第21話 クラブハンターの称号

 ガイア連邦の首都攻防戦から二ヶ月が過ぎた。

 マザーサキとシローヌは直樹とマミを宮廷の地下に案内した。

 さゆみの仮想人格が保管されている霊廟だ。

 マミの記憶の混乱は二、三日で元に戻ったが、彼女の表情には未だに暗い影が残る。

 霊廟に入るとそこには先客がいた。さゆみのフォログラムと対話をしていたそいつはこちらに振り返る。

「やあ、ナオキさんにマミさんご無沙汰していました。お元気ですか」

「なぜここにアントノイドがいる」

 直樹は思わず大きな声を出していた。

「彼は、マミがバラバラに切り刻んだ敵のクロノスから救出されたのです」

 さゆみが簡潔に告げると、彼は悪びれる様子もなく中脚を上げて挨拶した。

 アントノイドは集合知性体なので、レテ島で直樹らの宿舎に出没していた「アントン」として直樹たちと会話した記憶を引き継いでいるのだ。

「よくも平然として話が出来るわね。あなたはスパイとして私たちの情報を収集していたのでしょう。」

 マミは相手が「アントン」であるかのように会話する。

 アントンが直樹たちの武術の練習に潜り込んだために直樹たちがビームソードを使って闘う間合いや攻撃パターンは全アントノイドが知ることとなったのだ。

 敵のクロノスのパイロットが彼らであることに気づくのが遅れていたら、直樹たちは彼らが繰り出す中脚を使ったビームソードの奇襲攻撃で切り刻まれていたかもしれない。

「あなた方があれのパイロットだとは知りませんでした。もっとも、知っていても手加減はしませんよ。」

 アントノイドの言葉に、マミの髪の毛が少し逆立った。

 そのとき、サユミがパンパンと手を鳴らして直樹たちに注意を促した。フォログラムなのにちゃんと効果音も出せるらしい。

「ここはアントンちゃんの査問委員会ではありません。彼にいろいろと教えてもらうために旧知のあなた達にも来てもらったのです」

「そのアントンという名前はやめてくれよ」

「何か名前がないと不便でしょう。ちょうどマミちゃんが命名していたことですし」

 直樹の抗議はさゆみに一蹴された。

 サユミの目論見は雑談的に会話をする中で彼から情報を引き出そうというものだった。

 テーブルを囲んで話を始めると彼女の考えは当たっていると思えた。アントンは話好きでよくしゃべるのだ。

 マザーサキが世間話の間に敵の核心に迫る質問をはさむ。

「あなた達はそもそも何故ラダマンティスの軍の手伝いをしているのです」

「私にとってハデス様はあなた方の神に等しい存在です。地球産の外骨格生物をベースに私たちを設計したのですからね。私を知性化したのも彼なのだから言うことを聞くのは当然ではありませんか」

 アントンはよどみなく答える。集合知性体である彼らには秘密という概念がないのかもしれなかった。

「ハデス王が考えている別の宇宙の知的存在のことは聞いたことがあるかい」

 直樹は思わず当面の軍事作戦とは関係のないことに話を振ってしまった。

「彼は、古代文明のエネルギー源となっていた空間のエネルギーを更に効率よく活用しようと研究していて、その存在と接触したと言っています。その知性体は、この宇宙に探査活動に来ている時に、自分たちの宇宙が物理法則のレベルで揺らいだので戻れなくなり我々の宇宙に取り残されたと主張していたそうです」

 直樹たちは顔を見合わせた。長年の謎をアントンがあっさりとしゃべってくれる可能性がある。

「それでは彼は何故人類を滅ぼそうとしているのかしら」

 今度はマザーサキが質問した。

「簡単な理由です。彼は強い人間原理に基づいてその「存在」が属していた宇宙を揺るがしたのが自分たちだと気が付きました。その原因は彼らの宇宙と自分たちの宇宙をエネルギープラントによってつなげてしまったこと。そして人類という知的生命体の数が圧倒的に多かったために人類の生存に適した物理法則が彼らの宇宙にも適応されてしまったことだと考えたのです。つまり人類という事象の観測者の数が多いためにひとつながりになった彼らの宇宙の法則を自分たちの宇宙の法則に書き変えてしまったのだというのです。彼の理屈では人類を滅ぼした上で、その「存在」を十分な数に増やして彼らの生存に適した宇宙の物理法則を信じさせることが出来たら、この宇宙の法則が「存在」に適した法則に変化するということです」

 直樹はいやな可能性があることに気が付いた。

「その存在は今どこにいるか教えてくれないか」

 アントンは前足で自分の頭部を指し示す。

「お気づきになったようですね。私とキラービーです」

「でも君たちは集合知性体だから数としては二つの知性体にしかならない。」

「私を構成する個体は、あなた方のいうチューリングテストで知的生命体と認められるボーダーラインのレベルです。」

 彼は前脚で再び自分の頭部を指した。

「彼が必要な知識を私に与えた上で、最後の一押しをすれば。私は膨大な数の私達に変化します。そしてその時に与えられた情報に基づいて私たちが事象を観測することによって、この宇宙は別の法則を持った宇宙に変容するのです」

