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部屋に入ったら、どっと疲れ。
本当に男って身勝手だよね。部屋まで連れ込んでおいて、それはないでしょ? それは……。
だけど、私も似たようなことをされているのかな? 惚れている弱みにつけこまれて、散々利用されているだけかも知れない。三十歳が迫ってくると、本当に焦ってくる。彼は、本当に私のことを、都合良くしか思っていないんじゃないかって。
さっさと別れて、お見合いでもしたほうがいいのかな? なんて、マジに悩むことだってあるんだよね。時々。
その時、電話が鳴った。彼からだ。
「あ、俺! 道、ひどくてさ! 晩飯ある? え? ない? じゃあ、コンビニによっていくけれど、なんかいる? え? シャンパン? コンビニのシャンパンなんか、飲めねーよ。あ、風呂、よろしく、じゃあ」
初めは無事がうれしくて、ほっとしたけれど、話しているうちに憂鬱になっちゃった。
だって……。
今夜はクリスマス・イブだよ? 恋人たちの特別な夜だよ? 私たちって、もう恋人同士じゃないのかな? せっかくの電話も、飯と風呂だ。
男って本当に身勝手だよね。疲れちゃうよ。
4WDの彼の車は、あんちゃんの車の横を通り、私の除雪の成果も意味なく、ぴたりとアパートの前に止まった。
そして、ばたばたと部屋に入ってくるなり。
「あーあ、大変だった! 風呂!」
つい、私のところへは風呂に入りにくるのか? と聞きたくなる。だが、忍の字。
「いや、ほんと、大変だった!」
彼はやや興奮気味に、道中の凄まじい雪の様子を語り始めた。よく見ると、額にすっと汗が流れている。
聞けば、渋滞もひどかったが、あちらこちらで埋まった車を、押しまくってきたらしい。どれもこれも、家族の元に急いでいるお父さんの車だったとか。
「イブの夜に、本当に人助けしました! って、いい気分になれたぞ!」
私は……がんばったわりに虚しかったな。
彼は満足そうにコンビニ弁当をぱくついている。本当だったら、フレンチ・レストランでディナーだったはずなのに。
「イブなのに、そんなのでいいの?」
「? イブだって、普通の夜と変わりねーよ。さ、風呂はいって寝るか!」
え? 私は思わず耳を疑った。
あんたって人は、イブの夜に風呂はいって寝るためだけに、ここに来たんですかーーーつ!
ばっかやろーーー!
「え? 何怒ってんの?」
彼は、口元に弁当を付けたまま、膨れっ面の私をきょとんとして見つめている。
この鈍感さには、さすがにじわりと涙がでましたよ。
「あのね、私がどれくらい、この夜を楽しみにしていたのか、わかんないかな?」
彼は、目をぱちくりしたままだ。
「あのさ、今日ってイブの夜なんだよ? 特別な夜なんだよ? 私がどれくらい待っていたのかも、心配していたのかも、全然わかっていないよね?」
「? だから、何怒っているのさ?」
ああ、もう! あんたのその鈍感さに怒っているんだよ!
「だからぁあ! 私なんか、もうどうせ、どうでもいいんだよね? ってことだよ!」
……年甲斐もなく泣くつもりじゃなかったんだけど。
いや、この歳になったから、とっても不安で何もかもが心配になるんだよ。
しくしくしている私の横で、彼は弁当の箸を置いた。
「あのさ、おまえ……なんか、勘違いしていない? 確かに今日はイブだけどさ、別にいつもと変わらなくても、構わんじゃん」
デリカシーの無い男だ。なんでこんなヤツ、好きになったんだろ?
「でも、私たち、中距離恋愛なんだよ? イブの夜くらい、いっしょにいたいじゃない」
彼は、思いっきり大きなため息をついた。
「おまえ、まじめにそんなこと言う?」
「まじめに言うわよ!」
私がヒステリックに叫ぶと、彼はますますあきれて、天をあおいだ。
「あのさ、じゃあ、俺が前にここに来たの、いつ?」
「お……おととい」
「じゃあ、その前は?」
「さ、さきおととい……」
「じゃあ、その前は?」
「その、さきおととい」
「どうでもいい女のところに、高速二時間、仕事帰りの疲れた体にむち打って来る男がいるか? ばか!」
「……」
そうだった。
彼は、私がこっちに引っ越してから、ほぼ一日おきに泊まりに来ていた。そして、朝の五時半にばたばたと仕事に行くのだった。高速で……。
つい、寂しくてその事実を忘れていた。
「さすがに俺も怒ったぞ! けっこう大変なんだからな! もうこっちにくるのはやめた!」
「そ、そんな!」
わーん! そんなそんな!
隣のあんちゃんみたいに切れないでくださいよ。
「俺だって、来年三十歳なんだぞ! もうそんな体力ないし、疲れるのはごめんだからな。今度はおまえが俺のところにくればいいだろ!」
「えー! だって、車ないし!」
「電車があるだろ!」
えー、マジですか? 私、マジに嫌われたんですか?
「電車、本数少ないし……」
彼は、ちょっとすねた顔で……でも、口元が笑っていた。
「じゃあ、仕事やめるしか無いな」
「へ?」
彼は、ごぞごぞと無造作にポケットから小さな箱を出し、私の目の前に突き出した。
私の涙は途中で止まり、目の前の箱に釘付けになった。
なんか……四角くて、しかも、立派なリボンまでついているんですけれど?
「これでなんとか、飯と風呂、頼む」
彼が風呂に入っている間に、私は指輪を両手でつまみ、小さいながらも一丁前のダイヤモンドにじーんとしていた。
彼ってちょっと不器用で、気障な演出が嫌いなだけなんだよね、きっと。
なぜか顔がニマニマ歪んでしまう。
ええ、ええ、あんたのためならば、一生飯と風呂を用意します! 愛しているわよ、チュッチュ!
指輪に何度もキスしながら、我ながら現金で単純な女だと思う。
「おーい! 風呂桶、ないぞ!」
彼が風呂場でわめいている。そういえば、外に置いたままだった。
玄関を開けてみると、風呂桶の中にたっぷり雪が詰まっていた。一瞬、ひっくり返して出そうと思ったが……。
まぁ、いいや。このまま渡してやれ!
私もちょっとは苦労したんだから。
たくさん待たせたな、この野郎! てね。
雪は結局、朝まで降った。
高速は相変わらず止まっていて、幹線道路の除雪もままならない。
悲鳴を上げながらあわてて出てゆく彼を見送るのも……もうすぐ終わりだね。
=エンド=
イブの夜、雪は降る わたなべ りえ @riehime
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