招待
「なに……言っているんだよ……。僕だよ、塩塚手鞠だよ。久々に会ったからって冗談にしたって言って良いものと悪いものが」
拓海はきっと冗談を言っているんだ。そう信じていた僕だったけれども、
「いや、悪いけど、記憶にない……小学校とか、そこらへんで同じクラスだったか?」
「大学で同じゼミじゃないか。そんなことも忘れちゃったのか」
僕はそういって拓海に言い寄る。
「手鞠って変わった名前だからすぐに気がつくはずなんだけど、知らないな」
「そんな……」
僕の顔はどんどん青ざめていく。
「わ、悪い、これから待ち合わせで急いでるから、じゃあな」
拓海はそんな僕を見てばつが悪そうにその場を去って行った。
どうしてあんなに仲がよかった拓海が僕のことを忘れてしまったのか? この半月の間に何かあったんだろうか?
僕は理解が追いつけず、頭が真っ白になってしまう。
「恐らく彼は、すでに処理されているのです」
そんな呆然と立っている僕の横にコルリがやってきて口を開いた。
「……さっきも言っていたけど、処理ってどういう意味?」
「私も聞いた話ですけど、この国には国にとって不都合なことを知ってしまった人に対して、記憶改ざんや消去などの処理を行うのです。手鞠さんは今や国の最高機密ですからね。その手鞠さんの存在ごとを手鞠さんが関わったすべての人の記憶からすっぽり消してしまったということです」
だから、彼の記憶にも手鞠さんとの記憶は消されています。と彼女は悲しそうに呟いた。
僕が関わるすべての人の記憶から僕を消す……。つまりは、この街の誰も僕のことを知らないということになる。
そんな大掛かりなことをやるほど、僕はこの国、いや世界にとって敵でしかないということなのか?
「じゃあ……母さんも」
「恐らくは。すでに処理が終わっているでしょう。だから、貴方の帰るべきところはありません」
コルリは淡々とそう告げた。
「どうしてコルリはどうして僕のことを覚えていたの?」
「私はアジトの方に潜伏していたので、処理の影響を受けていません。あと、そういう処理に対する対戦訓練はやっていますので」
「そうか」
僕は足の力が抜けてペタリと地面に座り込んだ。
「これからどうしよう」
頼れる人もいない。帰れる家もない、僕はこのまま一人さびしく生きて行かないといけないのだろうか?
「私が私たちのアジトUTFへとお連れします。大丈夫です。私たちは貴方の味方ですから」
コルリはニッコリと微笑んで僕に向けて手を差し出す。
「でも、僕がそこへ行っても大丈夫なんだろうか?」
恐らくは僕が脱走したということはすでにあの施設の吾妻という人物にも知られているだろう。そうなると、一刻も早く僕を奪還しようとするはずだ。
そんな中に彼女たちのアジトなんかに赴いて本当に大丈夫なんだろうか?
「大丈夫です。貴方に何かあったら絶対に私が守りますから」
「……ありがとう」
僕はコルリに感謝の言葉を述べて、彼女の手をとった。
「お礼なんていりません。私は命じまれたまま動いているだけですから。さぁ、私たちのアジトへ参りましょう」
彼女は僕の手をやさしく引っ張って僕をその場所へと案内してくれた。
彼女と歩くほど数十分。僕は雑居ビルが立ち並ぶ狭い路地裏にやってきた。
この街に住んで結構な期間になるけども、こんな薄気味悪いことをには近づかなかった為、物珍しい気持ちできょろきょろと落ち着きがなかった。
そんな路地に空き店舗と貸した一軒のバーが見えた。
「ここがアジトです」
コルリがズタボロの扉を指してそう言った。
彼女は扉を独特なリズムでノックを刻むと、扉はスゥーと滑らかに開かれ、その奥から
「入れ」
と低くて単調な声が返ってきた。
コルリはその扉から中へと入り、僕もそれに続く。
扉の先には僕に対してガンを飛ばす男が座っていて、一瞬僕は怯んで足が止まってしまった。
「特に悪意のあることをしなければ、彼は何も手を出しません。安心してください」
コルリにそう言われてちょっと安心する。
しかし、彼はずっと僕のほうを睨んでおり、やはりちょっと怖い気もする。
「コチラです」
コルリは地下へと続く階段へと向かう。階段を下りると、そこには赤い絨毯が敷かれた豪華な廊下が広がっていた。
秘密裏にマフィアが使ってそうな部屋だなぁとなぜか思ってしまう。
コルリはそのひとつの部屋の扉をまた独特なノック音をすると、ぶっきらぼうな声で『入れ』と返答があった。
「失礼します」
コルリは恐ろしく丁寧にその扉をゆっくりと開く。
その扉の先はオンボロのバーとはうって変わって、豪華絢爛な装飾品で飾られており、まるで金持ちの家をそのまま移してきたような感じだった。
そのど真ん中に座る、無精髭の男はニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべて僕を見た。
「おー、やっと連れて来たか。待ちくたびれてそっちへ赴くところだった」
男の言葉にコルリはすっと膝をついた。
「いえ、ミサゴ様の手は煩わせたくなかったので」
「やはり、コルリはちゃんと言うことを聞いてくれる賢い子だ」
「これはすべて恩返しです」
恭しくミサゴと呼んだ男に礼をするコルリ。
「さて、君が塩崎手鞠君だね」
ミサゴはニヤニヤと笑いながら僕の顔を見た。
「そう……ですけど」
僕はこの男が怖くて、すこし後ずさってしまう。
「君は俺の組織が手厚く保護してあげるから安心してくれたまえ」
そして、男は僕に向かってコルリと同じように膝を着いた。
「ようこそ、革命軍unmask the factへ。歓迎しよう。我が王よ」
男の言葉に僕はたじろいでしまう。革命軍? 我が王? 一体、どういうことになっていうんだ?
「すでに捕らえた政府側から聞いてしまったかもしれないが、君はあのノストラダムスの大予言で謳われていた恐怖の大王の因子だ。ある物好きな学者が唱えた仮説によれば、因子はやがてこの世界を終末へと誘うだろう。その前に、君は世界によって処分されなければこの世界は終わりを迎える。だから、国は君を消さなければならない」
ノストラダムスの子 黒幕横丁 @kuromaku125
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