脱出
ニコリと微笑む少女。
「え、どうして、ココが?」
僕は突然の彼女の来訪にタダ単純に驚いていた。
拉致という形で連れてこられたんだ。知り合いの誰も僕の居るところが分かるはず無かったから。
「どうやら、事前に貴方に発信機のようなものが取り付けられていたみたいです。そんな覚えはありませんか?」
発信機を取り付けられた覚え……、僕はそんな事を訊かれてふと考えてみる。
そんなダイレクトに体を触られたような覚えが……、
「あ」
駅でぶつかった女性の手を取ったときに感じたチクッとした痛み。もしかして、その時に付けられた……のか?
「どうやら、覚えがあるようですね。でも、よかった。そのお陰で私は貴方を助けることが出来た。本当に」
彼女は本当に心の其処から嬉しそうに僕の顔を見て微笑んだ。
すると、急に部屋の電気が真っ赤に変わり、警告音が室内に木霊する。
「これは……」
僕はそんな異常事態の部屋を見回す。
「どうやら、私達のことが嗅ぎつけられたみたいです。さ、ここから早く脱出しましょう」
彼女は僕に向けて手を差し出してくる。僕はそんな彼女の手をじっと見る。
「どうかしましたか?」
彼女が首を傾げる。
「君はどうして、こんな僕にここまでしてくれるんだ?」
世界の敵になるかもしれない僕を彼女は手を差し伸べてくれる。それがどうしても理解出来なかった。
「貴方を助けることが私のボスの望みでもあるということが第一ですが、私には貴方が世界の脅威になるとは全く思えません。だから、助けるんです」
ふわっと優しく笑いかける彼女。
「あ、申し遅れました。私の名前はコルリ。さぁ、私達のアジトへと向かいましょう」
すっと出すコルリの手を僕は取り、僕たちはこの部屋を出た。
部屋の前に居た見張りたちは倒れていた。その付近には黒い水溜りが出来ていた。
「死んでいるの?」
「……貴方を助けるためには仕方が無いことなんです」
彼女は少し辛辣そうな顔をしていた。
「仲間達が私達を逃がすために足止めをしていますが、ソレがいつまで持つかはわかりません。急ぎましょう」
彼女がぐいっと僕の手を引っ張る。僕は彼女が誘導されるがまま、施設の長い廊下を走っていた。
出入り口で倒れていた人間以外、僕たちの前に現れる人間は今のところ居なかった。どうやら、その足止め部隊という人たちが、そっちへ人を誘導させて僕たちの姿を見えないようにしているのだろう。
順調に廊下を走っていく僕たち。
「ココの角を曲がれば、緊急脱出用のハッチがあるはずです」
コルリが息を切らしながら曲がり角を曲がると、何かにドンとぶつかった。
「キャッ」
そこには、この施設の職員らしき男が立っていた。
「お前、ここで何をしている。ここは立ち入り禁止エリアだぞ、それに……っつ!」
男はコルリを見た後、僕に目を合わせて目を見開いた。
「因子、お前どうやって部屋から抜け出したんだ! 大人しく部屋に戻りなさい! 指示に従わないのなら……」
男は懐から警棒のようなものを伸ばしてコチラへ向かってくる。
アレで気絶させられたら、僕は再び部屋に閉じ込められてしまう。
「コチラ、Eエリア第三。因子が部屋から脱出しているのを確認。至急応援の後、捕獲を実行してくれ」
内線で誰かに応援を依頼する男。これはもしかして絶体絶命なのかもしれない?
