味が渡せない
湿原工房
孤独の飴玉
甘いね と母がいうので
同じものを食べたぼくは
呑み込んでから うん と応えて
もうひとつ 口に含んだ
おいしかったけど
もうひとつ食べたのは
おいしかったからじゃなく
噛み潰して口のなかにあふれた果汁に
舌をからめて
何度もからめて 母にばれないように
母が甘いといった味はどれだろうと探す
味を観察していると
いくつもの味が重なっていて
母がいった 甘い が見つからない
どれが 甘い なんだろう
いつかすっかり味は廃れてしまい
甘い は口のなかで
ゲシュタルト崩壊した
これおいしいよ といったぼくに
へえどんな味 と尋ねるともだち
どんな――
味を観察してみると
甘いとも苦いともいえた
いずれかひとつの味に
それを代表することはできず
その総合をもっておいしいと
いったのだったが
これを説明しはじめると
伝わらないことばになっていく
ああほんと おいしい
とともだちがいう
ぼくの説明より
それ自身を舌にのせれば
おいしいは伝わった
でも
ともだちのおいしいが
ぼくのおいしいと
どれだけ同じかと
べつべつのおいしいを
おいしいと同じことばで評したとしたら
でしょ おいしいでしょ
とぼくは返したのだが
心中には
孤独なものが飴玉みたいに残っていた
味が渡せない 湿原工房 @shizuki
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