夏季限定本棚通信
ピクルズジンジャー
夏の魔法とかそういうのキャラじゃないから、キャラじゃないけど
いつものように仰向けに寝転んだあなたがこの本を読み始め、物語の世界に入り込んだタイミングで突然のカメラのフラッシュに邪魔されます。その拍子にあなたの顔の上に本が落ち、開いたページの間からこの写真が滑り落ちました。
あなたはそれを何気なく拾いあげ、目を見張ります。
あなたとわたしがいつものように「本の部屋」で思い思いに過ごしているたった今を切り取ったようなこの写真。まるで、古いカメラで写真を撮ることがブームな妹がさっき不意打ちで撮影したフィルムをすぐさま現像したようじゃないか。
いや、ベランダの洗濯物、わたしのヘッドフォンの色に自分が読んでいる本の表紙まで、全てが今この室内の様子と何もかもが一致する。
そんな不思議な事態を前にした高揚した気持ちは写真裏に私が記したこの文章に気づいて目を通した途端、恐怖ではなく羞恥心に変化したのでは?
それをごまかすために、試験勉強に集中するふりをしているわたしへ「手の込んだイタズラだな」と憎まれ口を叩く筈です。
ええ、犯人は私です。
とはいえ今あなたの隣にいるわたしではありません。あなたにとっては未来にいる、大人の私です。
この写真が挟まっていた本をあなたが手に取ったきっかけは、本好きなあなたの家の皆さんが作り上げた「本の部屋」に聞きなれない出版社と作者による見慣れない古びた本があったから、でしょう?
さて、この本がどうしてあなたとわたしがいる「本の部屋」にあるのか、その仕組みについてあなたは考え始めている筈ですが、そこは些事にすぎません。夏の魔法の仕業だとかそういうことにしてくれれば十分。
ともかくその力で過去から未来へ知識や情報を運ぶ本棚の性質を、一瞬だけ反対に変えました。
つまりこの写真を挟んだこの本は私があなたへ未来から送ったものなのです。疑うなら奥付をお確かめください。
何故そんなことをしたのか?
残念ですが、SFを好むあなたならご存知の通り過去の人々に未来の情報を軽々しく明かすわけにはいきません。
ヒントはたっぷり与えています。あなたはミステリーも好きな人なんだから、ちゃんと推理してください。
ねえ、小説書くの、やめちゃダメだよ。
「手の込んだイタズラだな」
仏頂面の幼馴染が突きつけた写真の裏に記された意味不明な文章を読み、わたしは眉間に皺を寄せる。
何これ、気持ち悪。夏の魔法だなんてクサすぎる。
ただ最後の一文にはどきっとした。これはわたしがここ数日、浮かない顔つきの幼馴染にかけたくてもかけられない言葉そのものだったから。
「本の奥付見ろって書いてあるじゃない。そこ確かめた?」
ミステリー好きの癖に基本の作業を見落としていた幼馴染は、さっきまで読んでいた本を慌てて確かめようとする。
でもその本は「本の部屋」からきれいさっぱり消えていた。
残されたのはわたしの手の中にある写真だけ。その中で幼馴染は仰向けになって見慣れない本を夢中になって読んでいる。
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