第22話 オケアノス海の悪夢

 数日後、シローヌの指揮する艦隊はラダマンティス侵攻作戦を開始した。

 オケアノス海を疾走する空母ワイバーンの飛行甲板上で、直樹とシローヌは特殊攻撃機クラブハンターに乗り込み発進準備を整えていた。

 ラダマンティス帝国の本土に上陸するべく出港した大量の輸送船とそれを護衛するガイア連邦の連合艦隊はオケアノス海を半分も行かないうちにラダマンティス帝国の艦隊に捕捉され、艦隊戦となったのだ。

 幸い、レーダーで敵の接近を探知して戦艦を中心とする水上打撃部隊が前面に出て、輸送船部隊は退避する余裕があった。

 タナトス部隊を搭載した空母ワイバーンと僚艦のブルードラゴンも輸送艦隊の護衛を兼ねて双方の艦隊の激突の場からは離れていた。

 しかし、ガイア連保の連合艦隊の旗色は思わしくなかった。シローヌは支援のために、特別攻撃機クラブハンターを飛ばして敵の主力艦を攻撃して連邦の艦隊を援護すると言い出したのだ。

「カタパルトのリニアアクセレータ充電よし、発進可能です」

「前方の進路クリア、クラブハンター1、バルキリー3、バルキリー4発進位置に移動してください」

「バウンドドッグ7から通信、燃料残量わずか。攻撃部隊発艦後はすぐにアレスターフックの用意を」

「飛行甲板後部の予備の戦闘機を前に移せ、着艦用エリアを確保しろ」

 インカムにはブリッジと飛行甲板上のやり取りがひっきりなしに飛び込んでくる。

 今日はレティシアとカンナがクラブハンターの護衛に飛ぶ予定だ。マミはタナトスのパイロットなので出撃は見合わされている。

 そしてラダマンティス海軍は総力で迎撃していた。

「直樹、今日のターゲットは敵の新型戦艦2隻だ。ヒルデガルドのように舷側の装甲ベルトを破壊してやれば、ガイア艦隊の攻撃がヒットする確率は上がる」

「ガイア艦隊は苦戦しているのか」

 直樹の質問にシローヌが答えるまで少し間があった。

「主力艦のヒミコが主砲塔に直撃弾を受け、誘爆を起こして沈んだ。敵の新型戦艦とまともに交戦できるのはビクトリアだけだ。今は日没後に魚雷戦を仕掛けるために駆逐艦部隊が接近している」

 彼の口ぶりからしてガイア連邦の旗色はすこぶる悪いようだ。使えるものは使うべくクラブハンターも投入することにしたらしい。

「空母で接近して甲板上からタナトスで狙撃する方法は使えないのか」

「それも考えたが、敵の戦艦の射程距離を考えると、空母ごと一撃で沈められる可能性がある。タナトスもパイロットもろとも海の藻屑だ」

 直樹は黙ってクラブハンターを移動させた。甲板の前端にあるカタパルトにセットして射出してもらうためだ。

 カタパルト要員が手まねで準備OKを告げ、ブリッジの指令と共に直樹の操縦するクラブハンターはカタパルトで射出された。。

 カタパルトの猛烈な加速で発射された直樹のクラブハンターは主脚を収納するとそのまま高度を上げていく。

「バルキリー3、4と編隊を汲むか?」

「編隊は組まなくていい、彼女たちは適切なポジションからフォローしてくれる」

 要するに、生物=機械退治のフライトと同じということだ。両艦隊が交戦している海域は直樹が思っているよりも近かった。

 並行して高速度で走る双方の艦隊が20キロメートルを超える距離で砲撃戦を行っている。

「手前がガイア連邦の連合艦隊、向こう側に見えるのがラダマンティス艦隊だ」

 二つの艦隊が航行してきた後方にはたくさんの煙が見える。

 被弾して沈んだ船が誘爆した時の煙や海面に浮かんで燃え続ける重油の煙だ。

「バルキリー3よりクラブハンターへ、進路そのままでどうぞ。敵の新型戦艦の一隻は右舷にビクトリアの主砲弾を受けて大規模な火災が発生、消火できずに後退しています」

 ガイア連邦の艦隊上空をパスする頃にカンナから通信が入った。

「直樹このまま高度を下げて、敵の装甲板が溶け落ちるまで照射しろ」

 対ヒルデガルド戦では温度差のために装甲ベルトが砕けて崩落したのだが、細かいことはどうでもよかった。直樹はシローヌの指令通りに高度を下げると照準サイトの中央にとらえた艦影に向かってトリガーを引き続けた。

