そういう奇跡は自分のためだけに使いたかったのに。
叔母さん宅の「本の部屋」で、ノートに何かを書き付けているヘッドホンの女の子と寝転んで本を読んでいる男の子いる写真。
私はそれを写真の中にいる男の子と同じ姿勢で寝転んで見ている。
今の私より三歳若かった叔母さんは写真を撮ることにハマっていた。叔母さんのお兄さんと幼馴染のお姉さんはその頃毎日のように「本の部屋」にいて何を喋るでもなく並んで本を読んだりものを書いたり、思い思いに過ごしていたのだという。叔母さんはそんな二人を冷やかす意味も込め、不意打ちで写真を撮ったらしい。
「結構気に入っているのよ、当時の兄さん達の空気がよく出てるから」
現在「本の部屋」の主になった叔母さんが小学生の従兄弟たちを叱る為に目を離した隙にカラフルなポケット式のアルバムから写真を抜き取り、代わりに母さんが大事にしていた古い写真と入れ替える。
この写真を挟んだ本は未来から私が送った本だとか、小説を書くのはやめちゃダメだとか意味のわからない挑戦状が書かれたあの古い写真。
「その写真を見てから母さんはちゃんと言葉で伝えるようにしたの、あなたの書く小説は面白いよ、私は好きだよって。その甲斐あって父さんは一冊だけ本を出すことが出来た」
大手出版社が合併して名前が変わった際の記念新人賞に書いたものを送り、見事に大賞を射止めてそれは本になった。結局父さんが本を出したのは一度きりになったけど。
作家としてこれからって時を襲った交通事故によって父さんは今は写真の中だけの人になり、私は物心つかない時から母さんと二人で暮らしている。
私は文字が読めるようになってからは父さんの遺した本を繰り返し読んで大きくなった。
母さんは魔法だとかサプライズとか演出がかったことを嫌う人だから、どうしてもこのメッセージを書いたのが大人になった自分自身だって思えなかったらしい。で、私を産んだ時にピンと来たんだという。
「母さんはもう奇跡を体験したんだから今度はあんたがそれを起こす番」
えー、そんなことできるわけないし! アニメのキャラでもない現実の十七歳女子に期待しないでくれる? と文句をつけたけど、そうしないとあんたはこの世に誕生しないよ? と脅された。そして父さんはあんたのお気に入りのこの本を世に出せない。
というわけで私は「本の部屋」で写真の裏にメッセージを記し、私が繰り返し読んだ父さんの本に挟んで本棚に並べた。それで夏のミッションは終わり。
の、筈だったけどほんのイタズラでメッセージを付け足す。
物語の展開を考えるのもいいけれど道端ではそれを控えること。
ああそれにしても、十七歳女子が夏に一度だけ使えるかもしれないミラクルを両親の馴れ初めの為にだけ使うなんて冴えなさすぎる。こういうミラクルは自分自身の出会いの為に使ってナンボじゃない? 夏なんだから。
そんなことを考えながら本棚に本を収めた瞬間、私の持つ端末から着信音が流れた。
発信者名を見て私は目を見張る。
夏季限定本棚通信 ピクルズジンジャー @amenotou
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