に所在なげに立っていた。
連日、敵の拠点を空爆したパイロットや整備要員は疲労の色が濃い。
直樹はタナトスに内蔵された通信機能を使って真美に話しかけた。
「敵の航空部隊の基地は壊滅したみたいだね。」
首都をはさんで2個所ある敵の空軍基地は遙か彼方だが、ここからも視認できる黒煙を上げていた。艦載機部隊の爆撃で燃料集積所や弾薬庫が誘爆したのだ。
「ワイバーンの戦闘機パイロット達が話していたのだけど、ラダマンティス本土の戦闘機は手応えがないって」
真美は直接直樹の言葉には答えずに別の話題を振る。
彼女の答えは直樹の頭でマミの声として認識されているが、彼女も直樹もタナトスのコクピットで衝撃緩衝用の液体につけられているので実際は彼女の脳波から発声に該当する部分を拾って直樹に直接伝えているのだ。
「どういうことだ」
直樹は聞き返した。
「操縦が下手くそで、すぐに落とされるんだって。オケアノス海戦で闘った機動部隊の戦闘機とは比べものにならないくらい腕が落ちると言っていたわ。」
「それは、敵の戦闘機を人間ではなくてアントノイドが操縦しているということだろうか。」
「わたしはそんな気がする」
直樹の頭に懸念がふくれあがった。オケアノス海戦で捕虜になったラダマンティス艦の乗組員も一様に臨戦態勢を理由に1年近く本国に帰っていないと言っている。
「アントノイドが操縦していると言うことは、ウイルス性の疾患で人間のパイロットがいなくなってしまったことを意味しているかもしれない。果たしてこの大陸に生存者がいるのだろうか」
「航空偵察しても人影がほとんど見えないわ。」
マミの言いたいことはわかっていた。彼女はラダマンティスの住民は既にハデス王自らが蔓延させたウイルスで全滅してしまったのではないかと危惧しているのだ。
「おそらくほとんどの人間はウイルスにやられたのだろう。ここに来たのもシローヌが無人の都市に侵攻しても時間の無駄だから、唯一組織的な抵抗を示す首都近辺に上陸して雌雄を決すると言い出したからだ」
「どうしてハデスはそんなことをしたのかしら。自分を支持する国民を滅ぼしたら一人では何もできなくなるのに」
マミは淡々とした口調で続ける。
彼女の言葉はタナトスのシステムが彼女の脳波を拾って音声として伝えている。マミはタナトスのコクピットで謎の液体につけられているので本当は話すこともできない。
マミのタナトスは彼方に見えるヒュプノスと呼ばれる都市を見つめていた。彼女の仕草が反映されるのでタナトスが物憂そうに眺めているようだ。
「ハデス王はガイア連邦に上陸していた侵攻部隊が連邦をすべて攻め滅ぼすのと同時に、アントノイドを大量増殖させたかったのだろうな。彼にしてみればすべてを滅ぼそうとしているのだから躊躇する必要はない」
直樹は隣にいるマミのタナトスがため息をついたような気がした。
「ナオキ見て。強襲揚陸艦から上陸用ホーバーが発進していく」
マミの言葉を聞いて直樹は海岸に意識を向けた。タナトスのメインカメラのズーム機能が海岸の光景を引き寄せてくれる。
小一時間前から軽巡洋艦と駆逐艦数隻が海岸に接近して艦砲射撃を続けていた。
敵の砲火は艦砲射撃で制圧されたように見えていたが、十隻の上陸用ホーバーが海岸に迫ると、これまで隠されていた砲台やロケットランチャーが一斉に攻撃を始めた。
「あんなに沢山隠れていたんだな」
「無駄口叩いていないで自分の受け持ち範囲の発射点を確認しなさいよ」
マミに言われるまでもなく直樹は視野の中で線引きされた割り当てエリアの発射点にマークを入れていた。タナトスと直樹のインターーフェースは次第に強固になっていて、視野の中でここだと意識すると映像上にアイコンが設置できるようになっていた。
マミのタナトスも同様の作業をしている。タナトスとデータリンクしたシローヌの端末では全艦隊の偵察員の報告と合わせて、敵の火器分布マップが作られているはずだ。