 高出力レーザー兵器のアニヒレーターはフルパワー照射をつづけたので、コクピットの足もとにある設置位置からくぐもった緊急冷却のアナウンスが聞こえ始める。

 レミーが冷却用のエアインテークと排気用エアダクトを装備したのでコクピット内に熱風が入ることはなかった。

 敵の新型戦艦の上をローパスする時、直樹とシローヌの耳に地鳴りのような低い音が響いた。

 同時に新型戦艦の船体が急激に傾く。

「うまくいったぞ」

 いつもは冷静なシローヌが歓声を上げる。

「直樹、引き返して成果を確認したら帰投しよう」

「了解」

 直樹はインメマルターンで方向を変え、元の方向に戻って再び戦艦の上を通過した。

 戦艦は少し傾斜している。そしてその向こう側からガイア連邦の駆逐艦部隊が横列で間近まで迫っていた。

 直樹たちが見ている前で駆逐艦部隊は一斉に90度回頭すると舷側から何かを発射していく。

 発射された物体は水中で白い航跡を残しながらラダマンティスの艦隊に向かい始めた。

「駆逐艦部隊の魚雷攻撃だ。この距離なら当たる」

 シローヌが嬉しそうにつぶやいた時、ラダマンティスの主力戦艦の舷側近くで大きな水柱が上がった。

 ガイア連邦の射撃した主砲弾が海面に着弾したのだが、それは最悪のタイミングだった。

 砲弾の爆圧を受けた魚雷は誘爆しそれが他の魚雷も巻き込んでいく。

 ガイア艦隊が魚雷攻撃した他の艦艇は次々と魚雷が命中した水柱が上がり、急激に船足が落ちて脱落していくが、肝心の敵の主力戦艦には1本の魚雷も命中しなかった。

「リアタックはできないのか」

「魚雷を再装填するには20分はかかる。その間に巡洋艦クラス以上の敵艦に逆襲されたら全滅してしまう」

 シローヌは直樹に答えてから考え込んでいる。

 シローヌの言葉通りに駆逐艦隊はさらに回頭して逃げ始めるが、一隻は回頭せずに煙幕を張って僚艦を守ろうとしていた。

「直樹、アニヒレーターはどれくらいで使用可能になる?」

「さっきから冷却しているからあと10分くらいで使えるはずだ。その前にチャージしておこう」

 直樹はクラブハンターの速度を上げてから一気に機首を上げてリロードをイメージした。コクピットからエネルギーゲージは見えないがチャージできたはずだ。

 その間に、ラダマンティスの無傷だった重巡洋艦が煙幕を張っているガイア連邦の駆逐艦に接近して攻撃を始めた。

 駆逐艦も主砲で反撃するが重巡洋艦の砲撃に薄い装甲を撃ち抜かれ、たちまち炎に包まれていく。

「あの重巡洋艦の足を止めてくれ。それをやり終えたら帰投しよう」

「こちらバルキリー4、クラブハンターいつまでかかっているの。敵の戦闘機がウロウロしているから早く任務を終わらせて!」

 シローヌの声にかぶさるようにレティシアの声がインカムに響いた。

「わかった。あと10分持ちこたえてくれ」

 シローヌがレティシアに答える声は心なしか優しく聞こえる。

 直樹のクラブハンターはまるでラダマンティス艦隊の護衛戦闘機のように艦隊上空を飛び回ってアニヒレーターの冷却が終わるのを待った。

「低空を敵の戦闘機がウロウロしているのに対空砲火が一発も飛んでこないな」

「艦隊戦の最中は敵艦隊に意識を集中しているから空なんか誰も見ていないのだな」

 シローヌと直樹がジリジリしながら会話している間にアニヒレーターの緊急冷却モードは終わった。

「シロさん、射撃可能だ」

「直樹、あの重巡洋艦を攻撃してくれ。後上方から後部甲板か主砲塔の一つを撃ち抜くんだ」

 直樹はクラブハンターの機体をロールさせてから急上昇し、さらに九十度近くロールさせて操縦桿を引く。

 じわじわと旋回しながら追いすがるよりもらせん状に旋回して一気に後ろにつけたほうが軸線を合わせやすいからだ。

 その時、新たに通信が飛び込んできた。

「クラブハンター逃げて。こちらバルキリー3、上空で敵戦闘機と交戦中に低高度から別の2機に侵入された」

 直樹は即座に回避行動に移ろうとしたが操縦桿は動かなかった。シローヌが後部座席の操縦かんを押えていたのだ。

「直樹、そのまま撃て」

 その時、直樹たちの横を炎に包まれた敵の戦闘機が通過した。直後にワスプ戦闘機が続き、コクピットのパイロットが敬礼する姿がちらりと見えた。さらに後ろかラダマンティス軍の戦闘機が機銃を掃射しながら通過する。