「狂っている」

 シローヌがつぶやいた。わめき出しそうなシローヌを直樹は手で制して言う。

「その最後の一押しはどうやって行うんだ」

「それはキーワードのようなものらしいのですが、私も知りません。知った瞬間に私は私達に変化することでしょう」

 霊廟の中を沈黙が支配した。やがてさゆみが口を開いた。

「アントノイドやキラービーは生物=機械の中では少数派だったはずです。今あなたの構成個体数はどれくらいかしら。」

 アントンは少し間をおいて答えた。

「今私は百三十六億五千八百七十三万二千百四十八個体から成っています。夕方までにあらたに加わる個体が二百万ほどです」

 直樹は彼が答えるまでの間の意味に気がついて眩暈がした。彼は自分だけに通じる「糸電話」で点呼を取っていたのだ。そして、直樹はもう一つの疑問に気がついた。

「それほど急激に増えるためには膨大な量の餌が必要だ。ハデスはどこからそれを調達したんだ。」

「簡単なことです。昨年からラダマンティス大陸をヒトのウイルス性疾患が席捲しました。致死性で治療方法はありません。それ以上の蔓延を避けるためにハデス王は王立の療養所に患者を集めました。集められた予後不良の患者達は私とキラービーの個体増殖のために使われました。」

 マザーサキが立ちあがり、彼女の椅子が大きな音を立てて床に倒れた。

「そのウイルスはハデス自身がばらまいたのよ」

「二千年前と同じ手口ね」

 マザーサキの言葉にさゆみが同意する。

「私は緊急議会を招集してラダマンティスの住民の救出ミッションを提案します」

 青白い顔をしてマザーサキが宣言した。

「それは、ハデス王を倒して住民を解放するということね。」

 問いかけるさゆみのフォログラムに向かってマザーサキは何度もうなずいた。

「私に同意を得る必要はないから行きなさい。早くしないと生存者がいなくなってしまう」

 マザーサキは駈けだしていった。さゆみのフォログラムはため息をつくと言う。

「この国の議会はいつの時代も日和見で安全第一主義だから他国に踏みつけにされても侵攻作戦の許可が下りなかったのね」

 シローヌが唇を噛んでうなずいた。

「アントノイドはこれ以上情報を与えないように幽閉したほうがいい」

 直樹の言葉にさゆみは首を振る。

「いいえ、彼は私の相手にちょうどいいわ。三体ともお客さんとしてここに逗留してもらいます。そして、いろいろなことを勉強してもらいます」

 直樹がシローヌの顔を見ると彼はうなずいた。さゆみの仮想人格に任せる気らしい。

 アントノイドを残して霊廟を出ようとしたとき、さゆみのフォログラムは直樹を手招きした。

 直樹が近寄ると彼女は手のひらの上に浮き上がった数字とアルファベットの配列を見せた。

「この文字列をシローヌに教えてあげて。」

 あっさりと言う彼女に、そう簡単に憶えられないと答えようとして直樹は口をつぐんだ。その配列は直樹が憶えやすい配列だった。

「午後のフライトも気をつけてね。」

 手を振って見送ってくれる彼女の姿はかわいらしい。

 誰にもわからないのをいいことに彼女は直樹に会う度にコスプレをして遊んでいた。

 今日はセーラー服をベースに軍艦の砲塔や魚雷発射管のオブジェを配置した出で立ちだ。

 地上に戻るエレベーターの中で直樹はシローヌに告げた。

「シロさん。今から伝える文字列をキーにして検索することはできるか?。」

 直樹が伝えた文字列を 彼は自分のタブレットに入力した。

「あ、これかな。」

 彼はメールを開いて見せた。

「ハデス王が使っているウイルスに対するワクチンの処方を示している。彼女はこの情報の存在はアントノイドに知られたくなかったのですね。下のテキストは私には読めない文字だ。何て書いてあるのかな。」

 彼は画面を見せてくれた。そこには、日本語フォントの文字が並んでいた。

『ハデスはかつては私の息子でした。彼が奇怪な思想に取り憑かれて人類を滅ぼそうとした時、私はタナトスを駆って闘いました。一時は彼を追いつめることに成功したのに私は彼を殺すことをためらい、逆に乗機を切り刻まれました。どうか彼の長く続いた悪夢に終止符を打ってください』

