小説のつくりかた

大宮コウ

小説のつくりかた

 切っ掛けは、友人達との会話だった。

 夏樹の部屋の眺めはいいよなと、幼馴染が言ってきた。そこから見える海はいいぞと周りに自慢された。すると帰り際の昇降口、隣の席の女子が俺の家に連れていって欲しいと言ってきた。


 草加由紀。出席番号七番。高二で初めてクラスメイトになった無口な女。野暮ったい丸眼鏡と、しなびたポニーテールの垢抜けないやつ。

 そんな相手でも、女性経験皆無の俺はどきりとする。理由を問えば、一言。

 絵を描きたい、と。


 そして今に至る。母親がパートで不在でよかったと思いながら、草加を部屋に上げる。

「夏樹くんも、絵を描くの?」

 名前を呼ばれる。彼女の視線の先は部屋の隅で埃をかぶった画材。

「最近は、描いてないかな」

「そう」

 草加は興味なさげにずかずかと進む。開かれるベランダへの戸。今日は午前授業だったから、まだ夏真っ盛りな海と空。

 草加は風景を独り占めするようにその場で体育座りし、鞄から取り出したヘッドフォンを装着。スケッチブックと鉛筆を手に、自分の世界に入ってしまった。

 呆気にとられるのも束の間、まあいいかと俺も読みかけの本を開く。


 本を読み終え隣を見れば、彼女は眠そうな目で、しかし淀みなく描いている。その姿がやけに様になっていて、目が釘付けにされる。

 やがて彼女の動きが止まる。見惚れていた自分に気づき、誤魔化すように彼女の絵を拝見する。

 ベランダからの風景が、どこか拙くも丁寧に描かれていた。

「草加はさ、なんでうちまで絵を描きに来たの?」

 聞けば、草加はハッとしたように振り返る。その慌て具合から、俺の存在を忘れていたのだろう。

 スケッチブックで口元を隠し、上目遣いで逆に問われる。

「……笑わない?」

「聞いてみないと、なんとも」

 草加は視線を右に左に揺らし、それから決心したように顔を上げた。

「私ね、小説を書きたいの」

「……草加が描いてるのは絵じゃん」

「そうじゃなくて! わ、私は想像力がないから、絵を描いてる間に思い浮かんだものを、小説にしてるの」

 大声を出した彼女に驚く。彼女も出すつもりはなかったのだろう、自分でたじろぐ姿がおかしくて笑ってしまう。

「笑わないって言ったのに……」

「言ってない言ってない。あと笑ったのは草加が面白かったからだし」

 納得いかないと草加は眉をハの字にする。それもおかしくて、笑うのを堪え言葉を選ぶ。

「ほら、俺も絵を描いたり、小説書いたりすることはあるし」

「ほ、本当?」

「マジマジ」

 本棚から執筆指南本を何冊か出す。興味深そうにする彼女に貸してもいいと言った。そしたらやたら距離を詰められた。帰り際、また来週家に来る約束もされてしまった。


 絵や小説をしていたのは嘘ではない。ただ、今はしていないだけで。

 いつからか、創作という行為から手が離れていた。創作をする理由を考えるようになってしまった。

 しかし、今日は久しぶりに書ける気がする。

 絵を描く彼女。その光景を思い出しながら、書いてみるとしよう。

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