第5話 根付 城 火消し 【お題をそのまま使う】

 イヴァン少年がここに来てから、今日でおよそ一ヶ月が経過した。正確には、三十五日が立ったのだけど、まあ五日間など誤差である。


 一ヶ月。――長いようで案外短い、そんな時間を少年は魔女と過ごした。

 魔法、と言ってしまって差し支えないものも彼は取得していた。とはいえ、それによって生活の利便性が格段に上がっただとかそういうことはない。

 それはあくまでも、植物の育成を促進したり阻害したりするものなのだから。

 調合をする上で、その魔法は非常に重宝されただろうが、しかし、彼はただの使用人に過ぎないので、宝の持ち腐れもいいところである。実際、リーゼロッテはこれを彼以上の精度で使用できるので、彼の魔法は無用の長物ともいえるだろう。

 もっとも、彼はそれを使用して百合の花をこっそりと自室で植えて楽しんでいるのだが、それはまた別の話。


 ともかく、そんな彼は現在、例によって『塔の街』にいた。

 何時もの買い出しである。


「前々から思ってたんだが、兄ちゃん、いいもの着てるけど、どこの家に仕えてんの?」

「あー、まあ。大きな所ですよ」


 最近、顔なじみ程度には仲良くなってきた露店の商人のおっさんの問を、彼はそう言ってはぐらかした。正直に魔女の所に仕えていますなんて言ってしまっては、少なくともいい印象は抱かれないだろう。


「そうか。大きいところか。なら、少しはサービスしておかなくちゃな。どうかうちを贔屓ひいきにな」


ハハハ! と豪快に笑いながら、差し出された円状の物体を彼は受け取る。


「あの、これ何に使うものなんですか?」

「さあな? 知らん」

「知らんて、あなた……」


 円からひもが伸いているという、今までに見たことのないようなフォルムに彼は少々困惑した。その上、店主も使い方を心得てないと来たのだ。困惑せずして何をするというのか。

 しかし、よくよく見ていくとどこかとうさんを連想させるような何かであった。

 そして彼の感想は案外的を射ていた。彼には知るよしもないことであるが、実はそれは東洋の日本という国で用いられていた根付というものであった。根付とは、揚げ物と呼ばれる袋の根元に付けて、着物の帯にひっかけて使ういわゆる装飾品の一種である。


 結局彼はそれを投擲とうてき武器の一種だと認識して懐に収めた。

 そこから彼とおっさんはしばらく世間話をしあった。

 商売中なのにそんなことをしてもいいのだろうか、客が寄りつかなくならないだろうか、と彼は思うのだけど、おっさんの方は別段気にしていないらしく、楽しそうに何でも語ってくれた。

 彼が饒舌に弁を振うにつれて客足は途絶えていった。

 

 ……大丈夫なのかこの店。


 贔屓にと言って、あんなよく分からないものを彼に渡すよりは、こういうことを止めた方が売り上げに直結するのではないかと思えてならない。


「あ、そういえば、兄ちゃん。アンタがここに来てから何年が経ったんだ?」

「えっと、七年になると思います」

「じゃあ、兄ちゃんはここがどうして『塔の街』になったのか知らねえわけか」

「ええ、まあ。知りませんけど。もしかして元々は違う名前だったんですか?」


 いくつかの話題を経由して、彼らは『塔の街』について話していた。少年は一瞬だけ、中央にそびえる巨大な塔へ視線を向けた。

 いくつもの露店が並ぶ、戦争の影響があるとはいえ、未だ活気があると言ってしまって差し支えないこの街の象徴たるそれ。――白く美しく、天を裂かんと伸びている。

 再び視線をおっさんの方へ戻すと、彼は頷いて、それから話を始めた。


「もともと、ここは『城の街』と言われていてな、中心におっきな城が建っていたのさ。行って見れば分かるが、今あるあの巨塔は城の跡に作られた慰霊碑なんだ。とはいえ、公には慰霊碑とは言われてないんだがな。お墓が中央に陣取っているところで商売なんかできるかって苦情が来ちまう。だが、慰霊碑であることは間違いがないんだ。じゃあ、どうしてそんなものが立ってるのかというと、それはあそこで火事が起ったからさ」

「……火事ですか」

「ああ、そうさ。それによってあの城に住んでいた王族はもちろん、使用人まで全員が死んじまった。街の者達は祟りを恐れて慰霊碑を作ろうとしたが、何せ王族を祭るんだから立派にしなければまずいってんで、ああも巨大なものができたというわけさ。今から数十年前の話さ。俺も火消しに走らされたから、今でも覚えているよ」


 それが、この街の象徴となってしまったと考えると、少し不気味な気分がするものだが、多くの童話を読んでいた彼は、よくある話だと思った。それこそ、創作物ではその手の話は腐るほどあると。

 しかし、彼の話はそこでは終わらなかった。


「でな。どうして火事が起ったのかというと、どうもあの魔女が絡んでいるらしいんだよ。知ってるか? あの森の洋館にいる」


 彼は動揺を隠すことができないまま、しかし何とか頷くことができた。

 童話において、黒幕を魔女にして全ての元凶するというのも、定石ではあるのだが、使用人として一ヶ月を供にしてきた彼にとって、魔女という言葉は違う意味を持っていた。家族とまで行かなくとも、信頼するに足る人物であるのだ。ただの魔女という域をこえていた。

 それゆえ、その話は友人が犯罪者であったことを知ってしまった時のような、なんと言えば適切に表現できるのか分からない、ただ胸が締め付けられるような思いを彼に抱かせた。


 この思いをどう対処すればいいのか、持て余すような時間をおっさんがくれるはずもなく、彼はこう言った。


「どうも、あの魔女が城に火を放ったらしいんだ」


 信じたくないという気持ちが強かった少年だけれど、その話を聞いて刀さんの話が思い出された。

――今でこそ森の奥に隠れてしまった魔女だが、その昔は普通にここで薬を売って暮らしてたらしいんだ。

 その理由も、街の人々が魔女を避けている理由も分かった気がした。

否定材料を持たない彼はそれを受け入れる他なかった。


 気がつけば彼は森の洋館に帰ってきていたけれど、どのようにしておっさんとの会話を切り上げ、帰路についたのかその記憶は一切なかった。

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【三題噺マラソン参加作】ボクが彼女を殺すまで 現夢いつき @utsushiyume

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