 この文字を使ったのは他の人間に知られたくなかったからだろう。直樹は少し端折ってシローヌに伝えた。

「ハデスの長く続いた悪夢に終止符を打ってやれと書いてある」

「すごい、読めるんですね。それにさっきの文字列もどうやって一瞬で憶えたのですか」

「あれは、僕と彼女の誕生日の日付が並べてあったんだ。」

 シローヌが直樹を見る目に畏怖の色が加わった。

「あなたの中身は本当に古代の地球人なんですね」

「今となっては関係ないことだ。今日もクラブハントンに出かけよう」

 直樹とシローヌはペアを組んで特殊攻撃機クラブハンターで任務をこなしている。操縦技術はマミやレティシアたちに寄ってたかって教え込まれたばかりだ。

 それは、文字通り血反吐を吐くような猛特訓だった。

 直樹とシローヌ、そしてマミが首都郊外の空港に着くと、レティシアが出迎えた。

「おかえりなさい。今日は私も護衛で飛ぶからね。」

 シローヌよりも少し身長が高い彼女はシローヌの顔を自分の胸に埋めるように抱きしめた。

 直樹とマミは顔を見合わせてニヤニヤしながらその場を離れた。

「シロさんとレティシアが付き合い始めたのも意外だったわね」

 それは仲間内では公然の事実だった。

「ミツルの推理ではシローヌみたいなタイプはマザコン気味だから巨乳に弱いということらしいよ」

「うーん、わかるようなわからないような。彼女がシロさんと結婚したらもしかして王妃になったりするのかしらね」

「シロさんに言わすと、彼が王位継承することは絶対にないそうだ。彼はマザーサキの補佐役に徹するつもりらしい」

 直樹とマミにとってシローヌは、うるさ型の上司であるのと同時に年下のかわいらしい少年なので、立ち位置は微妙だった

 1時間後に直樹とシローヌは空港を離陸した。

 特殊攻撃機といっても外観はワスプ戦闘機と大差はない。対戦車攻撃用にプロペラシャフトを太くして大口径機関砲を搭載しようとしていた複座の試作機をレミーが見つけたのだ。

 彼は本来機関砲が来るべき所にアニヒレーターを据え付けて、大型の生物=機械攻撃用のワンオフ機に仕上げてしまった。操縦・攻撃が出来るのは直樹だけというわけだ。

「クラブハンター。こちらはバルキリー1だ。離陸後は高度三千まで上昇して三四〇にヘディングしろ」

 バルキリー1はマミのコードネームだ3と4がカンナとレティシアでバルキリー2は欠番になっている。直樹たちのコードネームは当然のようにクラブハンターに落ち着いたのだった。

「こちらクラブハンター、了解した」

 直樹はパワーを上げて高度を取り始めた。

 ガイア大陸に侵攻したラダマンテキス軍は占領地に各種の生物=機械を放っていたのだ。

 ラダマンティスが支配していた地域では少なくない数の住民が生物=機械の犠牲になっている。

 人類のジェノサイドを進める布石だと考えるとそれは理に適っている。

「レミーはいいものを作ってくれました。タナトスでは機動力がないが、これなら航続距離も速度も申し分ない。大陸全域をカバーして危険な生物=機械をしらみつぶしに退治することが出来ます。」

 シローヌが生真面目に話すのに直樹が答えた。

「おかげで、2日に1回はクラブハントに飛ぶ羽目になったね」

 しばらく飛行するとエリシオンの霞色の空に一点の芥子粒が見え始めた。

「バルキリー4、そちらを視認したいつものように頼む。」

 マミとレティシアの任務は索敵とクラブハンターが攻撃中の上空制圧だ。

 ラダマンティス軍が大陸から追い落とされつつある今では上空制圧の必要はほとんど無くなっていたが、彼女達は忠実に任務を果たす。

 やがて、降下して視界から消えたレティシアから通信が入った

「クラブハンター。ヘディング020。10度で降下しろ。ターゲットは3体だ。」

 指示どおりに降下していくとやがて彼方にターゲットが見え始めた。ソウルイーター3体が数百メートルの距離をあけて散在していた。

 直樹はコクピットに固定されたリフレクターサイトを使って慎重に狙いを付けるとトリガーを引いた。

 彼方でソウルイーターが火球となって爆発する。次のターゲットを捉えるために直樹はフットペダルを踏んでラダーで機位を調整した。そして、

 残りのソウルイーター2体も次々にサイトの中央に捉えて火球と化していった。爆発地点の上空をパスした直樹は機首を上げて旋回を始めた。

「こちらバルキリー4、ターゲットの破壊を確認した。リアタックの必要なし。お疲れ様。帰投しましょう。」

 直樹たちは、追いついてきたマミとレティシアの乗機と編隊を組んで帰途についた。首都が近づいて緊張が解けたところで、シローヌは改まった口調で話しかけてきた。

「ナオキさん。マミさん。ラダマンティス侵攻が決まったら。再びタナトスに乗って闘ってくれますか。敵にはタナトスと同化したハデスがいます。対決したら生きて帰れる保証はありません」

 命令ではなく頼んでくるところが彼の狡さでもあった。

「今更断るわけにも行かないだろう。僕は闘うよ」

 直樹が答えた直後にインカムを通じてマミの声が響いた。

「私も逃げない。ハデスがこの世界から消えるまでは私は安らかに眠ることは出来ないから」

「二人ともありがとう。僕も共に闘いますから」

 シローヌが気休めで言っていないことは理解できた。直樹たちは無言で首都防衛基地を目指して編隊飛行を続けた。

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