すると、そんな男にコルリが体当たりをして、男が怯んだ。
「私がここで食い止めている今の内に早く! 何処かに隠れてください!」
コルリの目配せに僕は軽く頷き、反対方向へと走った。
「あ、こら、待て! 邪魔だ、どけ!」
「くっ……」
男がそう叫んだ後に、コルリの呻き声が聴こえた気がした。そんなコルリの姿を見ず、僕は必死に走っていた。
施設の廊下でキョロキョロしながら隠れられそうな場所を必死に探す。
そろそろ隠れられそうな場所を見つけないと、男が追ってきそうな予感がした。
暫く走っていた後、倉庫のような場所が目に入って、其処へと入る。部屋の中はダンボールが山ほど積まれていた。
積まれているダンボールの間を掻い潜って、程よいスペースの中に座り込んで、息切れしてハァハァ言っているのを必死に落ち着かせて息を殺す。
コルリは僕に発信機が仕込まれているといっていた。彼女なら僕がどれだけ変なところへ隠れていたって見つけてくれるという確信はあったので、問題はあの男達に見つからないようにしないといけないことだった。
『何処へ行った! 出てこい!』
遠くの方で男の声が聴こえて、すっと息を止める。
『見つかりませんね』
『探せ。逃げ出したことがバレたらどうなることか』
『はいっ!』
男の声はいつの間にか複数になっていた。どうやら、応援と合流してしまったらしい。
その声はどんどん近くなってきていた。
そして、ついに。
「隠れていたって無駄だからな!」
この倉庫の部屋にも男たちがやって来たのだ。パッと倉庫の部屋の電気が付いて周囲が明るくなる。
奥の方へ隠れているので、まだ僕の姿は確認できていないはずだ。それでも、ドクドクと心臓が激しく鼓動し、男たちまでに聞こえるんじゃないかという錯覚さえ覚えてしまう。
ガサガサと周りから音がする。どうやら、段ボール箱を一個一個移動させて僕を捜索しているらしい。
途中諦めてくれと僕は必死に祈っていた。僕はココに隠れてないから、早く。
しかし、そんな僕の願いも虚しく、僕を匿っていたダンボールの最後が取り払われ、其処には複数の男の姿があった。
「見つけたぞ」
男はニヤリと笑う。
そんな場所から逃げ出そうと思ったが、ダンボールが邪魔で身動きが取れない。
「そんなところへ隠れているのが仇になったな。暫くの間気絶してもらおうか?」
男は僕に向かって警棒を振り上げる。
そして、振り下ろされる。嗚呼、もうオシマイだ。折角、彼女に助けてもらう機会を与えられたというのに、そんなのあんまりだ。衝撃に備えるために僕はぎゅっと目を閉じる。
嫌だ、僕はまだあの部屋に再び閉じとめられるのは。
「うわぁぁぁぁああ!!」
いきなり男性の悲鳴が聞こえて僕は目を開ける。
すると、カランと乾いた音を立てて、警棒が床に転がった。
さっきまで僕に警棒を振り上げていた男の姿は其処には居なかった。
其処には先ほど転がった警棒と、
男の身につけていた衣服が落ちていた。
「え?」
僕は驚いてその衣服を見つめていた。
何が一体どうしたんだ? 僕を襲おうとしていた男は一体何処へ。
「き、消えた! ××が消えたっ!!」
後ろに居た別の男が青白いからで震えていた。
消えた? 衣服と武器を残して忽然と?
僕は震えている男に視線を向ける。すると、男は更に震え上がった。
「俺も消すのか? それだけは、許してくれ!」
男は涙目で倉庫から逃げ出そうとする。
「ま、待って! 僕は何も!」
僕はそんな逃げ出そうとする、男に向けて手を差し伸べようとしたその時、
その男も消えたのだ。
まるで溶けるかのように。
「一体、何がどうなっているの?」
僕は呆然とその場で起こったことをただただ眺めているだけだった。
「手鞠さん、大丈夫ですか!」
その時、コルリが部屋に入ってきた。そして、その部屋の中の光景に唖然としていた。
「これは……」
コルリは落ちている男の衣服を手に持っていた。
「分からない……分からないけど、突然、男達が消えたんだ」
僕はパニックで何が何だか分からなかったが、起こった事実をそのままコルリに話す。コルリはそうですか、とポツリと呟いた後、
「丁度服を手に入れたのは幸いですね。コレを着替えて脱出しましょう」
そう言って消えた男の衣服を僕に差し出した。
その服はまだ、持ち主の体温が残っていて生温かかった。
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