第4話 鉈 病院 逃 【五七調を使う】

 子供が一人、逃げていた。イヴァンである。

 

 後方に、追っ手が八人。


 逃げれるか、どうか知らない。


 だけれども、止まれなかった。

 

 捕まれば、殺されるから。


 赤い髪、呪われた色。

 

 この村は、呪われている。


 神でなく、魔女に救いを、乞うている、というのだから。


 それを知る、狂っていると、知っている、彼は村から、逃げ出した。


 命からがら、と言うべき、表情で。


 山に逃げ込み、身を隠す、一か八かだ。


 散ってゆく、八人の影、溜息が、自然と漏れた。


 瞬間、彼の真横に、突き刺さる、鋭利な刃物。

 

 鉈である。

 

 幾人の血を、吸ったのか、分からないそれ。

 

 赤は死だ。死を司る。


「あいつがよ、いたような気が、したんだが」


 強ばる身体。小刻みに、震える身体。


 バレるなと、心の中で、そう吠えた。


 消える足音。宵闇の、不気味なほどの、静寂。


 両の足に、力入れ、立ち上がる彼。


 追っ手など、もういなかった。


 だけれども、油断するには、まだ早い。


 永遠とさえ、思われる、道が続いた。


 九つの、子供には、過酷が過ぎる、道程だ。


 それでも彼は、山を越え、山を乗り切り、山を行く。


 足が痺れて、動かない。

 

 ならばと腕に、力込め、谷を下った。


 逃げてから、二十日あまりが、過ぎていた。


 ようやく見えた、『塔の街』。


 顔が弛緩し、笑みが咲く。


 この感動を、どうしよう。どう表せば、伝わるか。


 一歩踏み出す。


 この先に、幸せがある。何となく、彼は分かった。


 手を伸ばす。

 

 刹那のことだ。


 足に違和。


 何があったと、目を向ける。いくつもの手が、そこにある。


 悲鳴を上げる、力さえ、残っていない。


 引きずられ、何処に行くのか、我が身体。


 答える者は、いなかった。


 嫌だと叫ぶ。泣き叫ぶ。



やがて世界は、暗転し、壊れてしまう。



 汗流れ、彼は目覚めて、息を吐く。

 

 悪夢によって、異常に、うなされたようだ。


 病院、さながらの、部屋にいた。


 リーゼロッテが、不安げに、彼を見ていた。

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