episode1~ビデオテープ4

闇があった。


再生ボタンを押しても、何も映らない暗黒。

ただし、壊れているわけではなく単に真っ黒い画面が映し出されているだけのようだ。

その証拠に時折びびっと画面がちらつき白い線が上から下に流れていく。


外れか?


思ったよりも落胆がでかい。

やはりそんな都合の良い棚からゴールデンはないようだ。

とりあえず先まで確かめるか、と早送りのボタンを押しても、何も映らない。


やめるか、と停止ボタンを押そうとしたその時、突如画面に板張りの壁が映し出された。


明るい茶の壁に女がいた。

もたれるようにしているのだろうか。

不思議なことに首から上は映っていない。実に中途半端な位置にカメラが据え付けてあるようだ。しかも少し画面が傾いでいる。


そして、気づいた。

この女が着ているのは紛れもなくあの樹海に引っかけられていたワンピースだ。

だが見た限り、まだ汚れてはいない。


不安と期待で息が浅くなる。


音を上げる。

すると小鳥の囀ずりらしき音が聞こえた。

木立のざわめきも聞こえる。


森…だろうか


そんなことを考えている最中にも画面左端にいる女は立ったまま動かない。


と、不意に大音量で

ズーッ、ズーッと何かを引きずるような音がした。

慌てて音量を下げるが何故か音は小さくならない。

音は ますます大きくなる。

近づいているのか?

その音は聞いているだけで心がささくれていくような音だった。

なにか、一番嫌な記憶をつつきだして頭をいっぱいにさせるような醜い音。


たまらずに耳を塞いだがなんの効果もない…と、画面の端に黒い頭が映った。


女の子?


横向きの上半身しか映っていない。

首筋まで伸びた黒髪、袖が黄色で前後ろが派手なピンクのTシャツを着ている。

だが、少女というには違和感があった。

肩幅の大きさ、腕に漲る筋力が大人のそれだから。

ワンピースの女に比べて背丈が半分ほどでも俺にはあれは少女には見えなかった。

そしてその小さな女がカメラの中央まできて歩みを止めると、何かを引きずるような音が止んだ。


女が真正面を向く。

傾いでいる画面そのままに女がズームされる。

女の顔と両手を後ろに回した上半身がテレビ画面いっぱいにアップされた。


思わずのけぞった。

恐ろしく醜い顔がこちらを見ていた。

いや、目が見えるのだろうか?

白目は黄身がかり、左右バラバラな方向を見つめる黒目には温めた牛乳にできる薄い幕のようなものがかかっている。

鼻はこじんまりしているがその下の口は大きく、齧歯類のように伸びた歯が突き出していた。息をするたびに喘息の子がするような、口笛にも似た音が漏れていた。

皮膚は固めた蝋のようで、息をしていなければまるで仮面のようにつるりとしている。

おぞましさに呼吸さえ忘れていた。

咳が出る。


女はセーラームーンのTシャツを着ている。

アップになると薄汚れていたのが解る。

そして、


「私にはわかりません」


と言った。

ボイスチェンジャーでも使っているような、もっさりとした人間ばなれした声。


なんだこれは?


素人が作ったホラーフィルムだろうか?

部屋の湿度が樹海を思わせるほど重たい。

いまやハッキリと俺は恐怖を感じていた。

この女が、死ぬほど怖かった。


「私にはわかりません」


女は同じ口調で同じ言葉を繰り返す。


催眠術にでもかけられたかのように俺は動けなかった。


「私にはわかりません」


女が何回目かの言葉を吐き出したとき、後ろに回されていた両手を前にぐるりと持ってきた。右手には何かが握られている。

黒い柄の部分をぐっと握るとそれをカメラにかざして見せた。

バットだ。

金属バット…これを引きずっていたのか。


嫌な予感で背筋がゾクリと逆立つ。

女はしばらくバットを抱き締めたり片手で振ったりしたあとおもむろに背後のワンピースの女の元へ走った。

両手でしっかりと振り上げ、女の腹を打つ。よろめいた女の見えない顔面へバットが叩きこまれ、壁に血が飛び散った。

ずるずると座り込んでいくワンピースの女は画面から消えたが、バットを振り下ろし続ける女は映ったままだ。

女が鎚のように叩き込むたび、銀色だったバットがねっとりとした血に染まる。

胃の中がでんぐり返り、俺は床に吐いた。


作り物に決まってる!

こんなことはありえない…


血の気の引いた冷たい指先に懸命に力を込めて停止ボタンを押す。

が、消えない。

血まみれの惨状は止まない。

肉にめりこむバットの音が部屋中に響く。


女は手を止め、こちらを振り向いた。

じりじりとこちらに来る。

髪は乱れ、顔中が血に濡れている。

目の中さえ返り血で真赤だ。


「私にはわかりません」


そう繰り返した唇が、血の糸を引いたとき何かが壊れた。

俺は這いずるように座椅子から抜け出すとよろよろと玄関へ向かう。

テレビからはまだ、私にはわかりませんと呟く女の声がする。


もう少しだ!


ドアノブに手がかかり、世界は暗転した。


目を開けると、見たこともない部屋にいた。


いや、正確には現実には見たこともない部屋だ。


さっきまで画面の向こう側だった景色がいまここにある。


「なんで…」


乾いた声は嗄れていて自分のものじゃないように感じる。

少し離れた部屋の中央には、三脚にビデオカメラが設置されていた。

少し傾いでいる。


まさか。

そんな筈はない。

なんで…



奥にある小さなドアが開き、古いアニメのTシャツを着た女が近づいてくる。

片手には磨かれ、染みひとつないバット。


体が動かない。

呆然と立ったまま。

迫る女を前に何故?という疑問だけが浮かぶ。


女は言った。



「私にはわかりません」










episode1~ビデオテープ完








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悪霊の館 ゆぷ @mochimusume

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