上陸用ホーバーは海岸にたどり着くまでに全滅したが、それらはダミーだった。無人の上陸用ホーバーを海岸に向けて走らせたのだ。
「ナオキとマミは駆逐艦ブリザードに乗り移ってくれ。30分後に全艦隊が援護砲撃を開始する」
駆逐艦のブリザードは、ガイア艦隊とラダマンティス本国艦隊が戦ったオケアノス海の海戦で上部構造物が大破していた。
今回の上陸作戦で、タナトス二機を上陸させるために、海岸まで乗り上げて使い捨てるために回航されたのだ。
直樹とマミはスラスターを使って飛び上がると慎重にブリザードの前部甲板に降り立った。
入れ替わりにブリザードから十数名の乗組員がワイバーンに乗り移る。既に負傷者や当面不要な乗組員は移乗が終わっていて、操艦に必要な最低限の乗員だけが残っていた。
空母から離れたブリザードは次第に速度を上げながらラダマンティスの首都にほど近いヒュプノス海岸に進路を向けた。
ガイア連邦の連合艦隊の残存艦は対潜哨戒部隊以外は殆どが海岸近くに集結し始めた。
そして各艦はシローヌが指示した敵の火器の所在位置に向けて砲撃を開始した。
「私たちにも射撃指示が来ているわよ」
直樹の視野にも、シローヌが指示するカーソルが現れていた。
「洞窟陣地だ。艦砲射撃よりもレーザーの方が効果があると判断したんだろう」
シローヌは卓越した指揮の能力を発揮していた。短時間の内に艦隊の各艦や直樹たちに使用火器の特製に応じた攻撃目標を割り振ったのだ。
マミは駆逐艦の甲板上で膝射の姿勢でロングライフルの射撃を始めた。直樹も同様に射撃を始める。高出力レーザーの数回の射撃で洞窟内で誘爆が起きた。
上陸ポイントの砂浜が目前に見えてきたころ、駆逐艦ブリザードの船体が衝撃で揺らいだ。
後方を振り返ると駆逐艦の後部は炎に包まれていた。ヒマリア艦隊が総力を挙げた砲撃で敵を壊滅させたのではないかという直樹の期待は裏切られた。
「ナオキ、マミ新手の敵だ。クロノスが2機とタナトスタイプが2機出現した。南側の海岸が崖になった丘陵地帯にクロノス2機、砂浜の奥の平野にタナトスタイプ2機だ。艦上にいてはねらい打ちにされる。海岸まで跳べ」
シローヌの声だった。直樹とマミは即座にフルパワーでジャンプした。直樹もマミもシローヌの指示を聞き返して時間を無駄にする愚はおかさなくなっていた。
シローヌからはデータリンクで敵の座標が送られてきた。クロノスとは中脚があるアントノイド仕様のロボットだ。直樹とマミは敵のタナトスタイプのロボットとは、まだ戦闘したことがない。
直樹の意志に反応して目の前に自己位置と敵の座標を示した平面図が現れる
「右手のは僕がやる。マミは正面の奴を狙え」
「わかった」
背後で、駆逐艦ブリザードに閃光が走るのが見えた。2撃目が命中したのだ。
放物線を描いて跳ぶと着地位置を狙われるのは常識だ。直樹は着地直前にスラスターを吹かして真上に跳んだ。マミも同じことを考えたようだが彼女は軌道を修正して更に陸の奥に向けて跳躍する。
足元の地面には敵のクロノスが発射したレーザーが命中したらしく水蒸気爆発が起こった。
直樹のタナトスは高く舞い上がったので遮蔽物に隠れていたつもりのクロノスは丸見えになった。直樹は空中からロングライフルをフルパワーで射撃した。
ズン
衝撃波で直樹のタナトスの機体が揺らいだ。敵のクロノスがいた辺りには爆発の大きな火球が広がっていった。
直樹が着地に備えようとしたとき、タナトスのアラートが鳴り響いた。
「機体の表面温度が急上昇しています」
レーザーを照射されたのだ。直樹の意志に反応したタナトスは瞬時に横方向にステップした。
しかし、直樹のタナトスが右手に持っていたロングライフルは機関部が爆発を起こす。
敵のクロノスが射撃したレーザー光線が命中したのだ。
ロングライフルが暴発した爆風で直樹のタナトスははじき飛ばされていた。地面にたたきつけられて2回3回とバウンドする。
「く、やられる」
敵のクロノス一体は無傷だ。態勢を整えるまでに2撃目を照射されると思った時、敵のいた辺りに連続して爆発が起きた。