 炎に包まれていた戦闘機はきりもみ上に海面に落ちていき、残りの2機はもつれ合うようにして雲に隠れて見えなくなる。

 直樹は照準用のリフレクターサイトに映る敵の重巡洋艦にむけてトリガーを引いた。

 クラブハンターの機首から伸びる光線は船尾の甲板から主砲塔まで焼きながら貫いていき、艦の内部から大きな炎が膨れ上がった。

「よし、十分だ帰投しよう」

 シローヌは満足そうな声で直樹に告げる。

 直樹が母艦のワイバーンに着艦すると、飛行甲板やブリッジはあちこちで焼け焦げていた。

 飛行甲板の隅には無残に破壊された戦闘機も数機見える

 飛行甲板にはマミのタナトスが寝かされた状態で固定されていた。

「一体何が起きたんだ」

 機体から降りたシローヌがつぶやいたところに、艦内から衛生兵が飛び出してくる。

「直樹さん、ミツルさんが重傷です。すぐに会いに行ってあげて」

 直樹の中にたとえようもなく嫌な予感が走る。

 そしてそれは、艦内の診療室入った時に現実となってのしかかってきた。

 ミツルはベッドに寝かされて何かの点滴を受けているが、その体のへその辺りから下は無くなっていた。

 ベッドのそばには沈痛な表情のレミーとマミが立っている。

 致命傷のはずだが、ミツルはまだ意識を保っていた。

「直樹さん」

 ミツルが弱々しく伸ばした手を直樹が握る。

「僕が最後にみんなに会いたいと思ったからきっと神様が時間をくれたんですね」

 彼にとってはサンドッグのクルーが家族の代わりだった。ワイバーンに所属が変わった今でもその頃のメンバーに会いたいと思ったのだ。

「敵の潜水艦が浮上してきたと思ったら、そいつの甲板上にクロノスが載っていたんだ。おそらく潜水中も艦の船殻外の水中でへばりついていたのだな」

「私がタナトスに乗ってロングレーザーで射撃して潜水艦ごと沈めたけど。それまでにワイバーンや周囲の船がレーザーで撃たれて、飛行甲板にいたミツルも巻き込まれたの」

 レミーとマミが口々に状況を説明する。

 マミはミツルの髪をそっと撫でた。

「ミツルー」

 直樹たちより少し遅れてカンナが駆け寄ってきた。彼女もミツルの手を握る。

「いつかみんなで平和に暮らせる日が来たらいいですね」

 ミツルはそれだけ言うとゆっくりと目を閉じる。

 診療室は静寂に包まれた。

 その時カンナは一度口ごもってからシローヌに呼び掛けた。

「シロさん」

「なんだ」

 シローヌは少し不審げな表情で答える。

「シロさん。レティシアが敵に撃墜されたの」

 シローヌは口を開いたまま凝固した。

「どうしてそんなことに」

 シローヌの代わりのように直樹が尋ねると、カンナは泣きながら答える。

「低高度で敵機に後ろに付かれてしまうと振り切るのは難しいのよ。直樹たちが攻撃態勢に入って回避しないからレティシアはクラブハンターを攻撃しようとしていた2機のうち先頭の敵機に無理やり攻撃をかけて、敵の2番機に捕捉されたの」

 シローヌはしばらくしてからゆっくりと言った。

「しばらく一人にしてくれないか」

 シローヌはよろめくように診療室を出ていった。

 居合わせた皆は見守るしかなかった。

「連合艦隊から通信が入りました。駆逐艦部隊が夜間攻撃で反撃して敵艦隊は壊滅したようです」

 勢いよく飛び込んできた士官は、場の雰囲気に気づいて口をつぐんだ。

「いいんだ。ありがとう」

 レミーがゆっくりと士官に告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る