バス停、君と待つ

成瀬なる

一等星を待ってみよう

 たった5分かもしれないけれど、5分後のカップラーメンなら少し伸びすぎてしまっていて美味しくはない。たった5分かもしれないけれどあるヒーローならとうの昔に活動限界を迎えていて、世界を救うことはできない。

 たった5分かもしれないけれど、掛け替えのない価値を持っていて、6分後の無価値さとは比較もできないんだ。でも、この物語は世界なんて大袈裟な規模でなければ、カップラーメンみたいに数百円の価値すらない。

 ただ田舎のバス停で、5分後の最終バスを待つだけの物語だ。


   *


「摩天楼って言葉の意味、知ってる?」

 大学のパンフレットを見つめながら、放課後の教室で彼に尋ねた。

「まてんろう?……なんだそれ、ゲームの技か?」

 彼は、今日発売の少年誌のページを捲りながら、素っ気なく答える。

「違うよ。 摩天楼っていうのは、そらに届くくらいの高い建物のこと」

 流し見をしていた大学のパンフレットを閉じて、窓の外を見る。山と田んぼと畑に囲まれた田舎じゃ、摩天楼なんて言葉とは無縁だな、と感じる。無駄に綺麗な青空も、風に揺れる稲穂も、煩いくらいの蝉時雨にも、飽きてしまった。けれど、目を開ければ広がる美しい夜空を見れなくなるのは、少しだけ寂しい——


 私は、意識の中で大きく鳴いた鈴虫の声に肩を叩かれ、目を開けた。一本の街灯と数匹の羽虫と蛾が飛び回る自動販売機、それらの隣にあるボロっちいバス停に私は座っている。キャリーケースの上に置いていたスマホを見る。時間は、20時55分だ。足元に置いていたリュックの中から菓子パンを取り、噛り付く。本当は、電車の中で食べるはずだったけれど……私は、それをバス停で食べている。そもそも、本来なら1時間前のバスに乗って駅に向かっているはずなのだ。

 なのに――

「どうしてだろう」

 思わず、ポツリと呟いてしまう。けれど、辺りを包み込むような蛙の声が響くだけで、答えなんて返ってこない。ヒントのようなものはある。目を閉じている時に思い出した、昨日の放課後のことだ。少年誌を読む彼とした「摩天楼」の話。

 また、スマホに視線を落とす。時間は、20時57分だ。

 私は、あと3分後に来る最終バスに乗って、駅へ向かい、そこから夜行バスに乗って東京に向かう。ただそれだけだ。でも、それだけなのに、酷く胸が痛い。多分、焦っているのかもしれない。いや、焦っているのだ。

 スマホを見る。時間は、20時59分だ。私は、空を見上げた。込み上げようとする涙が馬鹿々々しくて、零れないように上を向いた。深い群青色の空には、純粋な雫のような一等星が輝いていて、私の瞳に、何光年も先から光を注いぐ。

「おい、頑張れよ」

「遅いよ……馬鹿」

 ずっと先から遅れてやってきた少年は、まるで一等星の純粋で真っすぐな光のようだった。

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バス停、君と待つ 成瀬なる @naruse

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