第3話 紋 戦場 妖精 【2222字or360字】

 さて、此度は屋敷で給仕をしながら魔女と生活している彼ことイヴァン・ホルヴァトに変わって、とうさんことドミトルを主役に話を進めていこう。


 『塔の街』を出発した彼らは七日間という旅路を経て『離れの村』に到着した。日程自体は順調そのものであったが、荷車を運びながら三つの雪山を越えてきたため、ドミトル含め六人の集団の疲労はピークに達していた。

 けれども、辿り着いた彼らを待っていたのはさらなる絶望であった。


 まず村の二キロ前にしてドミトルが異変に気がついた。

 微かに戦場を思わせるような臭いがしたのだ。彼はここで自分の隊を停止させた。若者で且つ、視力に覚えのある者に空に異変がないかよく見てもらったところ、彼の予想通り黒い煙が細く上っていたのだ。


 彼は視力に自信のある若者に命じて目的地の偵察をさせた。この隊はあくまでも通商をするためのものであり、山賊などを想定とした最低限の武装しかしていなかった。

 自分の予想よあたらないでくれと彼は願う。しかし、その十数分後に若い男が運んできた情報はその予想に勝るとも劣らない悲惨なものであった。


「『離れの村』一帯は更地でありました。生存者もいなければ、そこを燃やしたと思われる兵すらおりませんでした」

「あの、煙は何だった?」

「あれは、野営の後でありました。足跡を見る限り、おそらく数時間前にそこを去ったのだと思われます。一応、辺りに人影がないか探してみましたが、半径二キロ以内に敵影らしきものは認められませんでした」

「そうか。よくやった」

「どうしやすか、刀さん」


 彼は地図を見ながら進退について考える。本来の目的であった離れの村があの様であり、その原因も分かっていない以上、一度撤退して体制を整えてから次に近い村へ行った方が確実であり、間違いない作戦である。しかし、ここまでの軍行に耐えてきた五人ことや、糸の供給が完全に止まっている『塔の街』のことを思うとそれもできなかった。

 その上、あつらえたかのように近くには水があるのだ。もともと食糧は多めに持ってきており、水さえあればあと数日間進むことができる。そのことも撤退できない要因となっていた。

 理性が撤退を、魂が進行を叫んだ。

 結局彼は、わずか数分で進むことを決断した。

 もし、仮にイヴァン少年がいれば、ドミトルは撤退を余儀なくされたため、後のことを思えばここで彼が不在であることはいいように働いた。

「お前ら、何か不調はないか」

 五人の新人はドミトルの言わんとしていることを瞬時に理解したのだろう。皆が口を揃えて問題ないと応えた。

 彼は曲刀を天に向かって振り上げ声たかだかに告げる。

 それは彼らが自分達の役目を認識し直すに足る言葉であった。

 疲労と寒さにより感覚がなくなりかけている両足が燃え上がるかのような熱を放つに足る言葉であった。

 彼が曲刀を下ろすと、五人は次々と自分達の獲物をそこに重ねていった。

 辺りの雪を溶かさんばかりの熱気が六人の集団から立ち上がるとともに、男達の咆哮が大地を割れんばかりに駆け巡った。

 

 先あたって彼らは旅の疲れを少しでも解消するべく、『離れの村』跡地に足を進めた。

 偵察の若者の証言通りそこ一帯は焦土にでもなってしまったかのごとく、木一本ですら存在していなかった。


 野営の準備は新人達に任せ、ドミトルは周辺調査を行うことにした。燃やされてしまったこともあって、あまり期待はしていなかったのだが、注意深く探していくとそこには『スクルド教』の紋が入った鎧の破片が落ちていた。

 彼が困惑したのも無理はない。南の地方は全ての国や街がスクルド教を信仰しており、いくら北の情勢が悪くなっているとしても、戦いが生じるとは考えにくい場所だったのだ。まだ、この鎧が村のものであったという可能性も排除できないが、隔絶され忌み嫌われた場所に紋章の入った鎧を置くことは許されなかっただろうし、残されたものも考慮してていくと、『離れの村』がスクルド教徒によって滅ぼされたと見る方が自然であった。


 だが、ここは新人といえども同じ教団の一員の村なのである。それなのにどうしてわざわざ見せしめにするかのごとく燃やしたのだろうか。何とか答を見つけようと思っていた矢先、彼は雪の上で滑ってしまい危うくバランスを崩しかけた。


「っとと。何だこれ……?」


 足下にあったのは金属製の扉であった。どうやらこれで滑ってしまったらしい。金属はまだまだ貴重なものであり、貴族などが扉を金属製にするのは聞いたことがあっても、ただの村にこうも立派なものがあるのは不思議であった。

 彼は己の好奇心に背中を押されるがまま、扉を開け、中に続く階段を歩く。数十歩あるき――およそ五メートル程度地下に入った辺りだろうか。今まで微かに届く太陽光以外に頼れるものがなかったが、そこに彼が足を踏み込んだ瞬間、一斉に明かりが灯った。


 赤。青。緑。黄。その四色の光が少しずつ混ざりながらも幻想的に輝いていた。


 彼は息を呑んだ。

 それは、その光景に対してではない。

 彼は自分の疑念がこれを見ることで全て解消されたから息を呑んだのである。

 その四色は、火、水、風、土の四つの属性に対応する。そして、神ではなく属性にもっと言えば、妖精やら精霊に敬意を払う宗教など彼には一つしか思い至らなかった。


 それは邪教の中の邪教――魔女教であった。


 惜しむべきは、イヴァン少年がここにいないことであった。もし彼がここにいれば、ここがどういう村なのか、もっと詳細に聞くことができたのだから。

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