変装

 会議は始終沈黙を極めていた。

 誰も彼の処分について言い出す者は居ない。

 それは無理もない。世界最高機関がなかなか彼の処分に対する許可を下ろさないからだ。

 例え、この世界を滅ぼしかねない人間だとしても、人権というモノは尊重されるらしい。

 そもそも人間ということすら怪しくなりつつあるが。

「まだか、まだ向こうの決定は出ないのか?」

 痺れを切らした、防衛を司る大臣が口を開く。

「向こうはデモの対応に追われているみたいです」

「チッ。コチラは情報統制で漏洩していないというのに、そんなニュースを嗅ぎつけてデモ騒動とはアチラはザルだな、全く」

「本当にそうですね」

 私はそんな上層部の奴らの話に適当にあわせる。ここで話をこじらせるとややこしくなりかねない。

「早く話を決めないと、どんどん先延ばしになってしまいますね」

「他の国は我が国がどうなってもいいのか」

「所詮は、自分達の国が第一なんでしょうねぇ」

 向こうの決定がないまま、会議は次第に人間の裏の部分が滲み出るような事態になっていた。

 するといきなり、会議室の扉がバンと勢いよく開かれ、私の部下が飛び出してきた。

「今会議中だぞ。何事だ」

 私は上層部の冷ややかな視線の中、部下を叱責する。

「すいません、吾妻さん。緊急事態です」

「緊急事態……? まさか」

「はい、因子が強奪されました」

 その知らせに私は立ち上がる。

「見張りは一体何をやっていたんだ!」

「すいません。まさか、因子の捕獲場所がバレているとは思っていなかったらしく、気を抜いていたところを襲われたとの連絡が」

 まさか、すでに因子にある程度の見当がついていて、マーキングしていた奴が居るのか。


 そんな奴は……私の知る限り一人しか居ない。


「恐らく強奪した組織は分かるから私の方で調べる。捕獲部隊はどうしたんだ」

「それが……、因子の能力により、捕獲部隊が二名ほど消えました」

「消え……ただと?」

「はい。その光景を見た者からによると、まるで蒸発するように衣服だけ残して消えたそうです」

 部下の報告に驚き、そして、座っている上層部の奴らに現実を叩きつけるかのように叫んだ。

「皆さん。お聞きになりましたでしょうか! まさに、因子は我々の脅威と化しました。上の決定を待つだけでよいのでしょうか! 今こそ、我々自ら自分達の国を護るときではないでしょうか!」

 私の力説に周りは、そうだ!我々たちの手で護るんだ! と賛同の嵐になる。

「では、そのように我々の機関も動くとしましょう。では、私は準備のためにこの辺にて失礼します」

 私は恭しく一礼をして会議室から退出した。

「すいません、会議中の邪魔をしてしまって」

 部下は再び非礼を私に詫びる。

「いいんだ。それに、やっと動き始めることが出来るから、逆に感謝だ」


 そう、世界中に私が提唱した説が正しいことを証明してやる。


 ***


 さっきまでの体温が残っている衣服を着るのは何だか気持ちが進まない。

「やっぱり、コレを着ないとダメかな?」

「見つかる可能性が格段に下がると思われます。気が引けていても着てください」

 コルリにそういわれて、渋々袖を通す。

 コレを着ていた本当の人間は消え去ってしまった。一体、彼は何処へと消えてしまったのだろうか。それもこれも……、

「あまり深く考えすぎるとロクなことがありません。今はこの施設から脱出することだけを考えてください」

「そう……だね」

 僕は服を着替えてコルリと共に脱出口までゆっくりと進んでいく。

「貴方は私を捕まえた施設職員ということにしておいた方が好都合かもしれません。もし誰かと鉢合わせしたときは、そのような会話をしてください。私もそれなりに合わせますので」

「う、うん」

 コルリの提案に何となく頷く。

 すると、早速曲がり角で僕と同じ服を着た職員と出くわした。

「ん? お前見慣れない顔だな? 何処の担当だ?」

 細身の男は訝しげに僕の顔を見る。

 僕は一生懸命に言葉をひねり出そうと思考を廻らせる。そういえば、消えた男は何て言っていたっけ? たしか……、

「いっ、Eエリア第三です。因子逃亡の知らせを聞いて駆けつけたら、不審者を発見したので捕らえて連れて行こうと思っていたところなんです」

 若干緊張で声が裏返る。そんな僕を細身の男は冷ややかな目で見ていた。

「そうか、それはご苦労だったな。あまり変なことをベラベラ喋るんじゃないぞ。後で処理するにしろ、記憶に残ってしまったら厄介だからな」

 処理? 記憶? なんのことだろうか?

「は、はい、気をつけます。ほら、行くぞ」

「離してください。私は無実です」

 僕はそんなことを疑問に思いながら、コルリと共に廊下を歩く。コルリも僕の動きに合わせて、一芝居打ってくれているようだ。

 ちらりと後ろをみると、細身の男は何処かへと消えていった。

「なんとかなりましたね」

「コレがずっと続くとなると、僕は心臓が持たない」

「もうすぐ脱出口なので、それまで我慢してください。コチラです」

 コルリは疲れきっている僕を案内してくれた。


 脱出口の狭い通路を抜けると、久々に見た繁華街の光景だった。

 こんな街の地下に施設があるだなんて、誰も信じられないと思う。

「やっと出れた!」

 何日ぶりの外の空気なんだろうか。街にある大きいモニタービジョンには2019年8月31日という文字が映し出されていた。

 半月近く、あの施設に居たという事になる。

「さぁ、私たちのアジトへ案内します」

「その前にちょっと家に戻っても大丈夫かな? 母さんのことが心配で」

 どうしても、あの時倒れた母親のことが未だに気がかりだったので、そんな提案をコルリにすると、

「ダメです。貴方の母親は既に処理が済んでいるかと思われます。今、家に戻るのが一番危険です」

「処理って、何のこと?」

 コルリも施設に居た人間達も揃って“処理”という言葉を用いていた。しかし僕はそれが何を意味しているのか全く理解出来ていなかった。

 僕の問いにコルリは答えようともしない。

 一体処理って何のことなんだと疑問に思っている中、僕の視界に見慣れた顔が通り過ぎた。


 拓海だ。


 拓海は一人で繁華街を歩いていた。恐らく何か買い物へ向かうのだろう。

 そんな拓海を半月ぶりに見ただけで、どこか昔に別れた友達のような心情になって僕は拓海の元へと飛び出した。

「あ、待ってください! 彼も」

 コルリの制止を無視して。

「よ! 拓海、元気にしてた?」

 僕はあくまで平常心を装って、拓海の前へと出て挨拶をする。

 彼はきょとんとした眼で僕をみた。

 きっと、半月も連絡が取れなくて何処行ってたんだよ! と思っているに違いないと僕は思っていた。


 けれど、



 現実はそんな優しいものではなく。




「え? 君、誰? 何で俺の名前知ってるんだ?」




 僕に突きつけられたのはそんな現実だった。

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