直樹がタナトスを立て直しても爆発は続いた。シローヌが指示して沖合の艦隊が斉射しているのだ。
しかし、爆炎の中からクロノスが飛び出してくると、沖合に向けて右手から数回閃光を発射した。
沖合二十キロメートルほどの所にいる艦隊の数隻が炎に包まれていくのが見えた。
「やめろ」
直樹はビームソードを前に構えてタナトスを突進させた。
ドン
鈍い音と共に直樹はたたきつけられたような衝撃を受けた。衝撃緩衝用の液体に封じ込まれていなかったら全身打撲で死んでいたはずだ。
敵のクロノスと直樹のタナトスはもつれ合うように倒れた。ビームソードが刺さっただけ、敵のクロノスのダメージが大きかったようだ。
先に立ちあがった直樹はタナトスの右手に仕込まれたレーザーを至近距離から立て続けに発射した。
クロノスのボディや脚の命中個所には加熱による赤い斑点が出来た。命中が重なると黄色から白色に変化していった。
一瞬遅れて敵のクロノスも立ちあがると直樹と同じように右手のレーザーをこちらに発射し始めた。再びタナトスの機体表面の加熱警報が鳴り始める。
しかし、次の瞬間にクロノスは爆発を起こした。爆風で吹き飛ばされた直樹のタナトスの頭上に炎と煙の固まりが立ち上っていく。
直樹はタナトスを立て直すと海岸から内陸の平野に向かって進んだ。平野部にいる敵のタナトスタイプ2機に立ち向かったマミが心配だった。
海岸から内陸に進むとそこは畑が広がる田園地帯となっている。しかし、畑に穀物は見あたらず雑草が生い茂っていた。
そして、畑の中ほどには直径30メートルほどのクレーターがあり煙が立ち上っている。
周囲の雑草や住居に燃え移った火災は延焼していた。タナトスクラスのロボットが爆発炎上した跡のようだ。
平野を見渡すとあちこちに炎上している車両や建物も見える。艦隊からの砲撃の痕だ。しかしタナトスの姿は見えなかった。
その時、建物の影から黒い影が飛び出した。後を追うように別の影も飛び出す。
後ろから追っている影はジャンプしながら実体弾を連射している。
後者がマミだ
ラダマンティス軍は実体弾の武器を装備していないからだ。
直樹は右手のレーザーをリロードすると、先に飛び出した敵のタナトスの着地位置を狙って、フルパワーのレーザーの連続照射で薙ぎ払った。
敵のタナトスの腕が吹っ飛んだのが見えた。再攻撃しようとすると右腕のレーザーからはピンポロパンポロというのどかな警告音と共に「システムが過熱しました。緊急冷却を開始します。」と音声が響く。
連続使用しすぎて加熱したのだ。
損傷を受けたタナトスがうろたえているところに、黒い影が飛びかかっていった。
2つの影が交錯した後、そこで盛大な爆発が起きた。そして、飛び散る破片から逃れように高速で離脱する機体が見えた。
「マミ無事か」
「ありがと。おかげで敵のタナトスを退治できたわ」
彼女は無事だった。直樹はマミの近くに行く途中でマミがパージしていたロングライフルを拾った。
エネルギーを使い果たしていたようだ。直樹が銃身を上に向けながらリロードを念じると、次の瞬間にはロングライフルにはエネルギーが充填される。
エネルギーのリロードはさゆみが直樹のクローン用に調整した仕様の一つだ。それは生体認証のおかげでオリジナルの直樹にも適用される。
マミと直樹が合流したとき、シローヌからの通信が入った。
「沿岸砲を殆ど無力化しました。これから陸上部隊の上陸を開始します」
直樹とマミがタナトスの腕でハイタッチをして喜んでいるときに、内陸から沖合に向けて白い閃光が走るのが見えた。
沖合いに見える空母の船影が爆発を起こし、見る間に火災が広がっていく。シローヌや仲間達が乗っているワイバーンだ。
「あそこにまだ一機いる」
マミが示した内陸の丘の上にはロングライフルを構えたタナトスタイプのシルエットが佇んでいた。
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