第20話 舞い降りる死神
ガイア連邦の首都防衛航空師団の攻撃が終了すると直樹たちの作戦はフェーズ2に入った。
航空攻撃で漸減したラダマンティス軍の機甲師団にとどめを刺し、侵攻部隊をせん滅することが目的だ。
「マミ。単独で敵の中に入り込みすぎだシンヤとナオキのラインまで後退しろ」
シローヌの声がインカムから響いた。しかしマミはシローヌの声を無視してラダマンティス軍の戦闘車両の破壊に熱中していた。
古代文明の壊れないテクノロジーの産物であるタナトスも、弾道兵器の直撃を受けると損害は避けられない。
しかし、マミは至近距離から発射された砲弾をかわしたり、ビームソードで払い落とすという離れ業を演じながら敵の戦車を次々に破壊していた。
シローヌが漏らしたように、搭乗時間が長引くにつれてタナトスは直樹たちの精神に浸食していた。
それは、まるでマシンの性能に合わせて直樹たちを改変しているようだった。
タナトスのセンサーや反応速度に対応できるように修正された直樹たちは至近距離から超音速で飛んでくる飛翔体を感知して、タナトスの手に持ったビームソードで造作もなく払い落とすことができた。
「シンヤ、仕方がないから僕たちが前進しよう」
「OKだ」
マミの援護のために射撃を続けた結果、大型レーザーガンであるロングライフルはすでに加熱して冷却が必要になっていた。
直樹とシンヤは加熱したロングライフルを大型の運搬車両に預け、タナトス小銃を手にとってジャンプした。
タナトスの機体に内蔵したスラスターを使えば、数千メートルをジャンプすることが可能だ。直樹たちの二体のタナトスはマミの後を追って、敵の機甲師団の中央付近に着地した。
その辺りは進行してきたラダマンティス軍の機甲師団の中央部と言ってよかった。
戦車は水平に近い角度で打ち合うのを前提に作られた戦闘車両だ。
砲塔正面や側面には厚い装甲板があり、タナトスの高出力レーザーでも、内部が誘爆するまで加熱するには時間がかかる。
しかし、高さが二〇メートル近いタナトスが至近距離に立ち、上面からレーザーや砲弾を撃ち込めば戦車を破壊するのは容易だった。上面の装甲は薄いからだ。
マミのタナトスは既にタナトス小銃の砲弾は使い果たし、レーザーも加熱していた。
マミは残ったビームソードを手にジャンプし、舞い降りては戦闘用車両に突き刺して破壊することを繰り返していた。
周囲には炎上する敵の車両が延々と連なっている。敵から見たら舞い降りてくる死に神そのものだ。
インカムからため息が聞こえた。シローヌのようだ。
「もういい。シンヤはそのままマミを援護。ナオキは八千ミーター北の敵の野戦重砲部隊に向かってくれ。三〇分後にワイバーンとブルードラゴンから発進した爆撃部隊が到着する。それまでに、周囲を固めている高射砲部隊を殲滅してくれ。」
「時間が足りないだろ。それに野戦重砲と高射砲はどう違うんだ。」
「見ればわかるよ。行け。」
直樹はタナトスの脚部のホバークラフト機能を使って北に突進した。
途中、背後から戦車砲弾が飛んできたのを身をかがめてかわす。
タナトスのセンサーが背後からの狙撃を感知してダイレクトに直樹の脳に伝えたからだ。
敵の野戦重砲陣地に到着すると、シローヌの言っていたことが理解できた。高射砲は砲身の角度が違うのだ。
幅二キロメートルほどに渡って布陣した重砲部隊の砲身は角度が二〇度ほどで、先ほどの戦闘エリアを指向していたが、その周囲には砲身がもっと大きな角度をとった部隊が散開していた。それが対空用高射砲部隊だった。
直樹は敵部隊の周辺をまわりながら小銃で高射砲部隊を狙撃していった。
小銃といっても、口径105ミリの砲弾を使っているから、単射モードの一発で高射砲チーム一つをつぶすのに十分な威力があった。
ラダマンティスの野戦重砲部隊は恐慌を起こしていた。
タナトスに砲身を向けようとするが間に合うものではなく、気の利いた連中が、携行用の対戦車ランチャーで狙ってくる。
しかし、直樹は飛翔するロケット弾を難なく払い落とすことができた。
やがて、二隻の空母から発進した数十機の爆撃部隊が到着し、急降下爆撃を開始した。甲高いダイブブレーキのうなりが響く中、次々と爆弾の閃光がひらめき、ラダマンティス軍の重火器は壊滅した。
直樹が炎上する重砲部隊の残骸を眺めているとシローヌの指令が飛び込んできた。
「ナオキは、マミに合流してくれ。シンヤはナオキと入れ替わって北の丘陵に登り、北側斜面にある敵の兵力を排除してくれ。その辺りに敵が物資をデポしている。焼き払ってしまえば敵は食料もなしに歩いて逃げるしか出来なくなる。」
直樹はマミが闘っているエリアに南下し始めた。敵の残存兵力が散発的に攻撃してくるが、タナトスの右手に仕込まれたレーザーで焼き払いながら進む。
やがて、直樹の前方に土煙を上げながら北上してくるものが見えた。距離があるので形状までわからないがシンヤのタナトスのようだ。
「お疲れ様」
インカムから響いたのはシンヤの声だった。
「気をつけて」
直樹が答えるとシンヤから意外な返事があった。
「マミをフォローしてやってくれ」
「どういうことだ」
「あいつの様子を見れば意味はわかるはずだ」
シンヤとすれ違ってから数分後、直樹は戦闘エリアに到着した。
ラダマンティス軍の戦闘用車両は一つ残さず破壊されて黒煙を上げていた。そして、満足に動ける敵兵の姿もなかった。文字通り敵部隊は全滅していた。
光学系の目が捉えたマミのタナトスはビームソードも加熱して使えなくなったらしく、セラミックの刀を手にしていた。そしてその刃には黒ずんだものがべったりと付着していた。それは血のようだ。
生身の兵士にタナトスが刀を振りかざすシーンを想像して直樹は少なからずぞっとする。
周囲には切断された死体がごろごろと転がっていた。
「マミ、聞こえるか。」
直樹は近づきながら呼びかけたが彼女からの応答はなかった。
至近距離まで近づいたとき、マミのタナトスは刀を放り出してゆっくりと倒れて行った。
「マミのタナトスは消耗が激しい。マミは一旦降りて休養を取ってくれ。ナオキは防衛部隊を警護しながら丘陵地帯まで前進しろ。」
ガイア連邦軍はこれまでの戦いでラダマンティス軍のクロノスとの交戦で壮絶な損害を出していた。シローヌはラダマンティス軍のクロノスが残存している場合を考えているようだ。
ガイア帝国の首都方面からは防衛部隊が接近中で、その中には大型キャリアを中心としたタナトスの支援部隊も見えた。
マミのタナトスに支援要員が取り付いて、コクピットを開けたところを見届けて、直樹は戦闘部隊を率いて丘陵地帯に向かった。
丘陵地帯に防衛ラインを作れば作戦の第2フェーズは終了だ。逃走する敵への追撃は防衛ラインを確保してから行う予定だった。
丘陵に上ると、北側にあった小さな町は炎上していた。後退する敵軍が火を放ったのだ。
そこから北に続く平野でも転々と炎上する車両が見えた。
しかし、シンヤのタナトスの姿は何処にも見えない。
「シロさん。シンヤの姿が見えない」
「偵察兵からシンヤのタナトスが北の山脈を越えたと報告があった。様子がおかしいから後を追ってくれ」
直樹は戦闘部隊を置いて更に北に向かった。シンヤは通りすがりに敵の拠点は全て破壊していた。生き残っている敵の兵士は直樹のタナトスを見ると蜘蛛の子を散らすように逃げて物陰に隠れる。
「シンヤ聞こえたら応答してくれ」
「ナオキか」
インカムからシンヤの声が流れた。
「何処にいるんだ。作戦の第2フェーズも終了だ早く戻ってこい」
「俺は戦闘を続けるうちにタナトスの持つ可能性に気づいたんだこんな。もう俺のことは放って置いてくれ」
「シンヤ。こちらはシローヌだ。その機体のパイロットになったからには国のために闘ってもらわなければならない。すぐに戻れ」
シローヌが通話に割り込んだ。
「その言いぐさが気にくわないんだ。ガイアの連中はラダマンティスの傭兵部隊から俺を救出した後も市民として迎えようともしなかった。そんな連中のために命を張るのはごめんだ」
その時、山脈の向こうから大きな煙の固まりが立ちあがって行くのが見えた。
「ラダマンティスの空軍基地と、港外に逃れようとしていた艦船を破壊した。俺のことはこれでチャラにしてくれ。追ってきたらたとえナオキでも殺す。」
山脈の稜線に着いた直樹のタナトスからは炎上する港湾都市が見えた。郊外にある空港も駐機していた航空機全てが破壊されて炎上している。
その時、港湾都市の更に向こうから、閃光が走った。
細く伸びてきたビームが、直樹の機体のはるか下の斜面に突き刺さるのが見えた。
その直後に山体は爆発した。ビームの膨大なエネルギーが山体の内部の地下水を熱して水蒸気爆発を起こしたのだ。
爆発地点からは膨大な土砂が真っ黒に空を覆って吹き上げられ、大きな岩がばらばらと降り注ぐ。
大半の土砂は火砕流となって猛烈な速度で斜面をなだれ落ちれ行った。
「ナオキ。シンヤの追跡は中止しろ。同士討ちでタナトスを失うことだけは避けたい。」
直樹はしばらくの間、山脈の向こうに広がっていく黒煙を見てから方向を変えて帰途についた。
この世界に来て依頼、行動を共にしてきシンヤが逃亡したのは少なからずショックだった。
臨時に作られた前線基地まで戻った直樹は、タナトスのコクピットを降りた。
支援要員達が寄ってたかって直樹の救命措置に当たる。肺の中の液体をはき出さないと直樹は呼吸すら出来ない。
支援要因にもらった制服に着替えて、仮設宿舎で休養しているところに、シローヌとレミーが現れた。シローヌは改まって礼を言う。
「ナオキさん。おかげで首都に迫っていたラダマンテキス軍は排除することが出来ました。ありがとうございます」
「シンヤのことはどうするんだ」
直樹は、3日以上コクピットにいるとパイロットはタナトスと同化して永久に生き続けるという話を思い出していた。
「本来なら看過できる話ではない。しかし、今はラダマンティス軍との戦いを優先するしかないだろう」
シローヌは苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。
「マミの精神状態が不安定になっている。会いに行ってくれないか」
レミーがいつになく深刻な表情で言った。
「そうしたかったのに、支援要員に軟禁されていたんですよ」
直樹は腰掛けていたベッドから立ちあがった。
三人で歩いてた先は戦災を受けなかった施設を徴用したらしい仮設医療施設だった。
入り口には衛生兵が立っていた。
「安定剤を投与したので落ち着いたようです」
「ご苦労」
シローヌが衛生兵にねぎらいの言葉をかけ、直樹たちは部屋に入った。
直樹がベッドの横に立つとマミは目を覚ました。
「リオル」
彼女は直樹のことをリオルと呼んだ、記憶が混乱しているようだ。
直樹がベットサイドの椅子に座ってマミの手を握るのを見て。
レミーとシローヌは顔を見合わせた。
「俺たちははずすよ」
二人が部屋を出ると。彼女は口を開いた。
「リオル、私はお父さんやお母さんの敵を取ってやったのよ」
弱々しい微笑みを浮かべる彼女に直樹は手を握る力を強めるしかなかった。
憎み続けてきた敵を殺戮しても、彼女が心の平安を得ることはなかったようだった。
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